祈り、畏れ、憧れ―「仮面」の神秘と歴史に迫る
「日本の仮面――芸能と祭りの世界」が、国立民族学博物館にて、2024年6月11日(火)まで開催
大阪・万博記念公園にそびえ立つ岡本太郎の「太陽の塔」。時代、国境、人種、あらゆる境界を超越し、人類の生命のエネルギーのシンボルとも言えるその塔の脇を通り抜け、公園内を進むと見えてくるのは、国立民族学博物館。世界中の諸民族の文化・風習など、人類文化の多様性と共通性を研究する施設として1974年に創設(1977年に開館)した本博物館は、「みんぱく」の愛称で知られ、今年で創設50周年を迎える。
現在、みんぱく創設50周年記念特別展「日本の仮面――芸能と祭りの世界」が開催中だ。本展では博物館のコレクションを中心に、各地の寺社や博物館などの収蔵品が一堂に会し、日本各地の祭りや芸能で用いられてきた仮面の役割や特性、歴史、人々の営みを展観する。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 「日本の仮面――芸能と祭りの世界」
開催美術館:国立民族学博物館
開催期間:2024年3月28日(木)〜6月11日(火)
能面だけじゃない、日本の仮面の歴史
「日本の仮面」と聞いてまず思い浮かべるのは、伝統芸能の能や狂言で使われる「面(おもて)」だろう。確かに能面は日本の仮面の中でも重要なものだが、意外にも仮面の歴史は古く、縄文時代にまでさかのぼる。展覧会では、まず「仮面の歴史」を振り返る。
仮面がいつ日本で誕生したか明確な時期は不明だが、約4000~2000年前(縄文時代後期~晩期)の頃と思われる土製の仮面が発掘されており、おそらく儀礼や祭りに用いられたのだろう。
やがて古代になって仏教が中国からもたらされると、仏教の法会を荘厳する芸能として伎楽(ぎがく)が行われるようになり、伎楽面が誕生する。平安時代には伎楽から舞楽(ぶがく)へと変わると、舞楽面はより小ぶりになる。そして中世になって猿楽(さるがく)が発展すると、私たちがよく知る能面が誕生する。
江戸時代になると全国各地で神楽(かぐら)が盛んとなる。元々神楽では面を用いることは少なかったが、能面の影響から面を用いた神楽が行われるようになった。また三重県の伊勢大神楽によって始まった獅子舞が全国に普及し、獅子頭も広まった。
日本各地の祭りを映像と共に紹介
展覧会前半のハイライトは「祭りや芸能の中の仮面」のセクションだ。日本各地で古くから行われている祭りや芸能から9つの事例を紹介し、その祭礼や芸能で用いられる仮面が、映像資料と共に展示されている。
たとえば、鹿児島県硫黄島の八朔(はっさく)太鼓踊り。毎年旧暦8月1~2日にかけて熊野神社に奉納される踊りで、異様な面を被った「メンドン(悪魔払いの神)」が現れ、見物人を追いかけ悪魔払いをする。そうして2日目の祭りが終わる際に、人々は海岸に出て鉦や太鼓を打ち鳴らし、島中の悪霊を海に捨てる「タタキ出し」を行う。この祭りの一番の盛り上がりとなるのが、この「メンドン」の出現だ。両耳あたりの大きな渦模様が特徴的な面をかぶった「メンドン」は、踊りを遮ったり、街の人々を木の枝でたたいたり、女性に襲い掛かったりする。また、村の子供たちも段ボールで作った仮面をつけて同様に悪さを働く。その日ばかりは「天下御免」で、「メンドン」や仮面をつけた子供たちの行動に対しておとがめを受けることはない。
他にも奄美諸島の豊年祭で用いられる紙面(紙製のお面)や、長野県千曲市の御神事踊りの獅子頭など、珍しい祭りや、出雲神楽の神楽面、徳島県生まれの面劇師「花の家花奴(はなのやはなやっこ、本名 岩佐伊平)」が創始した面劇(一人で面や衣裳を早替りで取り換えて行う演劇)なども紹介されている。
地元の人々にとって祭礼は「ハレ」の日、その非日常を世界において仮面は日常の「個人」と切り離し、別の(それぞれの仮面の)人格となる重要な装置であることが分かる。祭礼の内容については、その土地に根差していない者から見ると不思議な光景に思えるものもあるが、町全体が高揚した独特のムードが醸成されている様子からは、その根底には、無病息災、五穀豊穣、子孫繁栄など、生命に必要な根源的な祈り(願い)、歓びがあると感じる。
仮面の共通点
展示の後半は、多岐にわたる仮面を大まかな役柄ごとに分類し、それぞれの役柄の特徴や仮面の表現に注目する。仮面の役柄を大まかに分類すると「神」「鬼」「翁」「人物」「道化」「霊獣」などがある。全国各地に伝わる神楽は、祭礼の中で神霊を招き、魂の鎮め、浄化、祓い、祈祷など祭祀として行われてきた。神楽で面を用いるようになったのは中世以降であるため、その面の表現は能面からの影響がうかがえる。例えば能の『翁』に用いられる翁面は、顔の上部と顎の部分が切り離されており、それを紐でつないでいるが、そうした切顎で作られた神楽面も残っている。
顔を隠すだけじゃない、仮面と人の関係
本展ではさらに「仮面と人の間」と題し、仮面と人との関係に焦点を当てる。祭によっては、仮面をつけずに奉納という形で用いられるケースもあり、また「仮面をつける」と一口に言っても、「誰も見ていない所でつける」「見物人の前でつける」「顔を隠さずに額に取り付ける」と、その付け方も様々だ。
誰にも見られないようにつける場合は、つけた人物(個人)は仮面の人格そのものと見なされ、個人の人格とは切り離される。そのため前半で紹介した「メンドン」のように、仮面をつけている間の所業は、つけた人物ではなく、仮面の人格によるものとみなされる。
一方で見物人の前でつけたり、顔を隠さずにつける場合、面そのものが神聖なものと見なされている場合が多い。能の『翁』で翁面をつける場合も舞台の上で行う。そうすることで、神聖な面と人間の境界を明確に提示するのだ。
変身願望を叶える仮面―ヒーロー、お面、覆面レスラー
さて、もっと私たちの日常生活に身近な仮面を忘れていないだろうか。そう「ヒーロー」の仮面だ。本展では、漫画やアニメ、特撮ヒーローがかぶる「仮面」、縁日で売られている「お面」、そして実在する仮面のヒーローとしての「覆面レスラー」など、もう1つの「仮面」の世界を紹介する。
仮面のヒーローの主人公は、普段は私たちと同じように生活しているが、いざとなると変身して悪を倒す。仮面をつけて変身したヒーローが超人的なパワーや能力を発揮したり、素性を隠して変身したりする点は、これまで見てきた祭礼や芸能での面の特性とも通じる。そうしたヒーロー像は子どもたちの憧れとなり、多くのグッズがその夢を叶えるために発売されている。
縁日のお面もまた自分ではない“何か”になる、その変身願望の現れだろう。祭の日、様々な屋台が並ぶ中で、ズラリと飾られたお面を見ると妙にワクワクするのは、祭りの高揚感と相まって、お面がまるで別の世界の入口のような感覚になるからだろうか。
日常で「仮面をかぶる」と表現する時、多くの場合、本性(本心)を隠して見せかけの振る舞いをするネガティブな意味で用いられる。しかし、こうして「仮面」の世界をひも解けば、そこには人々の祈りや神聖なものに対する崇拝のまなざし、あるいは憧れといった、様々な思いがあることに気づく。
そんな「仮面」の世界を、どうぞ覗き込んでほしい。