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AI時代のはじまりに、
機械と人間の関係を問いかける

「モダン・タイムス・イン・パリ 1925ー機械時代のアートとデザイン」展が、ポーラ美術館にて開催中

内覧会・記者発表会レポート

「第1章 機械と人間:近代性のユートピア」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第1章 機械と人間:近代性のユートピア」展示風景 Photo by Ooki JINGU

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昨今、AIの能力が人間を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が近づきつつあるといわれている。Chat GPTや生成画像などのAI技術が人間の役に立ち、テクノロジーによってもたらされる恩恵を感じる一方で、AIの普及により仕事が奪われてしまうのではないかと、不安や焦りを抱く人もいるようだ。だが、機械と人間の関係性をめぐる議論は、じつは約100年前から変わっていない。

そんな議論が繰り広げられる中で、機械と私たちの関係においてより良いヒントを与えてくれる、ポーラ美術館にて開催中の「モダン・タイムス・イン・パリ 1925-機械時代のアートとデザイン」展を紹介したい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「モダン・タイムス・イン・パリ 1925-機械時代のアートとデザイン」
開催美術館:ポーラ美術館
開催期間:2023年12月16日(土)〜2024年5月19日(日)

本展覧会は、1920〜1930年代のパリを中心に、ヨーロッパやアメリカ、日本における機械と人間との関係をめぐる様相を紹介している。1920年代、フランスの首都パリをはじめとした欧米の都市では、第一次世界大戦からの復興によって工業化が進み、「機械時代」(マシン・エイジ)と呼ばれる華やかでダイナミックな時代を迎えた。

人間の力を凌駕していく “人間のような機械” が生まれる一方で、社会の歯車となって徐々に人間性が失われていく “機械のような人間” が生まれていく。古き良き伝統や熟練の経験により生み出される工芸品よりも、合理化と画一化によって生み出されるものに価値を見出し、機械が生み出す新たな物質世界や景観を美しいと賛美する、価値観の変容が各国で起きたのだ。

【第1章 機械と人間:近代性のユートピア】では、機械の進化が理想的な新しい時代をもたらすと信じた芸術家やデザイナーたちによる、機械をモティーフにした作品が展示されている。

第1章「機械と人間:近代性のユートピア」展示風景 Photo by Ooki JINGU
第1章「機械と人間:近代性のユートピア」展示風景 Photo by Ooki JINGU

第1章「機械と人間:近代性のユートピア」展示風景 Photo by Ooki JINGU
第1章「機械と人間:近代性のユートピア」展示風景 Photo by Ooki JINGU

特に「パリ現代産業装飾芸術国際博覧会」(アール・デコ博)が開催された1925年は、変容する価値観の分水嶺となり、工業生産品と調和するような幾何学的な「アール・デコ」様式の流行が絶頂を迎える。

1920年代を代表する装飾スタイル「アール・デコ」は、異国趣味、古典回帰、現代主義(モダニズム)など、多くの価値観が混在して生み出されたが、本展覧会では多面的なアール・デコのなかで、「モダン」(現代的)な側面に注目し、産業技術や都市の発達という視点から捉えた作品を紹介している。

アール・ヌーヴォー期の余剰や付随とみなされていた美しい装飾は、アール・デコ期では実用性を感じさせる幾何学的な造形へと移り変わり、この時代の建築、家具、ファッションなど日常生活を送る上で人間と関わりの深い分野へと広がっていく。

例えば、ルネ・ラリックに焦点を当ててみると、アール・ヌーヴォー期では見る者を虜にするような超絶技巧の宝飾品を数多く生み出したが、アール・デコ期になると大量生産可能な型抜きガラスという製法を用いて、香水瓶をはじめとしたガラス工芸の制作に力を入れたことが展示作品から伺える。

【第2章 装う機械:アール・デコと博覧会の夢】では、この時代に活躍した作家たちが機械や工業製品の美を称揚し、未来を感じさせるイメージを作り出した作品を紹介している。

「第2章 装う機械:アール・デコと博覧会の夢」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第2章 装う機械:アール・デコと博覧会の夢」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第2章 装う機械:アール・デコと博覧会の夢」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第2章 装う機械:アール・デコと博覧会の夢」展示風景 Photo by Ooki JINGU

人間の力を凌駕する機械文明に刺激を受けた芸術家やアール・デコに関係した装飾芸術家たちが、新しい時代の象徴としてそれぞれの表現方法で機械の合理性を賛美する作品を生み出していく。

しかし、その一方で第一次世界大戦下に生まれた既存の芸術を否定する反美学的な運動であるダダや、人間の無意識という理性の及ばない領域に「超現実」を求めるシュルレアリスムなど、近代を支える合理性を否定し、近代的理性を批判する芸術運動も展開されていった。

【第3章 役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム】では、機械の発達による近代化に抵抗する動きが起こり、機械時代を支える合理主義を批判的に捉えた作品が生み出された様子が伺える。

「第3章 役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第3章 役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第3章 役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第3章 役に立たない機械:ダダとシュルレアリスム」展示風景 Photo by Ooki JINGU

欧州や欧米などの動向に対し、日本ではどのようなことが起きたのだろう。日本では1923年(大正12)に起きた関東大震災以降、東京を中心に近代的な都市へと再構築が進行した。

日本におけるグラフィックデザイナーの先駆けとなった杉浦非水による、アール・デコ様式の影響を受けたポスターや雑誌の表紙を紹介するとともに、同時代のフランス人画家フェルナン・レジェに感化された古賀春江や、機械美に魅せられた河辺昌久など異色の前衛芸術家の作品により、大正末期から昭和初期にかけての日本のモダニズムを検証する。

展示作品には、ポスターなどの広告媒体が人の手によって描かれたイラストから、カメラという一種の機械を用いた写真へと代わっていくことから、人の創造性を手助けしてくれる一方で、人の仕事が機械に置き換えられていく現実も感じられた。

【第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開】では、機械的なモティーフを採り入れながらも、新しい時代の高揚感と不安や焦りとが交錯するような、絵画作品が数多く生み出されていることが伺えることだろう。

「第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」展示風景 Photo by Ooki JINGU

「第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」展示風景 Photo by Ooki JINGU
「第4章 モダン都市東京:アール・デコと機械美の受容と展開」展示風景 Photo by Ooki JINGU

そして、これまでの機械と人間の関係性をめぐる約100年の終着として、本展覧会のタイトルにある“1925年”から“2024年”へと戻り、最後は私たちが今生きている現在に目を向けた構成となっている。

会場では、人体と機械の美を追求した「セクシーロボット」シリーズで有名な空山基をはじめ、テクノロジーとアーカイブをテーマにしているムニール・ファトゥミ、インターネット空間を表現の場として時代の最前線を走るラファエル・ローゼンダールなどの作品が展示されている。

【エピローグ 21世紀のモダンタイムス】では、私たちの身近にあるテクノロジーを表現の一部として活用している現代美術作家の作品を通して、人間とテクノロジーの共生や共存について新たに考える機会となるのではないだろうか。

「エピローグ 21世紀のモダンタイムス」より、展示風景 空山基 Courtesy of NANZUKA
© Hajime Sorayama
「エピローグ 21世紀のモダンタイムス」より、展示風景 空山基 Courtesy of NANZUKA
© Hajime Sorayama
展示風景 ムニール・ファトゥミ Courtesy of the artist
Art Front Gallery, Tokyo © Mounir Fatmi
展示風景 ムニール・ファトゥミ Courtesy of the artist
Art Front Gallery, Tokyo © Mounir Fatmi

本展覧会は約100年前の機械と人間とのさまざまな関係性から、コンピューターやインターネットが高度に発達し、AI(人工知能)が人々の生活を大きく変えようとする、現代への問いであると受け止めることができる。

機械の急速な普及による社会の変容を、芸術家たちが賛美したり、あるいは反発したりする時代と、AI(人工知能 )によって「シンギュラリティ」(人類の知能を超える技術的特異点)が到来しようとする現代とを重ね合わせて見直している。

「シンギュラリティ(技術的特異点)」が近づく不安が抱かれる時代だからこそ、この展覧会が企画される意味や展示内容が鑑賞者の心に響くことだろう。

機械と密接に関わっている現代の私たちが、これからテクノロジーとともに生きていくためのヒントが散りばめられた本展覧会に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
ポーラ美術館|POLA MUSEUM OF ART
250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
開館時間:9:00~17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:年中無休(※展示替えのため臨時休館あり)

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