FEATURE

開放的な空間でアートを感じる体験を。
「青空は、太陽の反対側にある 原美術館/原六郎コレクション」展

原美術館 ARC(群馬県渋川市)にて、2024年1月8日(月・祝)まで開催

展覧会レポート

「青空は、太陽の反対側にある 原美術館/原六郎コレクション」展 会場風景(ギャラリーC)
「青空は、太陽の反対側にある 原美術館/原六郎コレクション」展 会場風景(ギャラリーC)

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群馬県渋川市にある原美術館ARCは、2021年1月に閉館した原美術館(東京・品川)と、その別館にあたるハラミュージアムアークが統合して2021年4月にオープンした美術館だ。伊香保グリーン牧場に隣接する緑豊かな広い敷地に、磯崎新による設計のシンメトリーを意識したスタイリッシュな建築は心地よいコントラストを見せ、現代美術を通して新しい価値の創造を目指し、活動している。

その原美術館ARCで最新の展覧会が現在開催中だ。そのタイトルは「青空は、太陽の反対側にある」。不思議なタイトルだが、どんな意味が込められているのだろうか。今回は本展を企画した坪内雅美氏に話を伺いながら、この不思議なタイトルの展覧会を紹介しよう。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
青空は、太陽の反対側にある 原美術館/原六郎コレクション
開催美術館:原美術館 ARC
開催期間:2023年9月9日(土)〜2024年1月8日(月・祝)

原美術館ARCだからこその展示を目指して

原美術館ARCのコレクションは、公益財団法人アルカンシエール美術財団理事長の原俊夫が、原美術館設立時から収集した、1950年代から現在までの世界各国の現代美術が中心となっている。抽象表現主義やポップアートをはじめ20世紀後半の美術史を彩る巨匠から、今も第一線で活躍する作家まで幅広く収集されている。

坪内氏はこれまで品川の原美術館に務めていたが、2館統合により渋川市でリスタートした原美術館ARCに勤務となった。それまでの人、モノ、情報に溢れた都心から離れ、広大な自然が眼前に広がるこの場所に来て、「ここでしかできない展覧会とは何か」と考えるようになったという。熱心なアートファンだけに刺さるものではなく、自然の開放的な空間の中でもっと色々な人が訪れ、アートに触れ、感じる体験を志し、2021年のリニューアルオープン以降、「虹をかける」展(2021年)、「雲をつかむ」展(2022年)とユニークなテーマを掲げたコレクション展を企画してきた。

本年のテーマである「青空は、太陽の反対側にある」について坪内氏は、「空を見上げた時、太陽は最も強い存在で、目がそちらばかりに向きがちだが、反対側にこそ青空が広がっている。すでに中心となっているものの反対側には別の価値がある」ということを伝えたいと語る。そのため、本展ではコレクションの中から、既存の芸術表現や固定観念、慣習などに反旗を翻したアーティストらの作品が集結する。

「超える」

展示は3つのギャラリーと特別展示室「觀海庵」の4つの会場で構成されている。3つのギャラリーには、それぞれ「超える」「潜る」「反する」というテーマに基づく作品が選定されている。

ギャラリーA展示風景 
写真手前の彫刻は、奈良美智《Fountain of Life》2001年 FRP(作家寄託)
ギャラリーA展示風景 
写真手前の彫刻は、奈良美智《Fountain of Life》2001年 FRP(作家寄託)

ギャラリーAは、高い天井で、室内に仕切りとなる壁のない気持ちの良い空間だ。そんな室内に並ぶのは、サイズの大きい作品ばかりだ。もちろん、単に大きい作品を集めたのではなく、ここでは美術史の“常識”や“伝統”あるいは“歴史”を「超える」作品が並ぶ。

扉を開けて展示室に入った時にまず目に入るのは、巨大なタイヤ。ピーター スタンフリ《カヴァリーノ スポーツ 200》だ。車のタイヤの溝を表した作品だが、カンヴァスもタイヤの形に合わせてカーブしており、真正面に立つと、平面作品にもかかわらずタイヤの丸みを感じる不思議な作品だ。その傍らにはジャン=ピエール レイノーの《十字架》が展示されている。西洋の社会の根幹ともなるキリスト教、その象徴である十字架を鮮やかな赤、緑、黄、青で表しており、カラフルな十字架は既存の慣習や思想、厳格な規律を越えた多様さを象徴する。

ギャラリーA展示風景 
(右)ジャン=ピエール レイノー《十字架》1972 年 木と鉄にペイント
(左)ピーター スタンフリ《カヴァリーノ スポーツ 200》1974 年 カンヴァスに油彩
ギャラリーA展示風景 
(右)ジャン=ピエール レイノー《十字架》1972 年 木と鉄にペイント
(左)ピーター スタンフリ《カヴァリーノ スポーツ 200》1974 年 カンヴァスに油彩

《カヴァリーノ スポーツ 200》は実際のタイヤより何倍も大きく、《十字架》は教会を表していると考えると、実際よりもずいぶん小さいことになる。現実世界の縮尺の“常識”を覆すこれらの作品が並ぶことで、鑑賞者は“常識”や“感覚”を揺さぶられる。

ギャラリーA展示風景 
(右)シグマー ポルケ《無題(天窓の光の中の頭部)》1983年 カンヴァスに油彩、ラッカー
(左)サイモン リング《無題》2006 年 カンヴァスに油彩
ギャラリーA展示風景 
(右)シグマー ポルケ《無題(天窓の光の中の頭部)》1983年 カンヴァスに油彩、ラッカー
(左)サイモン リング《無題》2006 年 カンヴァスに油彩

こちらの2点の作品も興味深い。シグマー ポルケ《無題(天窓の光の中の頭部)》(画像右)は、一見すると、水泡のようなものがぼんやりと描かれているのかと思いきや、天窓から見下ろす人の顔が描かれている。人が描かれていると気付いた瞬間、鑑賞者は「見る者」から「見られる者」へと立場が一転する。一方、隣のサイモン リング《無題》(画像左)では、大画面いっぱいに小さな草花がひしめき合うように描かれている。つい見過ごしてしまいやすい足元の小さな世界。それを大画面にして描くことで、「大画面に描くべき(相応しい)画題」という固定観念や先入観を越えようとしている

ポルケが鑑賞者の目線よりも高い位置(天窓から見下ろす人)の世界を曖昧な描写で描くのに対し、リングが足元の世界を描き込む。そうした対比によって、「見る」「見られる」という関係や、ミクロとマクロの視点など、さまざまな解釈や見方を楽しむことができる。

「この美術館での展覧会では、作品解説はすべてに付けない」と話す坪内氏。そこには「お客様が感じたり考えたりする手掛かりとなる情報はいくつか提示するけれど、それをきっかけにして、自由に想像を巡らせ、作品をじっくり見て気づいたり感じたりしてほしい」という思いが込められている。

「潜る」

ギャラリーB展示風景
※奈良美智の《My Drawing Room》は、現在貸出中のため、作家による特別インスタレーションが展示されている。
ギャラリーB展示風景
※奈良美智の《My Drawing Room》は、現在貸出中のため、作家による特別インスタレーションが展示されている。

ギャラリーBでは、宮島達男の《時の連鎖》と奈良美智の《My Drawing Room》の2点の大型インスタレーションが部屋の中心にそれぞれ展示されている(※《My Drawing Room》は現在貸出中のため、その間は奈良氏による期間限定のインスタレーションを展示している。空になった部屋の内部に特別に入ることができ、2つのスライドショー作品を鑑賞できるほか、部屋の周囲には写真作品や描き下ろしの作品が取り囲むように展示されている)。ここでは「潜る」をテーマに、作家が自己の内面を掘り下げようとする過程の中で生まれた作品をはじめ、鑑賞者の意識を自身の内側へ深く潜らせるような作品が集う。

宮島達男「時の連鎖」1989/1994/2021年 
宮島達男「時の連鎖」1989/1994/2021年 

宮島達男の《時の連鎖》は、真っ暗な細い通路の左右の壁に、幾十ものLEDのデジタルカウンターが1から99までの数字をカウントアップしながら光っている。それぞれのカウンターの速度は異なっており、0は表示されず暗闇(無)となり、また1からカウントを始める。単なる数字の変化であるにも関わらず、1つ1つバラバラにカウントする様子は、人の時間感覚の違い、あるいは人生そのものを感じさせ、「無」に戻ったらまた1からカウントを繰り返す様子は仏教的な輪廻の思想を思わせる。実際にその通路を通った際、寺院で行われる胎内巡りのような感覚を覚えた。機械的にカウントされる数字自体には、特別な意味などないはずなのだが、それゆえにあらゆる解釈を受け入れる器となり、鑑賞者は様々なイメージや自己の内面を刻まれ続ける数字に投影する。カウントを続ける数字の通路は、鑑賞者自身の思考の深部へといざなうようだ。

蜷川実花 《PLANT A TREE》15点 2011年 Cプリント
蜷川実花 《PLANT A TREE》15点 2011年 Cプリント

また周囲に並ぶ蜷川実花《PLANT A TREE》は、蜷川が辛い経験をした際に、目黒川の水面に落ちた桜の花びらを見て無我夢中で撮影した15点の連作だ。蜷川の写真といえば、まるでおとぎ話の世界のように眩惑的な極彩色の色調、いわゆる“蜷川カラー”が特徴的だが、ここではそうした人工的な気配は薄く、水面に浮かぶ桜の花びらが嵐のように画面の中で揺れ動いている。作家の個人的な経験、その時の心情が、作品へと昇華されることで普遍性をもち、見る者の心の裡に響いてくる。

佐藤時啓(左)《NIKKO #05》2001年 (右)《NIKKO #01》2001年 ゼラチンシルバープリント
佐藤時啓(左)《NIKKO #05》2001年 (右)《NIKKO #01》2001年 ゼラチンシルバープリント

佐藤時啓の作品は、自然風景の中で、まるで蛍の光のように白い斑点が空中に点在する不思議な作品だ。これは長時間露光で撮影すると木々など動かないものや、極端に強い光だけが写真に写り、動くものは写らない原理を利用して撮影している。つまり、作家が手鏡を持って自然の中を歩き回ることで、背景となる自然と手鏡による光の反射だけが写真に写り、歩いている作家自身は消えてしまうのだ。宙に浮かぶ白い斑点は、佐藤が歩いた痕跡として「存在」と「不在」の間を漂っている。

「反する」

ギャラリーC展示風景
ギャラリーC展示風景

ギャラリーCのテーマは「反する」。本展のタイトル「青空は、太陽の反対側にある」を象徴する展示室で、ここには、1950年代から60年代に起きた「反芸術」(日用品、印刷物、がらくた、廃物など既存の美術様式では「芸術」とみなされないようなものを用いて新たな芸術の創出を目指す)の作家である工藤哲巳や荒川修作など、慣習や当時の美術動向に反旗を翻した人の作品を展示している。

ギャラリーC展示風景
ギャラリーC展示風景

まず展示室に入ると、頭上にはビーズと伸縮性の高い布で作られた作品が吊るされ、周囲には、日用品をモチーフにした巨大なパブリックアートや柔らかい素材を使った“ソフトスカルプチャー”など前衛的な作品を生み出したクレス オルデンバーグの彫刻作品などが点在する。この空間について「ここには本来小さいはずのものが大きくなったり、硬い物とされていた彫刻がクッション素材で作られたり、あるいは威厳があるワシントン記念碑が小さく作られていたり…と、そうした既存の概念や様式、素材から反した作品を展示している」と話す坪内氏。さらに、天井から吊るされたエルネスト ネトの《垂れる皮膚》のように、コレクションの中には今まで展示する機会が少なかったものも多数あり、そうした希少な作品を掘り起こし紹介していくことも、この原美術館ARCでの展覧会で心がけていると話す。

ギャラリーC展示風景
画像奥は久保田成子《デュシャンピアナ:自転車の車輪 1, 2, 3》、壁にはナム ジュン パイクの作品群が並ぶ。
ギャラリーC展示風景
画像奥は久保田成子《デュシャンピアナ:自転車の車輪 1, 2, 3》、壁にはナム ジュン パイクの作品群が並ぶ。

その他、久保田成子の《デュシャンピアナ:自転車の車輪 1, 2, 3》(デュシャンの《自転車の車輪》に着想を得た作品。車輪の回転によって取り付けたモニターに映像が映る)や、草間彌生の《ミラールーム(かぼちゃ)》など、「女性アーティスト」の枠から脱却して一人のアーティストとしてその存在を示した彼女たちの作品も展示されている。

觀海庵-古今東西の美の競演

特別展示室「觀海庵」は、書院造をモチーフにした静謐な和風の空間で、明治時代の実業家、原六郎(1842-1933)が収集した東洋古美術コレクションを中心とした展示が行われている。今回の展覧会に合わせて、江戸時代において西洋の油彩画を学んだ司馬江漢や、明治期の日本画壇において輪郭線を用いない「朦朧体」という新しい表現に挑んだ横山大観など、既存の枠を越えようとした絵師たちの作品などが展示されている。

觀海庵 展示風景
觀海庵 展示風景

「この展示室は古美術だけを展示する空間と決めている訳ではありません。ですので、本展でもクリストや奈良美智など現代作家の作品も展示しています」と語る坪内氏。江戸時代の絵画作品と現代アーティストの作品が不思議と共鳴し、心地の良い空間だ。

奈良美智《Peaceful Night》2018 年 セラミック
奈良美智《Peaceful Night》2018 年 セラミック
《光悦謡本》(内百番) 版本(古活字本) 江戸時代(17世紀)
《光悦謡本》(内百番) 版本(古活字本) 江戸時代(17世紀)

ちなみに、この觀海庵では須田悦弘の作品がひっそりと展示されているので、会場を訪れた際は、作品だけでなく展示空間の隅々まで注意深く見てほしい。須田は木彫で植物を創り出すが、その精巧さは一見しただけでは本物と見分けがつかないほどだ。須田の作品については「昨年の展覧会でも場所は違うけれど同じ作品を展示していたのですが、気が付かないお客様もいらっしゃいます。たとえば、建築を学んでいる学生が須田さんの作品と気付かず、鑑賞した時に“植物が生えていた”と驚いたようで、後日問い合わせのメールが届きました。須田さんの作品であることをお伝えしたら非常に感激していました」という微笑ましいエピソードが語られた。

原美術館ARCは「時間芸術」

回廊から見た風景(撮影:木暮伸也)
中央に見えるのはオラファー エリアソン《Sunspace for Shibukawa》2009年
この他にも屋外には現代アーティストによる大型の彫刻作品が点在する。
回廊から見た風景(撮影:木暮伸也)
中央に見えるのはオラファー エリアソン《Sunspace for Shibukawa》2009年
この他にも屋外には現代アーティストによる大型の彫刻作品が点在する。

今回坪内氏に話を聞く中で、特に印象的だったのが「原美術館ARCは時間芸術」という言葉だ。「屋外は隣のグリーン牧場から続いて広大な敷地が広がっているので、柵の向こう側の近くまで放牧された羊が来ることもあります。当館は榛名山のふもとに位置し、天気が良ければ反対側の赤城山も見ることができ、春になれば様々な種類の桜が美術館を囲むように咲き誇ります。そうした環境の中で、心身ともに開放的になって、アートを楽しんでください。季節や時間、天気、その移ろいを感じる中で、アート作品を観ていただくと、感じ方も変わってくるでしょう。その特別な体験をぜひ味わってください」と語る坪内氏。

実際に美術館を訪れてみると、目の前に広がる開放的な庭に自然と心が開き、気負いなく作品と向かい合うことができる。心なしか作品に対する感想も次々と言葉にしたくなる。そしてその心躍る体験ができるのは、当然のことながら質の高いコレクションがあるからこそだ。

「青空は、太陽の反対側にある」。一見穏やかに聞こえるタイトルの奥には、知らず知らずのうちに出来上がる“枠組み”を超えて羽ばたこうとする者、己の内面へと深く潜りその奥底にあるものを捉えようと探求する者、反骨精神に燃える強い野心をもつ者、彼らの強い思いが宿っている。都心からほどよく離れた場所に位置する原美術館ARCを「太陽の反対側」と捉えれば、この場所でのアート鑑賞によって、訪れた人の心には澄み渡った「青空」が広がることだろう。

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