FEATURE

仏師の技術を学んだ
現代彫刻家・大森暁生の挑戦

「霊気を彫り出す彫刻家 大森暁生展」が、そごう美術館にて7月9日(日)まで開催

展覧会レポート

「霊気を彫り出す彫刻家 大森暁生展」が開催中の、そごう美術館の会場風景。大森の代表作が並ぶ展示空間。
「霊気を彫り出す彫刻家 大森暁生展」が開催中の、そごう美術館の会場風景。大森の代表作が並ぶ展示空間。

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大森暁生が手掛ける彫刻作品は、真に迫る姿と静謐で神秘的な佇まいで観る者の心を掴む。現在、そごう美術館で、大森の最新作を含む約100点を今日まで作家が発してきた言葉とともに展覧する「霊気を彫り出す彫刻家 大森暁生展」が開催されている。その“霊気”に触れに、会場まで足を運んだ。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「霊気を彫り出す彫刻家 大森暁生展」
開催美術館:そごう美術館
開催期間:2023年6月3日(土)~7月9日(日)
《死に生ける獣―Babirusa―》(2016年) Photography by KATSURA ENDO「Get Ready!」(TBS)への提供作品
《死に生ける獣―Babirusa―》(2016年) Photography by KATSURA ENDO「Get Ready!」(TBS)への提供作品

彫刻家 大森暁生(おおもりあきお 1971年~)は、主に木と金属を素材とし、実在するものから架空のものまで様々な生命をモチーフに制作する。1996年、愛知県立芸術大学卒業後、彫刻家の籔内佐斗司(やぶうちさとし)工房で修行し、独立。国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館などでの発表のみならず、ファッションブランドやレストラン、テレビドラマやミュージシャンなどとコラボレーションを積極的に行っている。2023年10月には、讃岐國分寺(香川県)に「完全版大日如来坐像」を奉納予定だ。

会場では、大森暁生の軌跡を以下の9つの空間に分けて紹介している。
『卒業制作と初期作品』『代表作』『アパレルブランドとのコラボレーション』『月下のピラルクシリーズ』『薬瓶シリーズ』『新作』『光の肖像シリーズ』そして『完全版大日如来坐像制作プロジェクト』である。

木彫作品の合間合間には、大森の言葉が散りばめられており、作家がどのような思いで作品を作り続けてきたかを垣間見ることが出来る。これらの言葉は展示されている作品の写真とともに新刊『木端と言端』にも収録されている。

作品に添えられる大森の言葉が、作品理解をより深くする。
作品に添えられる大森の言葉が、作品理解をより深くする。

著作の中で大森は言う。
「自分は物書きではないので何もないところから言葉は紡ぎ出せません。そのかわり木を彫るたび木槌を振るうたび、心の中の言葉がこぼれ落ちることがあります。それはまるで工房の床に散らかる木端(こっぱ)のように。
彫刻を生業としようと心に決めたあの頃から今日まで、その時々でこぼれ落ちた言葉は静かに息をしていて、今回それらをひとつひとつ拾い集めるようにこの本は出来上がりました。」

本展における「言葉の展示」という試みによって、彫刻作品が持つ世界観とともに、作家の想いに触れることができ、鑑賞者はより立体的に作品世界を知ることができる。

会場風景より 大森暁生《風切りの櫂》(1996年) 楠、漆、麻、ジェッソ
会場風景より 大森暁生《風切りの櫂》(1996年) 楠、漆、麻、ジェッソ

最初の展示室には、卒業制作を含む初期作品が並ぶ。そこには木材と乾漆という重く固い素材を選びながら、鳥や羽といった軽く柔らかなモチーフへの挑戦が見て取れる。加えて、当時の大森が好んだタイトル「風切り」「KAZAKIRI」とは、風切り羽、つまり鳥が飛行する際に風をナイフのように切る役割を持った羽に由来する。大森は重く固い素材で、軽さ柔らかさ、さらには鋭さを表現しているのだ。

会場風景より 大森暁生《カラスの舟は昇華する》(1996年) 楠、乾漆、米松
会場風景より 大森暁生《カラスの舟は昇華する》(1996年) 楠、乾漆、米松

中でも特に目を引くのが、空間中央にある卒業制作の《カラスの舟は昇華する》だ。現実では不吉な物の象徴として忌み嫌われるカラス、しかもその死体をモチーフとしている。だが、それは決して不気味さではなく、今ここで天に昇らんとする力強さがあった。この作品のそばには、「大事なのはその職に就くという覚悟」という大森の言葉が展示されている。大森が彫刻家という仕事で身を立てることを決めた強い「覚悟」こそが、モチーフを選び、霊気を彫り出すエネルギーの根源だと、この展示空間から感じ取れる。

大森暁生《ぬけない棘のエレファント》(1999年) Photography by KEI OKANO
「ルパンの娘」ドラマ版(フジテレビ)、「Get Ready!」(TBS)への提供作品
大森暁生《ぬけない棘のエレファント》(1999年) Photography by KEI OKANO
「ルパンの娘」ドラマ版(フジテレビ)、「Get Ready!」(TBS)への提供作品

続いて、中期の『代表作』から、他を圧倒する存在感を持つ《ぬけない棘のエレファント》《死に生ける獣-Babirusa-》といった、大森の技術力を存分に味わえる作品に注目したい。モチーフは、ユニコーンのような神々しい角を持った象、空に向けて伸びる長い牙を持ったバビルサという幻獣たちだ。実在しないはずの生き物のリアルな存在を思わせる、大森曰く「大事なのは作品が生きていて『気配』を帯びること」。大森の手によって与えられた「気配」は作品に宿り、“霊気”となって、鑑賞者を包み込む。

会場風景より 大森暁生《死に生ける獣―Babirusa―》(2016年) 楠、漆、彩色
会場風景より 大森暁生《死に生ける獣―Babirusa―》(2016年) 楠、漆、彩色

大森が木彫に使う技術に「乾漆」という技法がある。これは、7世紀末から8世紀にかけて仏像の制作に多用されたが、今や衰退の途にある漆を使った技法だ。仏像には古来より、彫り終えた木彫に最後に眼を入れて魂を迎え入れる、開眼という儀式がある。10年の歳月をかけ「完全版大日如来坐像制作プロジェクト」に取り組んだ経験は、大森にとって現在の作家活動にも大きな意味を持つだろう。

木彫における乾漆とは、まず像の概形を木彫し、その上に麻布を貼り、麦粉を混ぜた漆を何度も塗り重ねて造形する。漆を均一の厚さに塗り重ねなければ表面がひび割れを起こしてしまう。ひと彫りひと彫り、ひと塗りひと塗りを、重ねていくことで次第に木材だったものが「気配」を帯びていく。気が遠くなるような作業は、自身の中の仏と繋がる祈りのようだ。

大森暁生《Gothic lunatic》(2005年) Photography by KATSURA ENDO
「ルパンの娘」ドラマ版(フジテレビ)、「Get Ready!」(TBS)への提供作品
大森暁生《Gothic lunatic》(2005年) Photography by KATSURA ENDO
「ルパンの娘」ドラマ版(フジテレビ)、「Get Ready!」(TBS)への提供作品

次に『アパレルブランドとのコラボレーション』空間へ進む。がらりと空気が変わった先にはランウェイがあり、天使や悪魔をモチーフにしたトルソー、骸骨をモチーフにしたシルバーアクセサリー、退廃的で耽美的なシャンデリアなど、ゴシックな世界観が広がる。

その中でも、《Gothic lunatic》は、ドラマ「ルパンの娘」で実際に使用された作品だ。仏師の技術にルーツを持つ一方で、現代的な感覚も持ち合わせる大森のファッショナブルなセンスが炸裂する。唯一無二の世界観をぜひ楽しんでほしい。

会場風景より 大森暁生《月夜のテーブル-Arowana-》(2007年) 檜、黒檀、漆、銀箔、鉄、彩色
会場風景より 大森暁生《月夜のテーブル-Arowana-》(2007年) 檜、黒檀、漆、銀箔、鉄、彩色

ガラステーブルのギミックを使った作品《月夜のテーブル-Arowana-》は、鱗の一枚一枚には銀箔や金箔が使われており、ほの暗い空間では月光に照らされた様に輝く。大森曰く「日本では彫刻は『置く場所がない』と言われてしまうことが多いのですが、家具は高額でも買う人がいる。だったら家具としても使える彫刻作品を作ればいいんじゃないかと思ったのがきっかけです。」室内空間を悠々と泳ぐ熱帯の魚たちは、自由な発想で現実を切り開いて行く大森の姿なのかもしれない。

会場風景より
(左)大森暁生《鱗乃粉》(2013年) 檜、漆、彩色、瓶 
(右)大森暁生《笑化薬》(2013年) 檜、麻、漆、彩色、紙、試薬瓶、蝋、薬剤
会場風景より
(左)大森暁生《鱗乃粉》(2013年) 檜、漆、彩色、瓶 
(右)大森暁生《笑化薬》(2013年) 檜、麻、漆、彩色、紙、試薬瓶、蝋、薬剤

これらも大森ならではの、見逃せない軌跡の一つ、『薬瓶シリーズ』である。「超音波薬」「魂抜薬」といった薬瓶に、カエルや仮面等のモチーフと、大森が創作したストーリーが添えられている。大森は落語に興味があり、それを話す代わりに彫刻で表現したという。添えられたストーリーには大森流ブラックユーモアが光る。彫刻とストーリーという新しい組み合わせを楽しんでほしい。

会場風景より
会場風景より
《光の肖像―すみっこのポンザ―》(2011年) Photography by KATSURA ENDO
「Get Ready!」(TBS)への提供作品
《光の肖像―すみっこのポンザ―》(2011年) Photography by KATSURA ENDO
「Get Ready!」(TBS)への提供作品

かねてより大森が関心を寄せていた『熊本市動物愛護センター』の犬たちにも注目してほしい。造形に重きを置いた他のシリーズの様な派手さはないが、その分、犬たちの繊細な個性にフォーカスしている。作品タイトルには《泪痕のゲン》や《ぷくぷくのマーニー》など、犬たちの特徴と名前が並ぶ。実際犬を飼ってみると、たとえ同じ犬種であってもそれぞれの性格は千差万別なことや、表情豊かなこと、コミュニケーションがとれることもわかる。大森は、そんな彼らのそれぞれの魂を彫り分けているようだ。

会場風景より
会場風景より

展覧会の締めを彩るのは「完全版大日如来坐像」の頭部のレプリカと、それを支える4頭の獅子だ。これは空海が東寺に奉納したが、五百年前に戦火で消失した大日如来像を、残された文献に大森らの解釈を加え、再現する大型プロジェクトの一部である。最後に制作の場を映したドキュメンタリー映像が公開されている。今年2023年10月、讃岐國分寺に奉納される予定の本像は、約10年間の制作期間を経た大森の新しい代表作といえるだろう。

その制作風景の映像を見ていると、空海の漢詩文集である『性霊集』の一節を思い起こさせる。そこには、「大日(如来)遍く法界を照らし、智鏡高く霊台に鑑みるが如きに至っては、内外の障りことごとく除いて、自他の光普く挙ぐ」と宇宙の根源である大日如来の救いを描き、「春の華、秋の菊、笑んで我に向へり。暁の月、朝の風、情塵を洗ふ」と、後の花鳥風月に繋がる、日本人の心に響く自然観をも描いた世界が説かれており、その世界が色彩を伴ってそのまま再現されたように感じられた。

「完全版大日如来坐像」の中では、朝露に濡れて透ける蓮の花弁が、木彫仏にガラス素材を合わせる発想の柔軟さと、技術の高さを感じさせる。他にも、獅子たちの筋骨隆々さを表現するため、像の彩色の際に影を描き込むという他にはない工夫をこらしている。大森曰く「スマホやPCで行う画像修正『ブラックポイントを上げる』からヒントを得た。デジタルエフェクトをリアル世界で行った」。実際に奉納され、寺院の中で自然光を浴びる日が待ち遠しい。

会場風景より 大森暁生《馬頭明王》
会場風景より 大森暁生《馬頭明王》
会場風景より 大森暁生《大笑明王(軍茶利明王)》
会場風景より 大森暁生《大笑明王(軍茶利明王)》

さらには、獅子たちが持つ持ち物(三昧耶形)にも大森らしいこだわりが見て取れる。馬頭明王の化身とされる獅子に寄り添う馬は、大森の愛車であるフォード・マスタングのエンブレムをモデルにしている。大笑明王(軍茶利明王)に絡むコブラはナーガ(蛇神)から採用しているが、マスタングのエンジンがCOBRAであることも大きい。今回会場には来ていないが、無能勝明王の鉞(マサカリ)は、大森が愛用するギター、ギブソンのヘッドの形を模している。大森曰く「昔の仏師たちも『美しい』と感じた物や、自分たちのルーツに根ざしたものから影響を受け制作に反映しただろう、という観点から『同時代性』を意識した」とのことだ。

今回大森は「1000年後も残る作品を作った」また「それまで仏像をアカデミックで特殊な存在ととらえ、無意識にそこに寄せようとしていた。だが、2019年頃になって、仏像は自分の全力の表現を受け止めてくれる器なんだという意識が生まれた」という。大森が次々に斬新な、常識を覆すアイデアにチャレンジできるのは、根本に古来の技術と仏師たちへのリスペクトがあるからだろう。そしてその挑戦に「完全版大日如来坐像」という器が応える様は、一対一の問答さながらだ。

鑑賞者である私たちにとっても、これから1000年語り継がれていくであろう作品の完成に立ち会うことはそうそうない。そして今年は、空海生誕1250年の記念すべき年でもある。空海の故郷・讃岐に、時を越えて令和の作家が自身の集大成を奉納する様を、見届けたい。

参考文献:
『木端と言端(こっぱとことば)ー彫刻家の作品と言葉ー』大森暁生(著) 美術出版社
『空海「性霊集」抄 ビギナーズ 日本の思想 (角川ソフィア文庫)』  空海(著), 加藤 精一(翻訳) KADOKAWA
『月刊美術』2023年5月号 実業之日本社

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そごう美術館|SOGO MUSEUM OF ART
220-8510 神奈川県横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店 6階(横浜駅東口)
開館時間:10:00〜20:00(最終入館時間 19:30)
※そごう横浜店の営業時間に準じます
※企画展の最終日など閉館時間が早まる場合があります
休館日:会期中無休

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