FEATURE

自分の意思で探り、みつけ、乗り越える。
身体性を持って躍跳する20作家の
作品から立ち上る「驚き」と「喜び」

京都市京セラ美術館「跳躍するつくり手たち展:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」

インタビュー

田村奈穂、WonderGlass社《フロート》2013-15年 WonderGlass社蔵
京都市京セラ美術館 特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」展示風景 
Photo: Koroda Takeru
田村奈穂、WonderGlass社《フロート》2013-15年 WonderGlass社蔵
京都市京セラ美術館 特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」展示風景 
Photo: Koroda Takeru

インタビュー 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

構成・文 藤野淑恵

京都市京セラ美術館のメインエントランスであるガラスのファサードをくぐり、16メートルの天井高をもつ本館中央ホールの白い螺旋階段を右手に眺めて直進すると、正面に見えてくるのが日本庭園。東山を借景とした緑滴る窓の外の景色に惹かれながら順路に沿って進んだ先に、2020年のリニューアルオープン時に新しく誕生した新館、東山キューブがある。現在開催中の特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」では、タイトルが示す様々な領域を横断する20作家(個人・チーム)の最新作を含む作品が紹介されている。この展覧会のキュレーションを担った川上典李子氏に話を聞いた。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「跳躍するつくり手たち展:
人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」
開催美術館:京都市京セラ美術館
開催期間:2023年3月9日(木)~6月4日(日)

川上典李子 Noriko Kawakami

デザインジャーナリスト、武蔵野美術大学客員教授、多摩美術大学理事
デザイン誌『AXIS』編集室を経て 1994年に独立、ジャーナリストとして活動を続ける。2007年より21_21 DESIGN SIGHTのアソシエイトディレクターとして展覧会企画にも関わる。同館以外でも「現代日本のデザイン100選」(国際交流基金主催)共同キュレーター、パリ装飾美術館「Japon-Japonismes, Objets inspirés, 1867–2018」(2018年)共同キュレーター、「London Design Biennale 2016」日本公式展示キュレトリアル・アドバイザーなどを務める。

©Yamaguchi Kenichi
©Yamaguchi Kenichi

「今回の展覧会の監修に携わることになった契機には、近年関わった複数の展覧会があります。2018年に日本とフランスの国交150周年を記念してパリの装飾美術館で開催された展覧会「ジャポニスムの150年」もそのひとつで、私はゲストキュレーターとして、150年前から現在にいたる日本の工芸、デザインを選び、展示する機会に関わらせていただきました。そのことをきっかけに、日本における創造力を新たな視点で紹介する展覧会の可能性について思いを共にする方々との会話が始まり、京都市京セラ美術館とのご縁から具体的な企画へと進んでいきました」。美術館からの「デザイン展を」というリクエストに対して、川上氏は広く領域を横断する展覧会を提案した。

「デザインジャーナリストとしての活動や、21_21 DESIGN SIGHTをはじめとする展覧会の企画に携わる中で、全国の工芸産地を訪れたり、領域を超えた作家に会ったりする機会を得ました。またコロナ禍以前から若手作家たちの声を聞く中で感じていた共通点が、地球への畏敬の念や長い時間軸をふまえての思索、大地から生まれる素材に真摯に向き合う姿勢などでした。今回の展覧会のキーワードとして私が挙げさせていただいたのは、化学者のパウル・クルッツェンが2000年に提唱した『アントロポセン(人新世)』、すなわち、活発化した人間の活動が地球に大きな影響を及ぼし、新しい地質時代に移行しているという考えでしたが、私たちの今後を模索していくうえでも、作家たちの姿勢や行動は興味深いものです」。

佐野文彦《集い合わさるもの》2023年 作家蔵
展覧会会場に先立って最初に来場者を迎えるのは、中村外二工務店で数奇屋大工の修行を経て独立した建築家・美術家の佐野文彦の作品。日本庭園の3作品は、展示空間内に配された複数の佐野作品と響き合うようにして、建物の外と内をつなぐ。佐野は本展展示デザインも手がけており、4つのセクションを紹介する解説パネルでも古今東西の木を組み合わせたものが制作された。
Photo: Koroda Takeru
佐野文彦《集い合わさるもの》2023年 作家蔵
展覧会会場に先立って最初に来場者を迎えるのは、中村外二工務店で数奇屋大工の修行を経て独立した建築家・美術家の佐野文彦の作品。日本庭園の3作品は、展示空間内に配された複数の佐野作品と響き合うようにして、建物の外と内をつなぐ。佐野は本展展示デザインも手がけており、4つのセクションを紹介する解説パネルでも古今東西の木を組み合わせたものが制作された。
Photo: Koroda Takeru

「地球上に生まれた素材を、自らの手でどのように発信していくのか」。
素材に向き合い、その声を聞きながら制作する作家たち

京都市京セラ美術館は、2023年に創立90周年を迎える。「古からの都にある公立美術館が節目の年を迎える展覧会で、デザイン、工芸、現代アートという領域を超え、自然と人工、過去と未来を行き来する展覧会を開催することで、今のある状況を受け止める作家の前向きな姿勢を紹介し、新しいものの見方を皆で考える機会にしたいと考えました」(川上氏)。70年代〜90年代生まれを中心とする、ジャンルを横断した20作家の最新作を含む作品が、「ダイアローグ」「インサイト」「ラボラトリー」「リサーチ&メッセージ」という4つのセクションで紹介され、そこには京都を拠点とする作家も含まれる。監修者である川上氏が、今回フィーチャーした作家とその作品の一部を紹介する。

セクション1「ダイアローグ」展示風景より。石塚源太《感触の表裏 #29》2023年。写真左奥は陶芸作家 田上真也の《殻纏フ 溢ルル空》2022年、右奥はガラス造形作家 津守秀憲の《存在の痕跡》シリーズ 2022年 筆者撮影
セクション1「ダイアローグ」展示風景より。石塚源太《感触の表裏 #29》2023年。写真左奥は陶芸作家 田上真也の《殻纏フ 溢ルル空》2022年、右奥はガラス造形作家 津守秀憲の《存在の痕跡》シリーズ 2022年 筆者撮影

「大地との対話からのはじまり」という副題のついたセクション1「ダイアローグ」で紹介されるのは木、石、ガラス、竹などの古来の素材に向き合い続けながら、自らの手を使って造形している作家。彼らに共通するのは、「地球上に生まれた素材を、自らの手でどのように発信していくのか」という意識だという。「今回紹介する作家たちは、素材の特色をしっかり受け止めています。なぜ漆という素材が地球上にあるのか、という思考の先に石塚源太さんが制作した最新作が《感触の表裏#29》です。元は木の樹液である漆という素材が最も生きる姿を探り続けています。石塚さんの作品を以前に目にしたときに、周囲を写し込む皮膜のような独自の造形に魅了され、漆に関する本人の考えを聞いてさらに関心をもちました。本展企画を進めるなかでぜひとも参加してほしいと思った作家です」。京都出身の石塚はロエベ ファンデーション クラフト プライズで2019年の大賞を受賞し、大英博物館や京都市京セラ美術館にも作品が収蔵されている気鋭の美術家だ。

セクション1より中川周士作品の展示風景。手間3点(左から)《Octagonal Cone》、《Outer Shell》、《Giant Crater》すべて2023年。奥3点は《Moon Ⅰ》 、《Moon Ⅱ》、《Moon Ⅲ》すべて2022年。「Born Planets」シリーズより、作家蔵 筆者撮影
セクション1より中川周士作品の展示風景。手間3点(左から)《Octagonal Cone》、《Outer Shell》、《Giant Crater》すべて2023年。奥3点は《Moon Ⅰ》 、《Moon Ⅱ》、《Moon Ⅲ》すべて2022年。「Born Planets」シリーズより、作家蔵 筆者撮影

「展覧会開催直前まで制作に取り組んでくださった中川周士さんは、京都に生まれ、滋賀に工房を持つ作家。木と対峙し、木と向き合い、木と共作することに挑戦し、エネルギーを注いでいる作家です。今回の展覧会のために制作された新作では、重要無形文化財(人間国宝)保持者である父、中川清司さんが生み出した『柾合わせ』の技法を使い、素材には樹齢約300年の人工林の吉野杉が用いられています。中川さんが人工林にこだわる理由には、木目に刻まれた年輪、一つ一つに、人間と杉が関わり、共に生きてきた長い歴史を見出すからだといいます」(川上氏)。

岩崎貴宏《アントロポセン》2023年 作家蔵
洗剤の箱の中には20世紀の消費社会の象徴として、アンディ・ウォーホル作品で有名なブリロの箱も見える。壁に描かれたキノコ雲と銀河。2つの雲は広島と長崎を彷彿させる。筆者撮影
岩崎貴宏《アントロポセン》2023年 作家蔵
洗剤の箱の中には20世紀の消費社会の象徴として、アンディ・ウォーホル作品で有名なブリロの箱も見える。壁に描かれたキノコ雲と銀河。2つの雲は広島と長崎を彷彿させる。筆者撮影

若手作家の近作・新作から、
思考を継ぎ、時を継ぐことの重要性に触れる

続くセクション2「インサイト:思索から生まれ出るもの」でフォーカスされているのは、現代美術作家の作品群だ。ここでは、「自分の手と体を動かし、自ら考えていることを作品で見せている」(川上氏)8人の作家の新作、近作が紹介されている。「布地のように柔らかく脆弱な地層を表現した岩崎貴宏さんの《Out of Disorder(Layer and Folding)》は今回の展覧会で紹介したかった作品です。さらに、岩崎さんとの打ち合わせの中で『新作を作りたい』との提案から生まれたのが、天井6メートルの東山キューブの会場の黒壁にその場で制作された新作《アントロポセン》。洗剤の箱や掃除道具で構成されたこのインスタレーションは、洛中洛外図さながらに現代の都市を俯瞰するものとなっています。何かを綺麗にするための洗剤からゴミが生じているなど人間の日常生活が孕む環境問題への矛盾を問うもので、銀河と雲はじつは洗剤などで描かれています」(川上氏)。

井上隆夫《ブロークンチューリップの塔》(部分)2023年 作家蔵
作家は「人が排除しようとしても依然としてこの世に存在するものに強く惹かれ、その存在と現代社会との関係性を多角的に追求している」と述べている。筆者撮影
井上隆夫《ブロークンチューリップの塔》(部分)2023年 作家蔵
作家は「人が排除しようとしても依然としてこの世に存在するものに強く惹かれ、その存在と現代社会との関係性を多角的に追求している」と述べている。筆者撮影

透明なアクリル樹脂の中にバラの花が閉じ込められた倉俣史朗の代表作「ミス・ブランチ」を彷彿させる井上隆夫の作品《ブロークンチューリップの塔》に閉じ込められているのは、まだら模様のチューリップ。「まだら模様のチューリップの球根は、その希少性から17世紀のオランダで家が1軒立つほどに高額で取引され、世界で初めてのバブル経済とされています。その後、まだら模様の原因がウィルス感染であることが判明し、現在では発見と同時に球根ごと引き抜かれて処分される存在になりました。作家自ら収集したブロークンチューリップを特殊技術で封じ込めた50個以上のアクリルブロックを、二重螺旋の形に立体的に構成した最新作です」(川上氏)。

GO ON《100年先にある修繕工房》2023年 作家蔵 Photo: Koroda Takeru
GO ON《100年先にある修繕工房》2023年 作家蔵 Photo: Koroda Takeru

セクション3では「100年前と100年後をつなぎ、問う」という副題そのままに京都の伝統産業の担い手たちにより2012年に結成されたクリエイティブユニットGO ON(細尾真孝、八木隆裕、中川周士、松林豊斎、辻 徹、小菅達之)を中心とした未来へ向けたもの作りが紹介されている。「本セクションの趣旨を伝え、彼らと話を重ねるなかで提案してくれたのが、100年後、世界に誇る工芸都市となった京都で、市役所最上階に設けられた『修繕工房』という作品でした。2017年のミラノサローネでの展示でアワードを獲得し評価されたGO ONの、結成10年の節目を経て改めて示されるメッセージとしても興味深いものです」(川上氏)。ただ直すだけではなく、何かを加えてもっと良いものを作る。世界に誇る工芸都市、京都の修繕工房では、様々な分野の職人が社会を工芸で修繕するために、日々技術を磨いている―――展覧会の図録にはGO ONのステートメントとも呼べる言葉が掲載されている。

GO ONのメンバーの一人である開化堂ディレクターの八木隆裕とライゾマティクスのエンジニアである石橋 素、柳澤知明、クリエイティブ・ディレクターの三田真一の協働による作品。《Newton’s Lid》2023年 作家蔵 Photo: Koroda Takeru
GO ONのメンバーの一人である開化堂ディレクターの八木隆裕とライゾマティクスのエンジニアである石橋 素、柳澤知明、クリエイティブ・ディレクターの三田真一の協働による作品。《Newton’s Lid》2023年 作家蔵 Photo: Koroda Takeru

作家たちの未来を探る問いかけは
感情や思考を呼び覚まし、明るい方向への道筋となる

セクション4では「未来を探るつくり手の現在進行形」と銘打って、若いデザイナー3組のインスタレーションを紹介している。「吉泉聡さんを中心としたデザイン、エンジニアリングのユニット、TAKT PROJECTは、コロナ禍に東京のオフィスに加えて仙台にもスタジオを作り、東北地方のリサーチを始めました。本展では、東北各地を訪ねるなかで宮沢賢治の考え方にも影響を受けている彼らの考察を図で示すとともに、その考察に基づく池のような大型作品も紹介しています。来場した皆さんは液体の不思議な動きに注目して「きれい!」「不思議!」「こわい!」などと感想を口にされていて、TAKT PROJECTがまさに試みたかった状況が生じています。何故これがデザインなのか。彼らは人の感情や思考を喚起するものもデザインであると考え、『Evoking Object(エヴォーキング オブジェクト)』と名付けています」(川上氏)。

生き物のような磁性流体が黒いプールから白い壁にゆっくりと這い上がっていくTAKT PROJECT《black blank》2023年 写真奥はTAKT PROJECT《glow ⇄ grow: globe》2019年 Photo: Koroda Takeru
生き物のような磁性流体が黒いプールから白い壁にゆっくりと這い上がっていくTAKT PROJECT《black blank》2023年 写真奥はTAKT PROJECT《glow ⇄ grow: globe》2019年 Photo: Koroda Takeru

展覧会の最後を飾る田村奈穂の照明《フロート》の、運河の水面が光を受けて揺らぐ情景が蜃気楼のように目の前に立ち現れるかのようなインスタレーションには、前向きな気持ちで会場を跡にしてほしいと考えた川上氏の思いが込められている。「ニューヨークを拠点にする田村さんは、プロダクトデザインからインスタレーション、空間デザインまで手がけるデザイナーです。日本のアンビエンテック社の照明器具を始めとするプロダクトのデザインを手がける一方、今回展示している《フロート》では、ヴェネチアに工房を持つ吹きガラス職人の手仕事から生まれるガラスという生きた素材に耳を傾け、対話し、素材そのものに寄り添ってデザインしています。絶え間ない変化とスピードの時代ですが、ここでは旅先で訪れた運河を眺めるように、静かに立ち止まる瞬間を感じていただければと思います」(川上氏)。

「デザイナーの仕事とは考えるきっかけをつくること。明るい方向に歩いていける道筋をさぐりたい」。これは展覧会の図録に紹介されていた、田村の言葉だ。今回の展示で唯一自然光の入る、庭園を望む開かれた最後の展示室を後にする頃には、穏やかな光に導かれたかのような前向きな感情に満たされていることに気づく。「地面を蹴って前方、上方に跳躍する。身体性を伴って自分の意思で何かを探り、みつけ、乗り越えようとする。20作家の先見性を持った作品から見えてくる、『驚き』や『喜び』のような何か」(川上氏)との出合いを、本展でぜひ体験してほしい。

藤野淑恵 プロフィール

インディペンデント・エディター。「W JAPAN」「流行通信」「ラ セーヌ」の編集部を経て、日経ビジネス「Priv.」、日経ビジネススタイルマガジン「DIGNIO」両誌、「Premium Japan」(WEB)の編集長を務める。現在は「CENTURION」「DEPARTURES」「ART AGENDA」「ARTnews JAPAN」などにコントリビューティング・エディターとして参加。主にアート、デザイン、ライフスタイル、インタビュー、トラベルなどのコンテンツを企画、編集、執筆している。

FEATURE一覧に戻るインタビュー 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻るインタビュー 一覧に戻る