FEATURE

北欧で育まれた美しいガラスデザインの背景を探る
「イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき」

Bunkamura ザ・ミュージアム(東京・渋谷)で2022年11月10日まで開催

内覧会・記者発表会レポート

Photo: Anton Sucksdorff
Photo: Anton Sucksdorff

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構成・文 澁谷政治

フィンランドのライフスタイルブランド「イッタラ(iittala)」。今や北欧デザインの代表ブランドの一つとなり、そのシンプルな美しさと機能性から、日本を含む世界中の人々のインテリアや食卓などで愛用されている。創立140年を記念し、日本国内では初めて、このイッタラブランドに焦点を当てた大規模な展覧会が、約450点もの作品や資料とともにイッタラを深く掘り下げる貴重な機会として、2022年9月17日から11月10日まで、東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにて開催されている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2022年9月17日(土)〜2022年11月10日(木)

厳しい気候風土で育まれたライフスタイルにおいて、自然の温かみを感じるシンプルで美しいフォルムが注目される北欧デザイン。その中でフィンランドのデザインブランドと言えば、インテリア家具を扱うアルテック(artek)、テキスタイルのマリメッコ(marimekko)、陶器のアラビア(ARABIA)などとともに、ガラス製品ではこのイッタラが筆頭に挙がるだろう。しかし、アルテックの建築家・家具デザイナーであるアルヴァ・アールトとイッタラの関係、またアラビア陶器とイッタラ製品のつながりなど、あまり気にせずに愛用している人も少なくないのではないだろうか。イッタラの歴史や哲学を深く知ることにより、フィンランドデザインの輪郭が見えてくる。日常生活に彩りを添えてくれるイッタラのデザインを、いつもと違う角度から俯瞰することを楽しみに展示会場へと足を運んだ。
※本展覧会では、スペル(Aalto)に基づいた「アアルト」の表記であるが、本文中においては、筆者が指導を受けた北欧建築史研究者の伊藤大介氏に倣い、発音に基づく「アールト」の表記を用いている。

イッタラの歴史と企業としての変遷

会場風景 撮影:山本倫子
会場風景 撮影:山本倫子

会場入口はイッタラの歴史から始まる。イッタラは、1881年スウェーデン人のガラス職人ピーター・マグナス・アブラハムソン(Peter Magnus Abrahamson)により、フィンランドの首都ヘルシンキ郊外北部にあるイッタラ村で創立された。19世紀初頭までフィンランドはスウェーデンに統治されていた経緯もあり、当時ガラス職人としてはスウェーデン人も多かった。1793年に設立されたガラスメーカー、ヌータヤルヴィ(Nuutajärvi)でも経験を積んでいたアブラハムソンは、同社に競合する形でイッタラを設立し、当初は家庭用ガラスや製薬用ガラス、クリスタル製品などを主に扱っていたという。1894年にイッタラ初の社内デザイナーとして入社したスウェーデン人のアルフレッド・グスタフソン(Alfred Gustafsson)によって、最初の転機が訪れる。彼は当初伝統的なデザインを踏襲していたが、フィンランド人のナショナリズムの高まりに影響を受け、イッタラ独自のデザインの創出に目覚めていく。

イッタラを支えてきたデザイナーたちとその活躍

会場風景 筆者撮影
会場風景 筆者撮影

徐々に経営の軌道に乗るイッタラだが、企業形態は時代とともに目まぐるしい変遷を遂げる。日露戦争、第一次世界大戦などが続き長引く経済不況から、1917年には別のガラス工場カルフラ(Karhula)と合併し、「カルフラ=イッタラ」となる。第二次世界大戦後、1950~80年代には多数の優れたデザイナーを輩出し、カルフラ=イッタラ社は国際的な評価を得ていった。しかし、1988年にはアラビアとヌータヤルヴィのガラス工場を所有するバルチラ(Wärtsilä)が「イッタラ=ヌータヤルヴィ」を設立。その後、1990年にはハックマン・グループ(HACKMAN)が買収。しかし、2003年にはハックマン・グループが、イタリアのアリ・グループ(ALI)に買収される。その後も混乱が続いたが、2007年に工具やインテリアで有名なフィンランドのブランド、フィスカース・グループ(FISKARS)がイッタラブランドを所有することとなり、共通したコンセプトを持つ他のブランドと統一性を持って運営されていく。この展示を通じ、高まる評価の裏側で存在を模索するイッタラと競合ブランドの相関関係が明らかになっていく。

会場風景 筆者撮影
会場風景 筆者撮影
展覧会限定アイテム《アアルト ベース「クリア1937」》 ©Iittala
展覧会限定アイテム《アアルト ベース「クリア1937」》 ©Iittala

次のエリアでは、デザイナーが紹介される。1932年「カルフラ=イッタラ」が開催したガラスデザインのコンペティションで準優勝したアイノ・アールト(Aino Aalto 1894-1949)。当時の作品、「ボルゲブリック(水紋)」は現代もなお愛されるロングセラー商品となっている。また、アイノのパートナーであり、フィンランドを代表する建築デザイナー、アルヴァ・アールト(Alvar Aalto 1898-1976)。彼もまた、1936年に同じコンペティションに参加している。発表された緩やかな曲線が美しい「アールト ベース(サヴォイ ベース)」を含むアルヴァ・アールト・ コレクションは、現在もイッタラを代表する製品となっている。これらが戦前にデザインされたものであることは、いかにイッタラのデザインが普遍的な魅力を持ち、長きに渡り人々に親しまれているかを物語っている。コンペティションでも共同作業を行っていたアールト夫妻は、1935年に他のメンバーとともに家具ブランドのアルテックを設立、モダニズムのインテリアを世に広く知らしめていく。

会場風景(右側は「カンタレリ」の写真パネル) 筆者撮影
会場風景(右側は「カンタレリ」の写真パネル) 筆者撮影

1946年に採用されたデザイナーの一人で、後にアラビア、ヌータヤルヴィでもクリエイティブ・ディレクターとなるカイ・フランク(Kaj Franck 1911-1989)。彼がイッタラ時代に残した「ティーマ」(キルタ)シリーズは、「色が唯一の装飾」と言うフランクらしいシンプルで機能的な美しさが際立っている。“フィンランドデザインの良心”とも称されるフランクは、量産するガラス製品はアートではなくチームで製作しているため、デザイナーのみ名前を出して目立つものではないという「匿名性論争」をも巻き起こした。また、同時代を歩んだもう一人の名デザイナー、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala 1915-1985)。「カンタレリ(アンズタケ)」や「ウルティマ ツーレ(世界の果て)」シリーズに代表される印象的な凹凸のあるガラス作品は、自然を表現した質感と美しいフォルムで国際的にも高く評価されている。

会場風景 撮影:山本倫子
会場風景 撮影:山本倫子

かわいらしい「バード」シリーズで有名なオイバ・トイッカ(Oiva Toikka 1931-2019)。シンプルなデザインの食器類が主要なイッタラ製品の中で、このシリーズはカラフルなガラスの芸術作品として多くの人に愛され、現在世界の美術館でもコレクションされている。そのほか、赤いイッタラのロゴデザインも行ったガラスの彫刻家ティモ・サルパネヴァ(Timo Sarpaneva)、「エッセンス(本質)」シリーズなど革新的でスマートなデザインが印象的なアルフレッド・ハベリ(Alfredo Häberli)、そして1970年生まれで新時代のイッタラデザインを牽引するハッリ・コスキネン(Harri Koskinen)などが紹介されている。

様々な視点からひもとくイッタラの魅力

会場風景 筆者撮影
会場風景 筆者撮影
会場風景(スチール型と木型の展示) 筆者撮影
会場風景(スチール型と木型の展示) 筆者撮影

奥へと足を進めると、「イッタラを読み解く13の視点」として、様々な角度からイッタラの側面が切り取られている。「型でつくる」と題されたコーナーに展示されるガラス製品の木型。現在のスチール型とは異なり、木型ではより自然の質感が表面に現れる。ガラスの熱ですぐに傷んでしまうことから量産には適さないが、木型とスチール型の両方の「アールト ベース」を比較できる展示が興味深い。このほか、「職人の技」「マジック・リアリズム 自然や精霊との対話」「気候と文化」「カラー」「広告イメージ 世界観を伝える」「戦後フィンランドの外交とデザイン」など、異なる様々な視点によりイッタラの魅力が繙かれていく。1964年日本最初の「フィンランドデザイン展」の図録で紹介されたというフィンランドの工業デザイナーが持つ共通項、「素材への深い理解と愛情と感覚」。展示を観ていると、まさにこの言葉を思い出すイッタラのデザイン哲学が感じられる。

会場風景 筆者撮影
会場風景 筆者撮影

日本との関係から知るイッタラ

会場終盤では、イッタラと日本の関係が語られる。デザイナーのカイ・フランクは、訪米からの帰途の1956年に初めて来日した。京都・龍安寺の石庭を訪れた際には「おそらく今まで見た中で最も美しいものだ」と感嘆し、そのほか日本の陶磁器などにも強く関心を示していたという。日本のミニマリズムは、無駄な装飾を排除するフランクのデザインとリンクしているとも言え、彼はその後も日本を複数回訪問している。また、価値観を共有しブランド・コラボレーションを図った「イッセイ ミヤケ」、日本のライフスタイルブランド「ミナ ペルホネン」、そしてイッタラの店舗設計に携わった建築家隈研吾氏との関わりなども取り上げられており、イッタラをより我々の身近に感じられる展示となっている。

会場風景 撮影:山本倫子
会場風景 撮影:山本倫子

イッタラの魅力とは

イッタラの魅力とは何か。地政学的にも隣国スウェーデンやロシアなどに翻弄された歴史を持つフィンランドにおいて、デザイン国家というブランディングを牽引したイッタラの貢献は大きい。そして、長く厳しい冬の屋内を合理的かつ明るく楽しむ工夫と自然の素材をシンプルに愛でる美的感覚は、世界中の多くのライフスタイルにも影響を与え、取り入れられている。本展覧会を通じ、一見シンプルで素朴な印象の受けるイッタラ製品の裏側にある、ガラス職人の技術とデザイナーの感性や哲学、様々な側面から浮かび上がるストーリーからは、人それぞれが異なる新たな魅力を感じることだろう。一方で、会場に並べられたイッタラのガラス製品の美しさには、来場者の誰もが等しく楽しみ癒されるに違いない。是非自分自身の視点が感じる「フィンランドガラスのきらめき」を会場で堪能してほしい。

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

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