FEATURE

“萩焼”の産地、萩美術館で鑑賞する
「未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」

山口県立萩美術館・浦上記念館で「未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」が8月28日(日)まで開催中

内覧会・記者発表会レポート

(1列目から3列目、左から右へ順に)十三代 三輪休雪《エル キャピタン》 2021年 個人蔵、岡田泰《淡青釉鉢》 2019年 個人蔵、波多野善蔵《萩茶盌》 2015年 個人蔵、大和保男《炎箔文四方陶筥》 1988年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵、新庄貞嗣《萩茶碗》 2019年 個人蔵、十五代 坂倉新兵衛《萩灰被四方平皿》 2013年 個人蔵、渋谷英一《黒彩器-相-》 2019年 個人蔵、岡田裕《炎彩花器》  2010年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵
(1列目から3列目、左から右へ順に)十三代 三輪休雪《エル キャピタン》 2021年 個人蔵、岡田泰《淡青釉鉢》 2019年 個人蔵、波多野善蔵《萩茶盌》 2015年 個人蔵、大和保男《炎箔文四方陶筥》 1988年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵、新庄貞嗣《萩茶碗》 2019年 個人蔵、十五代 坂倉新兵衛《萩灰被四方平皿》 2013年 個人蔵、渋谷英一《黒彩器-相-》 2019年 個人蔵、岡田裕《炎彩花器》  2010年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵

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構成・文 小林春日

日本で焼きものが有名な産地に、有田焼の佐賀県有田町、信楽焼の滋賀県甲賀市、瀬戸焼の愛知県瀬戸市、益子焼の栃木県益子町などがあるが、萩焼(はぎやき)で有名な産地が山口県萩市である。

現在、その萩焼の産地である山口県萩市にある山口県立萩美術館・浦上記念館で、「日本工芸会陶芸部会50周年記念展 未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」が開催中である。同館には「陶芸館」もあり、近現代の陶芸・工芸作品約800点や中国・朝鮮などの東洋陶磁約600点(2021年現在)を収蔵する陶芸・工芸とは縁の深い美術館でもある。

山口県立萩美術館・浦上記念館「日本工芸会陶芸部会50周年記念展 未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」展示風景
山口県立萩美術館・浦上記念館「日本工芸会陶芸部会50周年記念展 未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」展示風景
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「日本工芸会陶芸部会50周年記念展 未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」
開催美術館:山口県立萩美術館・浦上記念館
開催期間:2022年7月2日(土)~8月28日(日)

2022年1月のパナソニック汐留美術館での開催を皮切りに、来年2023年まで各地に巡回予定である。現在、山口県立萩美術館・浦上記念館で開催中の本展の展示について、山口県ならではの「萩焼」の作品を軸にして、伝統技法やそこから発展した各作品の新たな創造性などについて、同館の担当学芸員 市来真澄さんにお伺いした解説をもとに、見どころを紹介したい。

「萩焼」というのは、焼きものの名称として耳馴染みのある方も多いと思われるが、一体どんな特徴のある焼きものなのだろうか。本展に出展されている10点の萩焼の作品とともに紹介していく。各作品紹介の中に、それぞれ萩焼の特徴の分かる内容を含んでいるので、ぜひ鑑賞の際の参考にしてみてほしい。

まず、本展タイトルにある「日本工芸会」について押さえておきたい。重要無形文化財保持者(人間国宝)を中心に伝統工芸の作家や技術者等によって、「陶芸」「染織」「漆芸」「金工」「木竹工」「人形」「諸工芸」の7部会に分けて活動している組織であり、1955年に発足した。1973年には同会陶芸部所属の作家によって「第1回新作陶芸展(陶芸部会展)」が開催されたが、本展はその日本工芸会陶芸部会50周年を記念した展覧会で、陶芸部会所属作家を中心に、それ以外の陶芸家の作品も含めた137名の作家による名品139点を展覧する。

伝統の技の中に繊細に表れた個性が光る、 波多野善蔵、新庄貞嗣の萩茶碗

新庄貞嗣《萩茶碗》 2019年 個人蔵
新庄貞嗣《萩茶碗》 2019年 個人蔵

手に持った時に心地よく手のひらにすっぽり収まりそうな、丸く可愛らしい形の茶碗は、萩焼の作家 新庄貞嗣氏の作品である。萩は、茶陶(ちゃとう)といわれる茶道用の陶器が有名な産地で、その多くは井戸形(いどがた)の、高台から口縁まで直線的な、やや口縁が開いた形が典型の茶碗である。その伝統の形を追求するのではなく、茶碗の胴の部分にころんとした丸みを持たせることで、独特のスタイルを形作っている。たなごころをそのまま表すような、手取りの良さ、そして中の空間を大切にしてつくられた茶碗である。

波多野善蔵《萩茶盌》 2015年 個人蔵
波多野善蔵《萩茶盌》 2015年 個人蔵

こちらが、約400年の歴史のある萩焼の伝統的な“井戸形”の茶碗である。伝統的な萩茶碗の色味に、枇杷色(びわいろ)があり、萩焼の代名詞ともなってきたが、波多野善蔵氏は、白濁の強い釉薬と化粧土によって、伝統的な枇杷色より、柔らかな色彩となるようにつくられている。また、非常にシンプルな形をしているが、熱伝導率を加減するその厚みも、計算された絶妙な厚みで作られている。心を落ち着かせて安らぐ場である茶の湯の席で、見た目にも、手にしたときにも、心落ち着く形を創り出している。

萩焼に使われる3種類の陶土。ブレンドせず、意匠化によってあらたな芸術性を表現した、岡田裕の《炎彩花器》

岡田裕《炎彩花器》  2010年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵
岡田裕《炎彩花器》  2010年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵

燃え上がる炎が揺らめいているかのような、躍動感のある作品は、岡田裕氏の《炎彩花器》である。伝統的な萩焼の陶土には、大道土(だいどうつち)、見島土(みしまつち)、金峯土(みたけつち)の3種類がある。ブレンドして素地に用いるのが主な使い方だが、赤茶と白と黒の3つの色彩が見られるこの作品は、それぞれの土を模様の装飾として使ったという点が非常にユニークである。伝統を墨守しながら、それまでの萩焼になかった新しい境地を開拓している。

真白い釉薬「休雪白」を開発し、萩焼の人間国宝となった三輪休和、三輪壽雪。伝統の技法を継ぎながら新しい表現を生み出す十三代 三輪休雪

三輪休和《萩四方水指》 1972年 東京国立近代美術館蔵
三輪休和《萩四方水指》 1972年 東京国立近代美術館蔵
三輪壽雪《白萩手桶花入》 1965年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵
三輪壽雪《白萩手桶花入》 1965年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵

萩焼で最初に人間国宝に認定(1970年)された三輪休和(みわきゅうわ/第十代三輪休雪)氏の作品「萩四方水指」、そして、2人目の人間国宝に認定(1983年)された弟の三輪壽雪(みわじゅせつ/第十一代三輪休雪)氏の作品《白萩手桶花入》である。

「萩四方水指」(画像上)は、三輪休和氏の仕事において、白い釉薬によって造形表現がなされた画期的な作品である。以前は、陶芸作品に白を表現する場合、粉引(こひき)といわれる白化粧によって白に近づけることを基本としていたが、三輪氏は古来より受け継いできた藁灰釉(わらばいゆう)という、少し白濁する釉薬をベースにして研究を重ね、改良を加えることで純白度を高めた釉薬を開発したのである。さらに、白い釉薬を開発したのみならず、この釉薬による芸術的な表現に秀でていたことが、三輪休和の名前が広く知れ渡るきっかけとなった。

釉薬の掛け方にも作者の意図が存分に発揮されている。作品の地の部分は、見島土(みしまつち)という萩の伝統の陶土を用いているが、鉄分が多いため、焼成すると濃い茶色を発色する。その見島土を釉薬の下に施すことで、白い釉薬が映えるようなコントラストを作り出している。焼きものの下部は、「土見せ」といわれる、釉薬をかけない部分を残す技法で、この土見せも、釉薬の白さをさらに強調している。この白い釉薬は、三輪家代々が襲名する休雪(きゅうせつ)という号にならい「休雪白(きゅうせつじろ)」の名で知られている。

弟の三輪壽雪(第11代三輪休雪)氏も、この「休雪白」の開発に兄とともに携わった。兄よりさらに自由に表現された造形を見せるのが、この《白萩手桶花入》という作品である。

「手桶」といえば、墓参りの際などに手に持つものとして想像されるように、通常は木製で作られているものだが、焼きもので表現しようという発想が面白い。さらにその形をそのまま真似て作るのではなく、この休雪白を引き立てるための小技が沢山隠されている。釉薬を一辺倒にかけて真白にするのではなく、土に引っかかって、釉薬が厚くかかったり、薄くかかったり、ときには釉薬を透かして土が見えたりと、生地土を釉薬に変化がつくように調整している。休和氏の作品と同様に見島土をかけて、白い釉薬よりを際立たせるために、濃い茶色の景色を作っている。素材となる、釉薬や陶土や化粧土、それらが最も良い形の相乗効果を生み出すよう、様々な趣向がこらされた作品である。

十三代 三輪休雪《エル キャピタン》 2021年 個人蔵
十三代 三輪休雪《エル キャピタン》 2021年 個人蔵

こちらは、三輪壽雪(第十一代三輪休雪)氏の三男、三輪和彦(十三代三輪休雪)氏の作品《エル キャピタン》である。1975年に三輪氏が米国に留学した際に、米国ヨセミテ国立公園にある岩山である「エル・キャピタン」に着想を得た作品である。

三輪休和氏、三輪壽雪氏と同様に休雪白を使い、見島土で化粧をして、足元には土見せがしてある。「エル・キャピタン」のそびえる姿は堂々としたものだが、風化のためか、柔らかい側面をもつ一枚岩である。その大自然の姿を、伝統の技法や素材を踏まえながら、茶碗という制約のある形の中に存分に豊かに表現した、革新的な作品である。

また、4つに分かれているように見える足元は、割高台(わりこうだい)という、萩の伝統的な造形であり、こちらも見どころだ。

窯の中で酸素を断って焼成することで現れる赤い斑点模様、萩の伝統技法“御本”を用いつつ現代感覚を取り入れた大和保男の《炎箔文四方陶筥》

大和保男《炎箔文四方陶筥》 1988年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵
大和保男《炎箔文四方陶筥》 1988年 山口県立萩美術館・浦上記念館蔵

こちらは、蓋を伴う箱の形の「陶筥(とうばこ)」作品。伝統的な萩焼の技をふんだんに盛り込んだ、大和保男氏の《炎箔文四方陶筥》である。

この作品の特徴は、炎箔文にある。『炎箔文』とは、まるで金箔を貼ったような四角い模様の表現で、塩釉を塗って焼き上げることでこういった模様を作り出している。金箔を貼ると、その周囲に箔足と呼ばれる筋が見られるが、それらも模様に再現している。その箔足の見せ方にも萩焼きの伝統の技を用いている。生地の上に現れた赤い斑紋のような表現が、“御本(ごほん)”と呼ばれる、萩焼きの伝統の装飾の一つである。これは還元焼成(かんげんしょうせい)という、窯の中で酸素を断って焼成することで現れる模様で、酸素を断つことで、素地に残っている鉄分が、ほわっと明るく優しく出てくる表情である。御本の技法を用いることで、明瞭な箔足の輪郭を柔和に表現し、萩焼が昔から持つ優しい雰囲気を保守している。萩の伝統の技を上手に生かしつつ、独自の表現によって現代感覚が盛り込まれた作品である。

古来、絵付けをしない萩焼に、ドラマティックに朝顔を施した作品。伝統的な技法を尊重しつつ、新しい萩焼の展開を見せる《萩灰被四方平皿》

十五代 坂倉新兵衛《萩灰被四方平皿》 2013年 個人蔵
十五代 坂倉新兵衛《萩灰被四方平皿》 2013年 個人蔵

萩焼は、古来、絵付けをほとんど行わない焼きものである。こちらは、萩焼の伝統的な土を用いながら、朝顔の絵柄が施されている。この絵付けは、筆で描かれたわけでも、絵具が用いられたわけでもなく、色土といわれる、土に呈色材を混ぜて作られた顔料を、ペインティングナイフで重ねる手法で表現されていることがこの作品の特徴である。素地土と相性の良い色土を使い、新しい萩焼の展開を見せている。さらに、絵付けだけではなくて、朝顔の左手余白に施された白濁の藁灰釉がまるで斜光のような効果を生みだし、朝露が輝く朝のドラマティックな一幕をとどめているようである。

表現の新たな段階へ。
若手作家、渋谷英一の《黒彩器-相-》と岡田泰の《淡青釉鉢》

渋谷英一《黒彩器-相-》 2019年 個人蔵
渋谷英一《黒彩器-相-》 2019年 個人蔵

最後に、若手の作品2点に注目する。こちらは萩焼を軸として活動する、渋谷英一の《黒彩器-相-》である。口の大きくあいた開放感のある作品。口の部分は厚みと薄さが対になった独特かつ魅力的な造形性である。漆黒と白の間には複雑な呈色が見られる。

「鉢」の形を、独自に発展させた、作家の個性が光る。用いる陶土は、伝統的なものを使いながら、作家自身が作りたい形を求めて、表現した新しい造形である。

岡田泰《淡青釉鉢》 2019年 個人蔵
岡田泰《淡青釉鉢》 2019年 個人蔵

ここまで見てきた萩焼の作品とは、趣の異なる色味のある作品だが、こちらも萩焼の作品である。

萩焼では、色釉(色をつけた釉薬)は、約400年という萩焼の長い歴史のなかでも、あまり用いられてこなかったため、この美しいブルーの萩焼は、新鮮な表現だ。萩焼で釉薬を用いる場合も、透明や白濁した釉薬、あるいは白い釉薬といったモノトーンの表現が多く、また色を付けるとしても、焼成の具合による色付けや、化粧土で色をつけるといったことが多かった。作家の岡田泰氏は、日本海の澄んだ海の透明感を表現するために、伝統的な白萩釉に呈色材を混ぜる「淡青釉(たんせいゆう)」と呼ばれる釉薬を追求し、このような淡い青色の表現に至っている。

口縁には、暖かみのある色が一周しているのも見所である。素地に用いている大道土(だいどうつち)の、素焼き(釉薬をかける前の焼成の段階)に見られる、少し赤みを帯びた優しい肌色を活かしつつ、淡青釉をかけることで表れたやわらかな青色である。淡青釉が厚くかからないように口元は薄く仕上げて、素地の赤色が残るようにすることで、全体を引き締めている。伝統を守りながら、革新的な表現をすることに成功しているといえる作品ではないだろうか。

陶芸がつなぐ未来とは?

山口県萩美術館・浦上記念館市で開催中の「未来へつなぐ陶芸―伝統工芸のチカラ展」ということで、萩焼の伝統技法や特徴を交えながら、作品を紹介した。

陶芸の、伝統的な形や素材、技を尊重ながら、その礎の上で、さらに自由に羽ばたき、新しい表現を作り出していく作家たち。その多彩な表現のグラデーションが、一堂に展観できる展覧会である。ぜひ本展で、現在の陶芸が見せる魅力的な作品世界を味わいつつ、陶芸がつないでいく未来にも、思いを馳せてみて欲しい。

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