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映像をアニメでトレースする
― 現実と虚構が交差するアート

水戸芸術館「佐藤雅晴 尾行-存在の不在/不在の存在」展 展覧会レポート

展覧会レポート

《ダテマキ》 2013年
アニメーション、7チャンネル・ビデオ(HD、カラー) ループ
《ダテマキ》 2013年
アニメーション、7チャンネル・ビデオ(HD、カラー) ループ

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構成・文 澁谷政治

東京から特急で約1時間半。茨城県水戸市のランドマークでもあるアートタワーが聳える水戸芸術館 現代美術ギャラリーで、「佐藤雅晴 尾行-存在の不在/不在の存在」が開催されている。1999年より滞在したドイツで制作された作品から、2019年に闘病の末45歳で夭逝するまでの映像作品26点、平面作品38点を一堂に会した大規模な展示となっている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「佐藤雅晴 尾行-存在の不在/不在の存在」
開催美術館:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
開催期間:2021年11月13日(土)〜2022年1月30日(日)

佐藤雅晴の映像作品のメッセージは、静止した情報では伝わらない。それが作品を目の前にした率直な感想である。映像を鑑賞するため、やや照明を落とした会場で、佐藤が尾行-トレースした作品群が次々と展開されていく。映像作品の多くは、日常の風景を撮影した後に、パソコン上でペンツールを用い、なぞるようにトレースしてアニメーション化する「ロトスコープ」と呼ばれる技術によって制作されている。

佐藤は東京藝術大学大学院美術学研究科修士課程を修了後、国立デュッセルドルフ・クンストアカデミーにガストシューラー(研究生)として渡独。2年間アカデミーに在籍し、その後も日本食レストランに勤務しながらドイツでの制作活動を続けた。

最初の展示室には、ドイツ滞在初期の作品「I touch Dream #1」。デッサンをアニメ化した南アフリカ共和国のウィリアム・ケントリッジ(自ら描いた素描をコマ撮りして「動くドローイング」と呼ばれるアニメーション・フィルムを制作している現代美術家)の影響を受けたものと言われる。

《I touch Dream #1》1999年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(SD、白黒、サイレント) 3分34秒
《I touch Dream #1》1999年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(SD、白黒、サイレント) 3分34秒

その後に続く作品「TRAUM」(ドイツ語で「夢」の意)とは画風が異なるが、“夢”や“ハエ”など共通したコンテンツが見られ、佐藤が映像を創作していく原点となる作品とも感じられる。

「TRAUM」は、本格的にロトスコープの手法を取り入れた初めての短編アニメとなっている。佐藤が実際に見た夢をモチーフに、青年が高層展望台から眺める日常と、その延長にある妄想が交差していく。引き込まれるストーリーとともに、そのリアルなカメラワークも目が離せない。この時期の佐藤は日本食レストランでの激務で創作活動がままならなかったそうだ。しかし、映像をトレースする効率的な手法を見い出し、限られた時間においても表現活動を行う意欲を再び取り戻したきっかけとなっている。

《TRAUM》2004-2007年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(SD、カラー、サウンド) 10分7秒
《TRAUM》2004-2007年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(SD、カラー、サウンド) 10分7秒

当初商業アニメーション業界での活動を目指していた佐藤は、この映像をデモ作品として複数の会社へ持ち込んだという。実際には佐藤の目論見から外れ、商業作品としては評価されなかった一方で、図らずもその芸術性が評価されていく転機ともなった重要な作品である。

ドイツ時代の作品では、「Calling(ドイツ編)」も展示されている。誰もいない日常の様々なシーンで携帯電話が鳴り響くだけの場面が繰り返されるのだが、見ていて飽きない。作品を鑑賞中、私は個人的に好きなヴィム・ヴェンダース監督の古い映画のパンフレットに紹介されていたある男性の話を思い出していた。自殺した彼の遺品には膨大なカセットテープが遺されている。再生してみると、そこには彼の日常の生活音だけが延々と録音されていたという。一見誰も存在していない日常における見えない存在。佐藤のこの作品では、不在の中で鳴り続ける呼び出し音が、その向こう側にある存在を際立たせる。この作品は高く評価され、その後の「Calling(日本編)」へとつながっていく。

《calling(ドイツ編)》2009-2010年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サウンド) 7分(ループ)
《calling(ドイツ編)》2009-2010年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サウンド) 7分(ループ)

佐藤の作品には、相反する二対の存在を題材としたものがいくつかある。一見交わることのない天使と悪魔とも思われる男女が、雨の中ドライブをする「バインド・ドライブ」は、異なる存在の一つ一つが調和して心地良い違和感となっている。

佐藤の映像作品が静止画では伝わらない要因として音の影響も挙げられる。特にこの作品のBGMは長山洋子と影山時則のデュエットによる夫婦演歌であり、メロドラマ調の展開をより効果的に演出している。ここで紡ぎ出される異空間のストーリーは、是非展示会場の大画面の映像と音楽で味わってほしい。

《バインド・ドライブ》 2010-2011年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー) 4分50秒(ループ)
《バインド・ドライブ》 2010-2011年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー) 4分50秒(ループ)

また、一見可愛らしいループ映像作品「バイバイカモン」。自然界では隣に共存することのないウサギとクマを着ぐるみとして登場させ、出会いと別れが同時に表現されている。実はこの作品は、当初別々の画面として制作予定だったものが、技術的な事情から一つになった経緯があると聞く。しかし「バイバイカモン」こそ、この異質な共存が魅力と感じられる作品の一つであろう。“バイバイ”と“カモン”の仕草を延々と見ていると、安心と不安が同居する不思議な感覚に陥る。

《バイバイカモン》 2010年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サイレント) ループ
《バイバイカモン》 2010年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サイレント) ループ

佐藤の映像作品はほぼループ映像となっているが、図録では佐藤のループにおける考えも紹介されている。
「映画や映像作品で起承転結のあるものは、鑑賞時間や環境に制約が発生します。でも絵画は、空間においてあれば、いつでも鑑賞可能で、そのタイミングは観客任せなので、対象として自立している存在だと思います。(中略)そういった意味で、映像というものを絵画のように提示する方法としてループを選んでいます。」
当初商業アニメを目指していたが、アートとしての映像表現を模索し、提示していったことがこの説明から読み取れる。

こうした活発な制作活動の背後には、2010年帰国後から佐藤自身の上顎癌の発病、パートナーのくも膜下出血、そして東日本大震災による影響と不安な闘病生活が横たわっている。初期の作品は映像のすべてをトレースしていたが、徐々に一部分だけのトレースになっていく。これは闘病による体力的な遠因もあったかも知れない。しかし、それが現実と虚構の境界をより露わになり、佐藤の感じた存在と不在の共存する世界への効果的な演出につながっているのではないだろうか。

《エレジーシリーズ “桜”》 2011年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サイレント) ループ
《エレジーシリーズ “桜”》 2011年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サイレント) ループ

「福島尾行」は、放射能汚染に晒された街を記録―トレースしていくことに使命感を覚えた佐藤が、闘病と並行してライフワークとして始めた作品である。それより以前に制作されていた「東京尾行」ではドビュッシーの「月の光」をBGMに東京の日常がループしているが、「福島尾行」では投影会場に設置されたピアノが無音で鍵盤を軋ませている。一見のどかな福島を背景に、不在の中に存在する廃棄物や破壊された自然と建造物。アートを通じ自然、社会、政治への不信や不安について考えさせられる作品である。


また、復興へのポジティブな側面を反映する作品として、蒲鉾工場の製造ライン過程を延々となぞった大作「ダテマキ」がある。これは津波の被害を受けた福島県いわき市の工場が復活した報道により興味を持った佐藤が取材したものである。無機質な機械工程が淡々と映し出されるだけの映像は全く飽きることがなく、私はしばし時間を忘れ、無心に見入ってしまった。

なお、会場での「ダテマキ」の作品映像とは別に、ネット上ではその原画制作の動画も見ることができる。気の遠くなるような作業工程だが、少しの間、佐藤の製作過程を映像で追体験できる。


佐藤はよく笑う陽気な性格だったそうである。こうした作品群から、彼が日常の一つ一つをポジティブかつ丁寧に観察し、愛情とともに切り取ってアートに仕上げていたことが感じられる。一方、闘病や震災などの環境における不安や怒りを感じさせる作品も残されている。ループ映像作品「SM」では、自身ではどうにもならない焦燥が、切り取られた生首として襖に打ち付けられる。この作品は幾分ショッキングな表現からか広く公開はされていなかったそうだが、今回はこうした作品も合わせて鑑賞できる貴重な展示となっている。

《SM》2015年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サウンド) ループ
《SM》2015年
アニメーション、シングルチャンネル・ビデオ(HD、カラー、サウンド) ループ

そして、生前最後の個展作品となった9点のアクリル画と1点のオブジェで構成される連作「死神先生」。厳しい闘病生活の中、映像作品を制作する体力は衰えていたものの、最期まで創作意欲は失われず、療養で長時間過ごす中で感じた自宅への愛着を、これまでのパソコンのペンツールとは異なり、再びアナログ作業へと手法を変えながら仕上げている。

「死神先生」シリーズより《ガイコツ》2018年 アクリル絵具、木製パネル
「死神先生」シリーズより《ガイコツ》2018年 アクリル絵具、木製パネル

患者を人間として接していないと感じられた医者からの残酷な余命宣告。消化されない哀しみや困惑を、「死神先生」と名付けて滑稽さへと昇華することによって対峙し、最期まで身の回りに向けた愛情や思いを、緻密な作業で繰り返し表現していった痕跡が胸に迫る。

水戸芸術館の展示の特徴として、鑑賞者に情報ではなく作品と向き合ってほしいという意図があり、キャプションや説明を極力少ない構成にしている。本展でも、入口に作品リストが置かれているのみで、展示では自ずと作品に集中できるスタイルになっている。一方で、「死神先生」の連作については、作品ごとに佐藤本人が書き付けた文章が残されており、図録にも紹介されている。それぞれの作品の背景にある佐藤の日常へのまなざしや飾り気のない人柄を知ることにより、また違った角度から作品を感じることができる。

多少遠方からでも是非水戸まで足を運んで、この展示空間で体感してほしい。なぜなら、冒頭の感想のとおり、佐藤雅晴の映像作品の世界観は、静止画や文章だけでは決して伝わらないからである。

また、水戸芸術館での企画について、本展を担当した学芸員の井関悠氏に伺った。
「佐藤さんがドイツより帰国されたのが2010年、その後すぐに茨城県取手市戸頭に居を構え、なくなる2019年3月まで同地にて過ごしました。ドイツ時代は彼にとっては不遇であり、日中は日本料理屋で働きながら、帰宅後の夜遅くからや休日に制作を続ける日々を送っていたようです。それもあって、ドイツ時代の作品数はさほど多くはなく、特に映像作品に至っては4点しか制作されていません。
いっぽう、帰国してから制作された映像作品は22点あります。平面作品においてもドイツ時代は21点、帰国後は52点(現在確認されている作品数)制作しています。
ドイツ滞在11年、帰国してから他界するまで9年と、ほぼ同じ時間を過ごし、かつ帰国してからは常に癌とともに生きてきた佐藤にとって、茨城での生活というのは非常に重要な時期にあたるのではないかと考え、弊館での展示を構成しました。」

ほぼ同年数滞在していたドイツと比較しても、かなりの作品数を仕上げた茨城における活動の重要さが、井関氏の話から伺える。また、佐藤は生前、この水戸芸術館にも何度も足を運んでいたそうだ。メディア芸術の新境地を切り開いた夭折のアーティスト佐藤雅晴の軌跡を、ゆかりの地、茨城でぜひ堪能してほしい。

佐藤雅晴(さとうまさはる)プロフィール
1973年大分県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了後、国立デュッセルドルフ・クンストアカデミーの研究生として渡独。2010年の帰国後に上顎癌を発症し、茨城県取手市を拠点に制作活動をしながら闘病の末、2019年3月に惜しまれつつ他界。ビデオカメラなどで撮影した風景をパソコン上のペンツールによってトレースしてアニメーション化する「ロトスコープ」技法による映像作品が多数。メディア芸術における表現領域を越えて国内外で高い評価を得る。第12回岡本太郎現代芸術賞特別賞、第15回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦(アート部門)受賞。

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では国際広報メディア・観光学院で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、シルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

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