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悲劇の運命を背負った聖カタリナ
若きムリーリョの高い技量が発揮された名画

この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩 Vol.07
三重県立美術館 / バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《アレクサンドリアの聖カタリナ》

名画・名品

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《アレクサンドリアの聖カタリナ》
1645-50年頃 油彩・キャンバス 三重県立美術館蔵
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《アレクサンドリアの聖カタリナ》
1645-50年頃 油彩・キャンバス 三重県立美術館蔵

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この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩

私たちが普段、美術館や博物館に足を運ぶときは、あるテーマの企画展や特別展などを鑑賞しに出かけることが多いのではないだろうか。多くの美術館や博物館では、各館のコンセプトに沿って、絵画や彫刻、版画、工芸など様々な作品を収蔵している。それらの作品の購入や寄贈により、形成されていくコレクションがどのようなものか、あるいはそれらの所蔵作品がどのような変遷を経ているかなども、各美術館や博物館の個性や特徴を知って、より深く鑑賞を楽しむ手掛かりとなるのではないだろうか。
「この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩」では、そんな美術館・博物館の収蔵作品から注目すべき作品を1点ずつご紹介していく。

ムリーリョ(1617-1682年)という画家をご存知であろうか?17世紀のスペインで活躍したセビーリャ派の画家で、聖母マリアを柔らかく愛らしいタッチで描いた『無原罪の御宿り』や、幼子イエスと子羊を描いた『善き牧者としての幼児キリスト』、物乞いの貧しい少年を写実的に描いた『蚤をとる少年』などの代表作があるが、宗教画も風俗画も、登場する人物や動物たちには、等しく慈愛に満ちた温かなまなざしが注がれている。

ムリーリョが活躍した17世紀は、ペストの大流行や飢饉、異端審問により人々が激しい弾圧を受けるなど、混沌とした時世であり、ムリーリョ自身も子供たちを全員、疫病によって失ってしまう。そんな中にあって、ムリーリョが描く作品にはどのような題材であれ、叙情性豊かで、優しく甘美で、豊潤で、観る者の心を癒し、苦しみから解放し、包み込んでしまうような力が感じられる。

プラド美術館、ルーブル美術館、ロンドンナショナルギャラリーなど世界の名だたる美術館が所蔵するムリーリョの名画が、実はここ日本にもある。そのムリーリョの名画、《アレクサンドリアの聖カタリナ》を所蔵するのは、三重県立美術館である。いったいどのような作品なのだろうか?三重県立美術館の学芸員 坂本龍太さんにお話しを伺った。



スペイン・バレンシアとの姉妹都市提携に先立って、迎えた名画
1990年に三重県とスペイン・バレンシア州による姉妹都市提携の締結が進められ、1992年に締結されます。これを契機に三重県立美術館の作品取集方針に「スペイン美術」が加えられました。それに先立って購入されたのが、ムリーリョの《アレクサンドリアの聖カタリナ》です。

ムリーリョの画業の比較的早い時期に描かれた作品です。聖女のポーズと背景の建築表現にややぎこちなさがありますが、衣服のひだの繊細な描写や筆致を残さぬほど丹念に描き込まれた聖女の相貌には若いムリーリョの高い技量が発揮されています。

悲劇に見舞われた聖カタリナが貫いた信仰と強い意志が、
ムリーリョによってドラマチックに描かれた

主題である聖カタリナは、エジプト・アレクサンドリア出身の王女で、キリスト教への篤い信仰心のため、ローマ皇帝によって処刑されました。処刑では車裂きの刑を宣告されましたが、カタリナの祈りにより奇跡的に車輪が破壊されたため、最終的に斬首されたといわれます。作中、下部に描かれた車輪と剣はこのエピソードに由来するモティーフです。

作中、下部に描かれた車輪と剣
作中、下部に描かれた車輪と剣

トリエント公会議以降、聖人の存在に疑いを持ったプロテスタントに対して、カトリック教会は聖人をキリスト教徒の模範として示しました。ローマ皇帝による苛烈な拷問を受けながらもキリスト教への信仰を放棄しなかったカタリナは、まさしく信徒の模範となる存在でした。

跪き、両手を広げ、上空を仰ぎ見る聖カタリナのポーズは少し大げさに感じられるかもしれません。この時代、見る人の感情移入を促す、ドラマティックな表現が好まれました。これは鑑賞者となる信徒の信仰心を高揚させる意図があったためです。

カラヴァッジョら多くの画家が描いた重い主題も、
ムリーリョらしい柔和さで表現

なお、本作では前の世代の画家たちによって描かれた聖人像に見られるような、厳格さや近寄りがたい印象は抑えられています。カタリナは柔和な顔つきをし、その衣装は緩やかなタッチで描かれ、作品全体は優美な印象を湛えています。こうした作風の変化は、厳しい時代を生きる人々が、優しく親しみやすい表現を求めたことによるのでしょう。17世紀半ば、セビーリャは度重なる飢饉や天災、そして疫病に襲われ多くの住民が命を落としました。特に1649年のペストの被害は甚大で、住民の半数が命を失ったと言われます。このような悲劇的な状況下で、ムリーリョの描く優美な聖女像は疲弊したセビーリャ市民の心のよりどころとなったのです。

人類が再び経験している困難な時代に
現在、私たちはコロナ禍という苦しい状況にいます。美術館で《アレクサンドリアの聖カタリナ》をご覧いただいた際には、同じように困難な時代を生きていたセビーリャの人々の心情に思いをはせていただければと思います。

(三重県立美術館 学芸員 坂本龍太)


今回ご紹介の名画、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《アレクサンドリアの聖カタリナ》は、2021年6月5日(土)より開催の「美術にアクセス!―多感覚鑑賞のすすめ」で観ることができます。ぜひこの機会に足を運んでみてはいかがでしょうか?

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
美術にアクセス!―多感覚鑑賞のすすめ
開催美術館:三重県立美術館
開催期間:2021年6月5日(土)〜2021年8月1日(日)
三重県立美術館
三重県立美術館
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
三重県立美術館|Mie Prefectural Art Museum
514-0007 三重県津市大谷町11
開館時間:9:30〜17:00(最終入館時間 16:30)
定休日:月曜日(祝日休日にあたる場合は開館、翌日休館)、年末年始、メンテナンス休館

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