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喜多川歌麿の肉筆画の大作「深川の雪」。
遊女や芸者らの自由でくつろいだ雰囲気と
粋な風情の秘密に迫る。この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩 Vol.02
岡田美術館 / 喜多川歌麿「深川の雪」

名画・名品

喜多川歌麿「深川の雪」(部分)享和2年~文化3年(1802~06)頃 岡田美術館蔵
喜多川歌麿「深川の雪」(部分)享和2年~文化3年(1802~06)頃 岡田美術館蔵

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この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩

私たちが普段、美術館や博物館に足を運ぶときは、あるテーマの企画展や特別展などを鑑賞しに出かけることが多いのではないだろうか。多くの美術館や博物館では、各館のコンセプトに沿って、絵画や彫刻、版画、工芸など様々な作品を収蔵している。それらの作品の購入や寄贈により、形成されていくコレクションがどのようなものか、あるいはそれらの収蔵作品がどのような変遷を経ているかなども、各美術館や博物館の個性や特徴を知って、より深く鑑賞を楽しむ手掛かりとなるのではないだろうか。
「この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩」では、そんな美術館・博物館の収蔵作品から注目すべき作品を1点ずつご紹介していく。

喜多川歌麿「深川の雪」 この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩 Vol.02 / 岡田美術館

まずは、上の作品画像をじっくりと眺めてみて欲しい。画面の上下を覆う淡い水色の雲が、その向こう側に広がる、艶やかな女性たちの物語を幻想的に想像させる。三味線を弾く女性や料理やお酒を運ぶ女性、奥の座敷に向かう巨大なふろしきを背負う女性、火鉢を囲む女性たちに、子供や猫や鳥などの動物まで描き込まれたこの浮世絵は、いったいどんな場面が描かれたものなのだろうか?

作品名にも「雪」とあるが、中庭の松がかぶる雪にも風情が感じられる。女性たちのにぎやかな声や三味線の響きが聞こえてきそうな、くつろいだ、自由な雰囲気のこの作品。画面全体にあふれる魅力の秘密を、岡田美術館の学芸員 稲墻朋子さんに伺った。

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喜多川歌麿(?~1806)といえば、美人画で一世を風靡した浮世絵師。主に版画の分野で大きな足跡をのこしましたが、「深川の雪」は歌麿晩年の肉筆画、つまり筆で描いた一点ものの絵です。

歌麿の「雪月花」三部作と呼ばれる3点の掛軸画の一つで、画面は縦が約2メートル、横が約3.4メートルにも及びます。60年もの間行方が分からなくなっていたものが2012年に奇跡的に発見され、岡田美術館の収蔵となりました。「品川の月」(フリーア美術館蔵)と「吉原の花」(ワズワース・アセーニアム美術館蔵)はアメリカにありますので、三部作の中で「雪」だけは日本にのこってくれたことを心から嬉しく思います。

この絵には、江戸深川の料理茶屋の二階座敷を舞台に、そこで働き遊ぶ女性たちが生き生きと描かれています。当時の深川は吉原を脅かすほどの人気を集めた岡場所(非公認の遊里)で、江戸随一の芸者町として知られていました。粋(いき)な風情を売りにしたため、女性たちはみな渋めの色合いの着物を身に着けています。総勢27名の人物のうち、男の子のほかは実に26名が女性という華やかさ。本来は男性客が描かれるところも、すべて女性に置き換えられています。

画面右上に、大きな緑色の風呂敷包みを背負った仲居の女性が見えますが、これは芸者(または遊女)が客と一夜を共にする際、茶屋まで夜具を運ぶ「通い夜具」という深川独特の風俗を描いたもの。ちなみに、「軽子(かるこ)」と呼ばれた深川の仲居さんたちには美人が多く、男性客から洒落た前掛けを贈られたそうです。

無駄なく計算された画面構成も見どころの一つです。二階座敷の手前と奥を廊下でつなぎ、人物を巧妙に配置することで、自然と視線が誘導されるようになっています。左下の坊やから始まり、中央の芸者、火鉢を囲む女性たち、風呂敷包みを背負う女性、さらに拳(けん)の遊びに興ずる女性たちへと行き着き、また元の所へ。中庭に植えられた松、竹、梅やモッコクなどの樹木も見え、その奥には一階座敷の障子と廊下がのぞくなど、高低や奥行きにも配慮しながら画面を作っているのです。

歌麿は版画の制作に多忙であったためか、肉筆画の作例は少なく、世界に40点ほどしかないといわれています。岡田美術館は3点を収蔵し、そのうち「深川の雪」と「芸妓図」の2点を9月27日まで特別に展示中です。ぜひこの機会に、歌麿肉筆画の名品をお楽しみいただければ幸いです。(岡田美術館学芸員 稲墻朋子)

こちらの作品は、2020年9月27日(日)まで開催予定の、下記展覧会で出展されます。
※開館の状況は、お出かけの際に公式サイトをご確認ください。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
生誕260年記念 北斎の肉筆画― 版画・春画の名作とともに ―
開催美術館:岡田美術館
開催期間:2020年4月5日(日)~2020年9月27日(日)

この作品、「深川の雪」(喜多川歌麿 作)は、神奈川県箱根町小涌谷に2013年に開館した、岡田美術館が収蔵している。岡田美術館は、明治時代に存在した欧米人向けのホテル「開化亭」の跡地に建設された、東洋の美の結晶が一堂に会する美術館である。

大壁画 福井江太郎「風・刻」―天駆ける箱根の守り神―
大壁画 福井江太郎「風・刻」―天駆ける箱根の守り神―

美術館正面では、平成の「風神雷神図」(俵屋宗達の代表作、国宝「風神雷神図屏風」京都・建仁寺蔵を創造的に再現)が、縦12メートル、横30メートルにも及ぶ巨大なスケールで、日本画家 福井江太郎氏によって「風・刻(かぜ・とき)」と名付けられて、来館者を出迎えている。大壁画を鑑賞しながら、足湯を楽しめる、というのも箱根ならではであり、圧巻の壁画とともに岡田美術館の魅力のひとつとなっている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
岡田美術館
〒250-0406 神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1
開館時間 09:00~17:00(最終入館時間 16:30)

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