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インタビュー

銅板を「人の心」としたとき、 “傷をつける”という技法が、自虐と加虐を兼ね備えている。人間は本能的に人を傷つけたいし、傷つく。銅板に「傷み分け」をしてもらいながら、わたしは今生きている。
ー 銅版画家 村上早のいまとこれから

村上早 《息もできない》 銅版 85.0cm×98.0cm 2015年
村上早 《息もできない》 銅版 85.0cm×98.0cm 2015年

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若干26歳にして、作家の個人名を冠した個展が美術館で開催されようとしている。大学院1年生の在学中に、損保ジャパン日本興亜美術館「FACE2015」にて優秀賞を受賞するなどを機に、各方面から注目を浴びているその若手作家とは、群馬県高崎市にアトリエを構えて活動をつづける、銅版画家の村上早(さき)である。

銅版画家 村上早(むらかみさき)制作中の未公開作品(上田市立美術館で開催の「gone girl 村上早展」に出展予定)の試刷りとともに。
銅版画家 村上早(むらかみさき)
制作中の未公開作品(上田市立美術館で開催の「gone girl 村上早展」に出展予定)の試刷りとともに。

2019年1月12日(土)より長野県にある上田市立美術館にて、「gone girl 村上早展」が開催される。1メートル前後を越える大型作品を中心に、銅板に直接傷をつけながら、人物や動物、植物などの作品のモチーフを浮かび上がらせる、村上の独創的な作品世界が展開する。

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「gone girl 村上早展」
開催美術館:上田市立美術館
開催期間:2019年1月12日(土)~2019年3月17日(日)
村上早 《ふうせん2》 銅版 118.0cm×150.0cm 2018年
村上早 《ふうせん2》 銅版 118.0cm×150.0cm 2018年

何を描くことが、自分を自然に出せるのだろうかと考えていたところ、それがちょうど銅版画の技法とうまく重なったのです。

―― 絵を描くことや、銅板に興味を持ったきっかけとは?

小さい頃から絵を描くのが好きだったのですが、本格的にはじめたのは大学に入ってからです。大学入学後、自分が何をしたいか考え続ける中で、作家になろうと、だんだん気持ちが固まっていきました。

武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画専攻というところに入学してから、そこではじめて「銅版画」というものを知りました。最初は、全く版画をやるつもりはなく、油絵専攻に編入しようと思っていました。ところが、版画はなかなか奥が深くて面白く、少しずつ自分のやりたいこと、自分の表現を考えていくうちに、銅版画にたどり着いたような感じですね。

――「自分が何をやりたいか」ということを、銅版画で実現できると考えたのは、どのような理由からでしょうか?

何を描くことが、自分を自然に出せるのだろうかと考えていたところ、それがちょうど銅版画の技法とうまく重なって、どんどん制作を進めるようになりました。

銅版画自体が、銅の金属に傷をつけて、その傷にインクをつめて、プレスする、という技法なのですが、銅板に傷をつけるという行為が、自分自身の制作に合っています。

作品は、「トラウマ」を扱っています。自分自身の記憶や過去の経験から、銅板自体が「人の心」で、その銅板につく傷が「人の心の傷」で、刷るときのインクが「血」で、擦り取る紙は、ガーゼや包帯、という意識を持って制作をします。

「人の心」としている銅板に傷をつけるという技法は、自虐と加虐を兼ね備えていると考えています。それは、人間は本能的に、人を傷つけたいし、傷つきます。銅板で制作を行うことが、それに重なると気づいたときに、銅版画を続けていきたい、と思うようになりました。

群馬県高崎市のアトリエにて。制作中(未公開作品)の銅板(出来上がった作品は上田市立美術館で開催の「gone girl 村上早展」に出展予定)
群馬県高崎市のアトリエにて。制作中(未公開作品)の銅板(出来上がった作品は上田市立美術館で開催の「gone girl 村上早展」に出展予定)
――「本能的に、人を傷つけたい」とは、どのような感覚でしょうか?

人は、誰も傷つけずに生きてはいくことはできません。赤ちゃんのときから、ものをひっかいたり、かじったりということが動物的本能としてあって、それが大人になって、無くなることはないと思っています。

本能的な加虐への欲求を、人にしてしまわず、銅板に向けてできる、ということはわたしには、メリットです。そして人間には、自虐もありますが、小さなことから大きなことまで、それを銅板に請け負ってもらう、銅板に痛み分けをしてもらっている感じで、わたしは今生きています。

それが面白いと思っているし、いまそれでちょうどよく制作ができているならば、いまのところは、銅版画で作品を制作することが自分に合っていると感じています。

銅板に痛み分けをしてもらっている、村上自身の「痛み」について ―――

わたしの人生で一番大きかった心の傷としては、一番やっかいなものとして、病気のことがありました。4歳になりたての頃に、生死を分ける手術を経験していて、病気自体は現在は完治しているのですが、そのときの経験が元で、大学に入るまで、ずっと精神的に不安定でした。それが、絵を描くきっかけ、絵を描かざるを得ない、絵を描かせてくれる原動力になっています。

恥ずかしいのですが、4歳の手術の経験から、ずっと”夜恐怖症“みたいになっていて、知らない土地で夜を過ごせず、修学旅行に行くことすらできませんでした。パニックを起こしてしまうなど、とてもやっかいで、大人になったら治ると信じて生きてきたのですが、治りませんでした。

小さい時からの悩みであり、一生付き合っていかなければいけないことかと思い、深く悩み続けていたのですが、それをどうにかしたい、それを絵で表現したいと考えていたときに、銅版画に出会ったのです。

そして、作家として活動しはじめてから、そういったトラウマが克服されていきました。作品制作をはじめてから、展示のために外国に行く機会もあり、見知らぬ街に泊まり、夜を過ごさなければなりませんでしたが、その際、長いこと悩まされてきた、“夜恐怖症”が治りはじめていたことは、自分自身で感動を覚えるできごとでした。

自分の中にあった、恐怖、痛み、トラウマといったものを作品に表現していくことで、“循環”するようになり、それが、自分の中でもいい方向に向かっています。

村上早《めぐらす》銅版 120.0cm×150.0cm 2015年
村上早《めぐらす》銅版 120.0cm×150.0cm 2015年

最初から完成図のイメージはなく、銅板に向かいながら、生まれていく作品世界

―― 村上さんの描かれているモチーフやイメージはどういうところからきているのでしょうか?

もともと自分の経験や小さい時の記憶などからモチーフを引っ張り出していることが多いのですが、基本的にマイナスなイメージの部分からモチーフを取っているというか、あまりポジティブで明るい部分からではなく、本でも映画でも、ちょっと悲劇的なものが頭にひっかかり、モチーフを拝借しています。

ただ、悲観的なものを描きたいわけではないですし、絵が悲劇的になるのを避けたいので、そこに自分の物語性をもって、自分で構成しています。

具体的なモチーフのイメージとしては、父が獣医師で、実家が動物病院であることも関係があると思うんですけど、犬などの動物とか、植物のモチーフが多いです。

ほかには、映画に登場した果物であったり、犬の散歩をしているときにみた、つぶれた芋虫とか、犬がうんちしているところとか、そういったものを頭の中にためておいたり、メモをとったりしながら、版と向きあったときに、頭の中から取り出して、そこに載せていくような感じで絵をつくります。

―― 本や映画や好きな作家など影響を受けているものはありますか?

父親がすごく映画好きで、小さいときは毎日毎晩、大人向けの内容も気にせず一緒に観ていました。洋画も邦画もアニメも観ます。

昔観た映画の記憶が残っていたり、本の一部分の文章だけ覚えていて、そこからモチーフを拾い上げることが多いです。本でも映画でも、悲劇的なものからモチーフを拝借して、断片的にワンシーンとして切り取り、それらを脳内でごちゃまぜにしています。

下絵は描かずに、銅板にじかに描いていくのですが、そられの脳内にあるモチーフを画面にぽんとおいていくイメージで、それが構図になっていきます。

最初から完成図があるわけではなく、銅板に向かいながら、生まれていく世界です。

影響を受けた画家では、キキ・スミス、ドナルド・バチェラー、依田洋一朗などです。ドナルド・バチェラーは、「子供の絵」のように描いています。わたしも「子どもの絵」を目指しているのですが、ドナルド・バチェラーは、まるで子供が描く絵のようにうまく描いています。

村上早《だびにふす》 銅版 118.0cm×160.0cm 2015年
村上早《だびにふす》 銅版 118.0cm×160.0cm 2015年

子どもの絵はすごいかっこいい、子どもの絵を目指している

―― 子どもの絵を目指すというのはどのようなことなのでしょうか?

子どもの絵はすごいかっこいい。それは、大人になるとどうしても理性が働いて、どう頑張ってもかけない。でもそれを目指そうとしています。「ここをこうしたほうがいいかも」などの思惑を全部取り払いたいのですが、なかなかできません。

だから、子どもの絵を描きたい。子どもの頃に描いていた絵を描きたいです。残酷なこともどうとも思わずにやる感覚が好きです。あの感覚がすごいなと思って、せめて絵の中でやろう、無感情でひどいこともひどくないことも。

わたしの作品の人物に顔がないのは、喜怒哀楽を消そうと思って描いていません。そのあたりは感情がなくて、可哀想なこともできる、そういう感覚の絵を目指しています。子どものあの感覚が、もう一度欲しいと思います。

―― ご実家が動物病院とのことでしたが、村上さんにとって、どのようなご両親でいらっしゃいますか?

私は、父と性格が似ていて、ちょっと根暗で友達が少なくて、親子だなって自分で感じます(笑)。母は、その真逆ですごく明るくて、友達はすごく多いし、常に動いていないと落ち着かない、常に忙しい人です。

両親ともに、本当に応援してもらってきたし、自分でも驚くほどに支えてきてもらっていて、子どもだとしてもこんなに、支えてもらえるものなのか、と思ってきました。小さいころから迷惑をかけていたのですが、ここまでしてもらってきて、感謝しかないです。

村上早《かくす》 銅版 118.0cm×150.0cm 2016年
村上早《かくす》 銅版 118.0cm×150.0cm 2016年

美術館での初個展「gone girl 村上早展」が、上田市立美術館で開催。
助走をつけて走り出そうとしている若い作家のエネルギー感のある展覧会に。

上田市立美術館での個展に対する意気込みは?――

美術館での個展は初めてです。いまは本当にただただ、余裕がなく、自分の今を一生懸命出す以外に何もありません。がむしゃらな感じで、今できるものを精一杯出すことしかできないです。

上田市立美術館で開催予定の「gone girl 村上早展」担当の学芸員 中村美子氏のコメント

村上さんとの出会いは、2015年≪息もできない≫という村上さんの作品が、当館開催の版画の全国公募展「山本鼎版画大賞展」で「大賞」を受賞したことがきっかけです。

その時から、いずれ作品がまとまった段階で展覧会ができたらと、数年先を見据えて村上さんに作品制作を進めてもらってきました。

今回の展覧会は、大作が40点くらい、小品が100点ほどを予定していますが、今制作中の作品も含め、ぎりぎりまで制作し、展示したいという村上さんの希望に合わせて展示準備を進めています。

村上さんはアーティストとしてまだ世に出たばかりです。

本当にまだまだこれから飛躍が期待できる彼女の、助走をつけて走り出そうとしているエネルギー溢れる今、展覧会を一緒にできることは、ありがたいことだと思っています。

そういった意味で、今回の展覧会では、「THE 村上早」、というよりも、その「途中感」をお見せできたら良いかなと思っています。

制作を始めてからこれまでを含む“いまの村上早”、が見られる大規模な展覧会は、全国でも初めての開催となります。

アーティストトークや関連イベントなども予定しています。

是非、実物の村上作品に会いにお運びいただけたらと思います。

―― 村上さんの今後の展望や夢についてお聞かせいただけますか?

今は、銅版画に固執して銅版画ばかりやっているのですが、今後はもっと平面とか立体とか、他の表現方法もやっていけたら、と考えています。また、海外の公募展などにも出してみたいし、留学もしてみたい、と考えています。

ただ、自分の中で、目標を持った状態でいかないと意味がないので、もう少し自分で、しっかりと目標を持つ、あるいは、いまのやりかたに行き詰ったときに、新しいものを探すために、ということでも、海外に出られたら、という目標があります。

海外に行って、いろいろな影響を受けて作風が変わっていったとしても、自分の芯みたいなものは、必ず描けたら、と願っています。

村上早《カフカ 銅版 100.0cm×135.0cm 2014年
村上早《カフカ 銅版 100.0cm×135.0cm 2014年

「美大に入って、生き辛さがなくなった。
学校生活に悩んでいたら、みんな美大に行けばいいのに、と思う。」

インタビューは、2018年12月10日、高崎にあるアトリエにて行った。村上早の等身大の声による、村上のいまとこれからをお届けした。インタビューでの受け答えから、さまざまなものを丁寧に柔らかい心で見つめる芸術家らしい細やかな視点が感じられて、それらが村上の作品にあらわれていく種になるのだと思うと、これからもどんな作品が生まれてくるのか、非常に楽しみである。

村上は、自らのことを「根暗」と表現していたが、今の村上には、そんな印象は感じられず、のびやかな瑞々しい感性に満ちている。

大学に入ってからは、小学校や中学校でうまくいかなかった、とかクラスになじめなかった、という子が大半であったという。自身も、高校から美術コースに入り、周りがみんな美術をやっている子ばかりになってから、居心地が良くなり、急に生き辛さがなくなったという。
「学校生活がうまくいっていない子は、みんな美大にいけば良いのに。」
そんな言葉を村上はつぶやく。

自由に自分を表現できる環境は、どれほどの解放感、どれほど自分らしい日々の実感であったであろうか。ある特定の所属場所でのふるまいが、その人を示す全てではなく、そこだけが居場所であるわけもなく、世界は広いものである。

村上は、作品を観た人にどう受け取ってもらえるかということが楽しみであるという。 「両極端な受け取り方をされることが多く、暖かくて落ち着く絵といってくださる方と、観ると心が痛いと言ってくださる方と両方いて、自分が作品から人に何かを伝えたいというよりも、逆にそういった声を聞くのが好きなんです。」

ぜひ、心を開放して、自由な気持ちで、村上早の作品に出会っていただけたらと願う。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「gone girl 村上早展」
開催美術館:上田市立美術館
開催期間:2019年1月12日(土)~2019年3月17日(日)

◆村上早(むらかみさき)
銅版画家。1992年群馬県生まれ。2010年武蔵野美術大学入学後から銅版画を始め、大学院在学中の2015年に「FACE 2015 損保ジャパン日本興亜美術賞」優秀賞、「第6回山本鼎版画大賞展」大賞、「トーキョーワンダーウォール賞」などの連続受賞を機に注目を集める。心の傷を銅版画特有の工程に重ねて紡ぎだす作品は、国内外に多くのファンを持つ。

インタビュー・文 小林春日


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