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消失か・復活か【鼈甲べっこう】美術のパンドラな未来

鼈甲となんちゃって鼈甲(水牛)の簪(かんざし)

今回は美術展ではなく、日本の装飾工芸のひとつ、【鼈甲べっこう】の深すぎる世界と危機をレポートです。

タイマイという海亀の甲羅から創る【鼈甲】は、近年ワシントン保護条約の対象となり、捕獲禁止で稀少性がいや増す工芸美術。

日本への技術の伝来は飛鳥・奈良時代の7世紀頃で、その歴史は驚異の1000年突破です。正倉院宝物にも多用されていて、現代でも簪とか眼鏡フレームで使われています。

この鼈甲美術が今、衰退を通り越してひっそり存続ピンチなのです。


贋物・・・どれだろう?

鼈甲美術へのきっかけはフリマサイトで入手した簪(かんざし)と櫛のセット品。

個人売買なので予想はしていましたが梱包が悲惨で、衝撃や擦れで端っこが割れていたり、細かな瑕があちこちに。。。

アンティーク取り扱いではあるあるな嫌な予感的中でした。

骨董愛好者として使う気まんまんでしたが、取り扱いが分からない➡都内亀戸にある老舗鼈甲屋さんに相談と鑑定、修理を依頼。

ここで初めて【鼈甲べっこう】の高度な職人技術と、贋作も多彩(?)で高度過ぎなこと、そして黄昏な業界事情を知ることになります。

◆鑑定◆

①水牛 ②樹脂+水牛 ③鼈甲 ④鼈甲+螺鈿漆

材質がまさかの4種類!?に分かれていたのがまず驚きでした。特に①②③は見た目がものすごく似ていたので余計に。

結論を言うと素人に判断はまず難しく、鼈甲職人さんでも現物を見てブラックライト当ててみないと判断できないケースが多いのだとか。

鼈甲とは亀の甲羅をうすーくうすーく(ミリ単位!!)ペラッペラの薄さに切って、熱でプレスして貼り合わせて作ったものです。

バウムクーヘンのように甲羅の層を何層にも重ねて磨いて、厚みのある鼈甲板を削り加工し、簪や櫛、装飾品が完成します。

真贋を見分けるポイントは大きく言うと『層』・『質感』・『紫外線』。※拡大鏡、ブラックライトがあると便利。

其の一・ 層=拡大して見ると、鼈甲板を貼り合わせた層が見えます。また、鼈甲特有の模様に層毎にズレがあります。

其の二・質感=甲羅特有の材質で、プツプツした気泡があります。水牛は角なので、繊維というか爪の伸びる筋のような斜線が見えます。樹脂は何もなし。

其の三・ 紫外線=ブラックライトを鼈甲に当てると、青白色蛍光反応があります。マーブル模様のように青白く光ります。

①水牛の簪は樹に留まる小鳥と菊花の繊細な立体彫刻と棒状の2種がありました。薄い半透明な山吹色で見た目は全く鼈甲との区別つきませんが、脱色した牛のツノだそうです。

水牛のなんちゃって鼈甲は江戸8代将軍吉宗公の頃に開発されたらしいので、300年くらいの歴史があることになります。

その完成度の高さを見ていると、なんかもう贋物じゃなくて別ジャンル美術で確立すべきじゃないかと思います。


②樹脂+鼈甲の棒簪。これまた見た目は100%鼈甲なんですけど、内実が面白くて、天井と底だけ鼈甲。

どういうことかというと、本来の鼈甲は何層ものバームクーヘン状態ですが、その特性を活かして表面と裏面の1枚層だけを鼈甲にして、他の大半を占める真ん中部分は樹脂。

例えるなら最中の皮が鼈甲、中身の餡が樹脂。これまた贋物と言ってよいのか、、、逆にアイデア賞というか、エコというか。この技術の確立のほうがなんだか凄いと思います。

どこで見分けられたのかとの疑問しかありませんが・・・

鼈甲屋さん「模様が単調でしょ?」

私「え・・・そう・・・かも・・・ですね?」←疑問形。わかりませんでした(-_-;)

③鼈甲。正真正銘のタイマイのみ。手触りも変わらないというか①より色が濃い・・・くらいしか違いが無いです。

④鼈甲+螺鈿漆のミックス。なんとせっかくの鼈甲の上に漆を塗って隠した状態。初見では鼈甲屋さんも気付かなくて驚いてました。

しかも漆に金箔や螺鈿で花や蝶が描いてあって、いや凄く綺麗ですけど!漆塗っちゃうならなんで鼈甲を素材にしちゃったんだ!?とツッコみたくなります。

でもこれはなんとなく理由が予想がつきますね。江戸以来、奢侈を厭う風潮が武家で浸透していたので、あえて贅沢な素材を使用した上で、それを隠すのが【粋】なのではないかと思います。

東博にも似たような、というかもっと豪華な鼈甲に螺鈿を散りばめた櫛の展示があるので。しかし見えない箇所も手を抜くどころか粋を極めるとは贅沢の極致。

工芸美術の真骨頂を見る思いです。


以上の4種の【鼈甲】の種類を見ても、真贋を問うのがちょっと違うのではないかと疑問に思える程材質独自の美しさが光ります。

真贋の線引きでは括れない工芸美術ならではの面白さですね。色々探求したくなってきます、恐るべし鼈甲世界。



消えそうな鼈甲素材。でも希望もあります。

江戸時代、水牛や樹脂の鼈甲もどきが作られ始めたのは、それだけ需要があったから。

骨董品からも分かるように、鼈甲は櫛や簪の需要がもの凄く高く、技術もどんどん進化しました。

軽いので頭に挿しても重くない(だから花魁もあんなにザクザク髪に挿してたのでしょう。金属だと重い)し黒髪に映えるし、重宝されました。

 しかし明治維新以降、女性が着物から離れる⇛髪を結わない⇛櫛を使う髪結いの仕事がなくなる⇛鼈甲製の櫛を作れる職人もいなくなる。

今わずかしか残っていない鼈甲屋さんでも、櫛の修理は難しいそうです。需要が無ければまた技術も継承されません。

現代の鼈甲屋さんは眼鏡の補修がメイン。今使われてる鼈甲の装飾といえば眼鏡ですから当然の帰結なのでしょう。

かつてネックレスで需要のあった鼈甲を球形に加工する技術も、人間国宝並みな繊細な鼈甲彫刻をする職人さんも後継はいらっしゃいません。

肝心な原材料のタイマイ亀(甲羅)もワシントン条約関係で輸出入できない為、条約前に貯めておいた在庫が終了してしまうと入手は難しくなります。

鼈甲の工芸技術、鼈甲にまつわる現状はどんどん厳しさを増しているのです。。。


そんな八方ふさがりな状況ですが、技術継承と存続のために、国家主導で新たな対策が始まっています。

まずは資材確保の為、鼈甲原材料であるタイマイ亀の保護と養殖を始めたそうです。

そして技術の保存については、正倉院宝物の保存活動のように映像、書類含めた資料をきちんと記録保存していき、職人育成も並行するとの事。

ただ、鼈甲素材の原料になるには、亀の甲羅にある程度の強度が必要で、その強度は成長年月に比例します。

という事は、亀がスクスク大きく成長するまで、気長に待たねばならないんですね。。。おそらく在庫供給に空白期間が出るのは避けられないようです。

それでも『鶴は千年・亀は万年』という言葉の通り、鼈甲美術も気長にコツコツ成長してくれますように願ってやみません。

無くすには惜し過ぎる工芸美なのですから。


東京国立博物館内・常設展の鼈甲簪かんざし

1000年以上の時をかけて磨きこまれ、大輪に花開いた鼈甲技術。淘汰で見る影もなくなりましたが、それでも技術も美術も細く長く息づいています。

博物館収蔵レベルの物が、そうと気付かないままどこかの箪笥に眠っている昨今。

幸運にも手にできたなら日本の宝を大切に扱い、ぜひ保存だけでなくお披露目して喧伝しましょう。


追記:鼈甲基本のお手入れ

眼鏡クリーナー等、乾いた布巾で汚れを拭います。昔からの日本の整髪料、椿オイルは少ない分にはOKとの事。

①お湯0r水拭きNG。甲羅に水分は大敵。透明な色がくすんできます。

②ヘアワックスやヘアスプレーNG。化学成分も大敵です。

保存:虫除けの防虫剤と一緒に保管すること。鼈甲のヒビや欠けの主原因は経年劣化と虫食いだそうです。有機物なので。繊細です。


プロフィール

uchiko
美術と骨董、宇宙と化石を愛でるアートウォッチャー。
カロリー消費に美術館、仏閣、史跡散策をして、終わればまったり食べて補給。
2022年よりインスタグラムとこちらのサイトでアートウォッチの記録始めています。
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