立てば芍薬座れば牡丹歩く姿…は疲れそう【源氏物語 よみがえった女房装束の美】at丸紅ギャラリー

12月初旬、皇居周辺は四季の歩みが遅いのか、発色の美しい銀杏が並ぶ皇居周辺の丸紅ギャラリーを訪問しました。
青空と黄色の葉っぱが美しいコントラストを描くなか、皇居お堀沿いは相変わらずランナーが健康増進に邁進しています。
丸紅ギャラリーは前回訪問が1月のボッティチェリ展シモネッタなので、ほぼ1年ぶり。
12月28日までの約1ヵ月間【源氏物語 よみがえった女房装束の美】展が開催中です。
後ろ姿の十二単女性が座る・・・というより転んだみたいにうつ伏せの姿勢です。
なぜにうつ伏せ姿勢…ちょっと謎です。でもこの後ろ姿、どっかで見たような…既視感に首を捻りつつ会場に入ります。
本展覧会は私大の研究ブランディング事業「源氏物語研究の学際的・国際的研究拠点の形成」の一環。
【源氏物語】の明石の君(主人公光源氏の恋人兼奥さん其之⑦…くらいの順だったような?)の装束を5年の歳月をかけて再現したそうです。
実際の染色と仕立てを実践したのは京都の染め物屋『井筒』さんと、天然の植物から抽出した染料で手染めする老舗「染司よしおか」6代目吉岡更紗氏。
天然の植物由来でのグラデーションの染色は、気候条件やら染料配分やら、聞きかじりでも相当に大変だったようです。
会場中央に再現展示された十二単の衣装が目を引きます。
ちょうど人が座ったまま、そっくり中身だけ抜け出したような形。ポスターのうつ伏せ状態から身体を起こして座ったように衣装を固定しています。
衣は表面が透けるような白、その下を萌黄(黄緑)色の衣が4枚くらいのグラデーションで重なります。
さらに内側に薄紫色の紋様が織り込まれた打衣で、白、萌黄、薄紫は初夏の藤花のイメージが浮かびます。袴の赤色もアクセントで美しい。。。
色の衣を重ね着して季節と個性を表現する平安の都人の色彩センスは凄いなとしみじみ実感します。
そして後ろ半分のスカートのような『裳も』がより華やかな印象に。
半分しかないギャザーのロングスカートのような裳に施された刺繍をぼんやり見て、入口での既視感が分かりました。
百人一首かるたに描かれている女房の後ろ姿!!
だからこの実写版衣装と佇まいが妙に懐かしいのだなと納得でした。
注目点はパネル展示された平安時代の衣装の特徴「柔装束なえしょうぞく」と「強装束こわしょうぞく」。
『柔』を「なえ」と読むのも新知識ですが、この2つの装束は現代にも続く宮廷装束の歴史で重大な転換点だったようです。
奈良時代に中国から輸入された宮廷装束は、寒暖の激しい京都の風土に合わせて柔らかい衣を重ね着して体温調節するスタイルが「柔装束」として生まれました。
源氏物語とか蜻蛉日記とか、宮廷文学が花開いた頃はこの柔装束。
特徴は①自分で着れる ②美の基準は座りスタイル
①は当たり前にも思えますが、自分で着替えられる、働く女性の普段着感覚。
TPOに合わせて豪華な上着の『唐衣からぎぬ』や『裳も』を付け足します。
例を挙げると【紫式部日記】に描かれている式部が仕える彰子の母、倫子が娘に会う対面の場面。
母の倫子は唐衣と裳を着ていて、娘の彰子は装備無しの『袿うちぎ』。これは身分が娘の方が上だからです。
②の美の基準というのは、どの姿勢での衣服を仕立て基準とするかです。
柔装束の姿勢は基本的に座った状態。座った時点で美しく見える事を考えているそうです。
言われてみれば、源氏物語絵巻も、紫式部日記も登場人物の女性、みんな座ってます。。。立ってない!?
ポスターで見た姿も座り姿勢というか、下手すりゃうつ伏せなのも、その姿勢の方が美しいからなんですね!
なんだかものすごく目から鱗というか、新発見でした。
でも座り姿勢が基本となると‥‥板床に座布団無しで座りっぱなしってけっこう辛そうだなと余計な心配をしてしまいました。
ちなみに平家が台頭する平安末期になると、地の厚い絹織物の「強装束こわしょうぞく」へと変化していきます。
特徴は①お気軽自分着替えが難しい②美の基準は立ちスタイル
①は、強装束が厚めの布地や糊を張ってこわばった生地を使って仕立てたものという点。これにより服は直線的でかっちりとした姿となりました。
胡桃油に蝋を塗って、糊を刷いて絹・綾をピンと張り、乾燥して剥がすと光沢のある固地となります。
現代での服であるあるなシワが出来にくいし、小柄な日本人が大きく見える(たぶん)メリットもあったようです。
が、儀礼偏重したせいか生地が重く硬すぎて正直一人で着替えるのが困難になり、補助要員が必要だったりしました。
そのため着付け手順や装束についてを様式化、体系化した「衣紋道」もできました。
ちなみに現在の、令和天皇の婚儀や即位式で着ていたのも強装束です。
言われてみれば、映像で見る両陛下の正装の束帯と十二単、テカっていたし袖に折れ線やシワも無かった。
そして後ろに布を持ち上げる補助要員もいらっしゃったし、ちょっと動き難そうだった。。。。
②は『柔装束』の逆で、『強装束』美の基準は立ち姿との事。
立った状態が最も美しいように仕立てています。硬い生地でシワもヨレも元から無く、直立不動が多分一番美しい完成形なのでしょう。
即位の礼での両陛下も最初のお披露目では立ち姿でした。こちらの描写については、後述の三ノ丸尚蔵館レポに記載させて頂きます。
視線を会場に戻すと十二単装束の他、同じく再現された正装時の紫色の唐衣と白の裳が飾られ、衣装に仕立てる前の萌黄色、白の布、染色前の生糸ががあり平安からの丁寧な手仕事を実感します。
そんなこんなの展示を見ていて、座り姿と立ち姿、どちらの美も追及する装束の歴史に【立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花】という諺が浮かびました。
展示の装束に正にぴったりの表現。しかしどちらの装束も、重いのと硬いので、間違いなく歩きにくそうだし疲れそうです。
ウエスト細く見せる為のコルセットとか、姿勢良くスラリとみえる10cmハイヒールとか、古今東西女性の【美】の追求には努力と体力が求められているのだなと実感する展覧会でした。
今後1月下旬から丸紅コレクションが所蔵する希少な桃山時代の小袖裂と、それを復元した小袖を展示する【ふしみ殿御あつらへ】展が控えており、日本服飾史が気になる方、要チェックです。
会場…丸紅ギャラリー:::東京都千代田区大手町一丁目4番2号 丸紅ビル3階
会期…2023年12月1日~12月28日
開館時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
※予約してのご入館は受け付けておりませんのでご了承ください。
休館日…日曜日、祝日
入館 …一般:500円
※現金利用不可。交通系IC、クレジットカード、QRコード決済。
※高校生以下、障がい者とその介助者1名は無料
※着物・浴衣など、和装でのご来館の方は無料