FEATURE

1300年前の国宝級壁画を最先端技術で未来へつなぐ

〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉
東京国立博物館 法隆寺宝物館中2階 「デジタル法隆寺宝物館」にて、2024年1月28日(日)まで公開中

展覧会レポート

第六号壁 阿弥陀浄土図/《法隆寺金堂壁画》(部分) 画像提供/文化財活用センター
第六号壁 阿弥陀浄土図/《法隆寺金堂壁画》(部分) 画像提供/文化財活用センター

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構成・文・写真:森聖加

7世紀初めに聖徳太子によって創建された奈良、法隆寺。同寺に伝来する宝物のなかでも極めつけの優品が7世紀後半から8世紀にかけての制作とされる《法隆寺金堂壁画》だ。堂内外陣(内壁)を釈迦如来や阿弥陀如来など仏の世界で荘厳した大小12面の原壁画は、しかし、1949(昭和24)年火災により焼損する。

1300年もの時を超えて伝わる壁画を、現在、私たちがそのままに見ることはかなわない。ただ辛うじて、《法隆寺金堂壁画》は1935(昭和10)年に撮影が行われており、焼損前の貴重な記録が残されていた。この写真ガラス原板を高精細デジタル化し、これまでにない形での鑑賞を可能にしたのが、東京国立博物館 法隆寺宝物館「デジタル法隆寺宝物館」で2024年1月28日(日)まで公開中の〈「法隆寺金堂壁画」 写真ガラス原板デジタルビューア〉だ。テクノロジー活用で広がる文化財鑑賞のいまを紹介する。

長い時間を掛けて計画がすすめられた〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉は2020年に完成(デジタルコンテンツ制作 : 法隆寺、奈良国立博物館、国立情報学研究所高野研究室、制作協力 : 文化財活用センター、便利堂) 画像提供/文化財活用センター
長い時間を掛けて計画がすすめられた〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉は2020年に完成(デジタルコンテンツ制作 : 法隆寺、奈良国立博物館、国立情報学研究所高野研究室、制作協力 : 文化財活用センター、便利堂) 画像提供/文化財活用センター

世界に類例のない、巨大壁画《法隆寺金堂壁画》

第六号壁 阿弥陀浄土図/《法隆寺金堂壁画》(部分) 画像提供/文化財活用センター
第六号壁 阿弥陀浄土図/《法隆寺金堂壁画》(部分) 画像提供/文化財活用センター

奈良県斑鳩(いかるが)町の法隆寺の中心をなす西院伽藍は、現存する世界最古の木造建築群として知られる。金堂は、そのメインホールだ。《法隆寺金堂壁画》は、焼損以前より「東洋の至宝」として研究者に高く評価され、焼損してなお、国の重要文化財指定を受ける。名画として破格の評価を受ける理由は大きく3つあり、「大きく、美しく、他に類例がない」こと。

第一の理由である大きさは、金堂外陣の全12面のうち釈迦、阿弥陀、弥勒、薬師の四方四仏の浄土を描く4面の大壁(たいへき)が幅約2.6m、高さは約3.1m。小壁8面は幅約1.5m、高さは大壁と同じで、日本の絵画のなかでも最大級の巨大壁画のひとつに数えられる。また、仏の姿も等身大で描かれて希少性が高い。

第二の美しさの特徴には、鉄線描(てっせんびょう)と呼ばれる、一定の太さで針金を曲げたように弾力のある線が挙がる。日本画には肥痩線(ひそうせん)といって、線を細くしたり、太くしたりと変化を付けて豊かな表情を出す線描技法があるが、仏画で用いられる鉄線描では描き手の思いは込めない。鋭い線が壁画をいっそう気高いものにしている。

第三の理由は、《法隆寺金堂壁画》は7~8世紀の中国(唐)の都、長安にあった最高の仏画の写しと考えられていること。中国大陸には同様の作品は残っておらず、しかも壁画の源流とされるインドのアジャンターや敦煌の壁画とは異なり、土に埋まったり、忘れさられたりせずに、地上の空間にあり続けながら伝えられてきた。ゆえに、世界に類例のない傑作とされるのだ。

写真ガラス原板デジタルビューアで、肉眼では見えない細部に肉薄

〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉操作画面。大型モニターに映し出された高精細画像をタブレットで操作し、見たい壁画をクリックして呼び出す。画像提供/文化財活用センター
〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉操作画面。大型モニターに映し出された高精細画像をタブレットで操作し、見たい壁画をクリックして呼び出す。画像提供/文化財活用センター

《法隆寺金堂壁画》の写真ガラス原板撮影は、1934(昭和9)年、文部省(当時)に法隆寺国宝保存事業部が設置されたことを発端に、国の事業として「法隆寺昭和の大修理」がはじまり、金堂壁画の正確な現状記録を目的に企画された。撮影は京都の美術印刷会社、便利堂が担い、翌1935年に実施。焼損前の姿をのこした写真ガラス原板自体も歴史的資料性と学術的価値から、2015年、重要文化財に指定された。

撮影に使われたガラス乾板(かんぱん)は写真フィルムが登場する以前に使われていた記録メディアで、光を反射するあらゆるもの、人間の目では感知できない細部もくっきりと写し取る。しかも、《法隆寺金堂壁画》は原寸大での分割撮影が行われているため、色彩以外の当時の情報がほぼそのまま刻まれているといっていい。

第一号壁 釈迦浄土図。遠くからでは鑑賞が難しい釈迦三尊を囲む仏弟子もデジタルビューアではっきり見える。
第一号壁 釈迦浄土図。遠くからでは鑑賞が難しい釈迦三尊を囲む仏弟子もデジタルビューアではっきり見える。

デジタルコンテンツ〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉は、363枚の写真ガラス原板を専用の高精細スキャナー(1500dpi)で取り込み、デジタルデータ化した高精細画像を会場では8Kモニターに映して鑑賞できるシステムだ。写真ガラス原板1枚は5分割して読み込まれ、撮影時のレンズの歪みや現像時に生じた濃淡の差なども補正し、複数の画像データをつなぎ合わせた。よって壁画1枚あたりの画像は、大壁で300億画素超、小壁で170億画超という驚異的な情報量を誇り、従来とは次元の異なる鑑賞体験を提供している。また、同コンテンツはオンラインでも公開されており、PCやスマートフォンでも閲覧可能である。

例えば、デジタルビューアで第六号壁をクローズアップしてみると、阿弥陀如来の渦巻き状の螺髪(らほつ)や手のひらに描かれた車輪のような模様(千輻輪相/せんぷくいんそう)、観音・勢至両菩薩の頭頂の化仏、装身具までもが手に取るように見ることができる。揺るぎなく、張りのある鉄線描の拡大・縮小も自在だ。

第六号壁の観音菩薩を拡大。頭頂の化仏もこの大きさに。
第六号壁の観音菩薩を拡大。頭頂の化仏もこの大きさに。

デジタル複製の積極活用が叶える、日本美術の新しい親しみ方

会場ではグラフィックパネル(複製)を用いて、金堂外陣を再現
会場ではグラフィックパネル(複製)を用いて、金堂外陣を再現

文化財活用センター、通称〈ぶんかつ〉は、日本の文化財の活用を推進する目的で2018年に設立され、今年5周年を迎えた。多くの人が文化財に親しみ、その魅力を未来へとつなげるため、日本の先進技術を活用した多彩なデジタルコンテンツや複製を作成し、普及を行っている。「デジタル法隆寺宝物館」では、2023年前半に〈8Kで文化財 「国宝聖徳太子絵伝」〉の展示も行った。そもそも紙や絹、木、墨など自然の素材を材料とする日本の美術作品は保存の観点から常時展示がかなわないが、デジタル化によりそうした制約が克服されつつある。従来の美術鑑賞の枠にはまらない視点と体験の提供が、美術にふれる新しい可能性も広げている。

〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉のオンライン上で公開中のアドレスは次のとおり。PCやスマートフォンを使って、ぜひ、手元でも試してみて欲しい。
https://horyuji-kondohekiga.jp/index.html

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「デジタル法隆寺宝物館」
東京国立博物館 法隆寺宝物館 中2階
110-8712 東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30~17:00(最終入館は16:30)、
〈「法隆寺金堂壁画」写真ガラス原板デジタルビューア〉は16:45に終了
休館日:月曜日(ただし、月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)

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