FEATURE

シュルレアリストの天才・ダリの華麗なる栄華と苦悩を描く
映画「ウェルカム トゥ ダリ」

映画レポート・映画評

サルバドール・ダリ役を演じたのは、ベン・キングズレー(中央)。ガラ役を演じたのは、バルバラ・スコヴァ(右)、左は、アマンダ・リア役のアンドレア・ペジック 映画『ウェルカム トゥ ダリ』より
サルバドール・ダリ役を演じたのは、ベン・キングズレー(中央)。ガラ役を演じたのは、バルバラ・スコヴァ(右)、左は、アマンダ・リア役のアンドレア・ペジック 映画『ウェルカム トゥ ダリ』より

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“ひとりの人間が授かることができる最大の幸福は、ひとつは、スペイン人であること、もう一つは、サルバドール・ダリと名付けられることだ。私はこのふたつの幸福を授かった。”

世界中のすべての人間を敵にしかねないこのような言葉も、スペインが生んだシュルレアリストを代表する偉大な芸術家サルバドール・ダリが言うのならば認めざるを得ないだろう。多くの人が「溶けた時計」、すなわち代表作である《記憶の固執》を思い起こすことができるのではないだろうか。もしくは細くクルリと上にカールする口髭をたくわえた画家本人の姿を思い出す人もいるかもしれない。

自らを天才と称し、作品も本人のキャラクターも一度見たら決して忘れることのできない強烈なインパクトを持つダリを題材にした映画『ウェルカム トゥ ダリ』が公開となる。

映画『ウェルカム トゥ ダリ』予告篇(ロングver.)
ストーリー
1974年、ニューヨーク。デュフレーヌ画廊で働くジェームスは、セント・レジス・ホテルに滞在するダリ夫妻に金を届けるよう命じられる。ダリ夫妻御用達の1610号室のスイートルームでは、ミュージシャンやドラァグクィーンらが酒を片手にパーティー三昧。この〈ダリ・ランド〉と呼ばれるパーティーの主人であるシュルレアリストの画家ダリと妻ガラは、特別な存在感を放ち、客たちを迎え入れている。2人の目に留まったジェームスは、開幕が迫る画廊の個展の絵を未だ1枚も描いていないダリの“目付け役“として、奇才・ダリのもとで働くこととなる。そこで彼が目にしたダリ、そしてガラの姿とは…目もくらむ狂騒の中で“神”のごとく鎮座する天才・ダリに出会う物語が始まる。
サルバドール・ダリとは
スペイン・フィゲラスに生まれたサルバドール・ダリ(1904-1989)は、マドリードのサン・フェルナンド王立美術学校に入学するも自身の方が教師陣よりもラファエロを理解していると侮辱し、放校処分を受ける。1920年代半ば以降にパリでピカソやミロらとの出会い、やがてシュルレアリスム(超現実主義)運動に参加した。当初は詩人アンドレ・ブルトンに支持されたが、ヒトラーやファシズムを賛美し、レーニンを揶揄するような作品を作ったことがブルトンらの怒りに触れ、仲間たちとの溝は深まり、ダリはシュルレアリスム運動から離れる。非現実的な夢の空間や奇怪なイメージを精密な描写で表現することで生まれる独特の幻覚的な作品は、ダリを一躍時代の寵児へと押し上げた。
プライベートでは、1929年に詩人ポール・エリュアールの妻であったガラと出会い、恋人同士となる。ガラはダリの芸術活動のマネジメントをするようになり、公私ともにパートナーとなった2人は、1934年に正式に結婚する。自己顕示欲こそ想像力の源泉と主張するダリは、生涯にわたり奇行や奇癖を行い、世間の注目を集めた。

偉大な芸術家「ダリ」に翻弄されている者は…

ダリの芸術家としての成功において、アメリカは重要な場所だ。ダリは1930年代からしばしばアメリカに渡り、展覧会への出品はもちろん、版画、彫刻、工芸、映像、ファッション、広告など大衆的(商業的)分野でも活躍したことで、その名を広めることに成功した。また、講演会では「私と狂人との唯一の違いは、私が狂人でないということだ」という、後に有名となる言葉を発表し、1936年には雑誌『TIME』の表紙を飾るなど、凡人では理解できない、「天才ダリ」のイメージを強く人々の間に印象付けた(そうしたダリの大衆的かつ金銭的な成功に対し、ブルトンはダリの名前「Salvador Dali」をもじったアナグラム「Avida Dollars(=ドル亡者)」と揶揄している)。「シュルレアリストの天才画家ダリ」というイメージは、世界の中心となりつつあるアメリカ、そしてマス・メディアやポップカルチャーの勢いと相まって形成されていったとも言えるだろう。

映画『ウェルカム トゥ ダリ』より
映画『ウェルカム トゥ ダリ』より

そうした背景を踏まえて、映画では1974年に70歳を迎えたダリの、芸術家として華々しいキャリアを築き上げた後の晩年期を描いている。ダリの芸術家としての成功と権威を象徴するのが、ダリ夫妻が催すパーティー〈ダリ・ランド〉だ。現実世界と夢の世界を超越したシュルレアリストの奇才・ダリが開くパーティーとあって、そこには着飾ったモデル、ミュージシャン、アーティストなど一癖も二癖もある者達が集う。映画の中で、ダリのお気に入りのドラァグクィーンとして登場するアマンダ・リアは、史実においては19歳のモデル時代にダリと出会い、その後デヴィッド・ボウイと同棲、後に歌手として“ディスコの女王”となった人物だ(アマンダ・リアは、ダリとの出会いから画家の死までの思い出を綴った『サルバドール・ダリが愛した二人の女』を著している)。

彼らは酒(時に薬物)を片手に、ダリについて、芸術について語り合い、時に惹かれ合ったもの同士でこっそりと抜け出し甘美な夜を過ごす。戸惑いながらも、この魅惑的な〈ダリ・ランド〉に魅了される若きジェームスを通して、観客の私たちもまたダリの天才たるゆえんを追い求め、〈ダリ・ランド〉に足を踏み入れ、その狂騒に酔う。

しかし映画では、派手で人を食ったような言動をする、私たちが思い浮かべるダリのイメージをなぞるだけで終わらない。パーティーでは、客から「神と競っているのか?」という質問に対し「ダリはほとんど“神”の領域だから競う必要がない」と答え、さらに「もし神なら世界がダリを失って悲しむ」と堂々と言ってのけるダリだが、一方で老いは確実にダリの体をむしばみ、筆を持つ右手は日常的に震えるようになっている。その上、妻のガラは若きシンガーとの逢瀬を繰り返す。死の恐怖、老いへの抵抗、孤独と嫉妬…心身ともにダリにのしかかる不安や怖れを独り飲み込み、周囲の人々が期待する「芸術家ダリ」の衣をまとう。作中で「時折“ダリ”であることに疲れる」という本心をジェームスに漏らす場面があるが、天才と自負する「芸術家ダリ」に最も翻弄されているのは、他でもないダリ自身であったのだ。パーティーの前に鏡で震える右手を抑えながら眉を描き、口髭をセットする姿はまさに、「人間ダリ」から「芸術家ダリ」へと変わる瞬間であり、ダリを象徴するお馴染みの口髭は「芸術家ダリ」となるための重要な“衣裳”なのだ。

“ミューズ”か“悪女”か-ダリとガラの奇妙で繊細な関係

映画『ウェルカム トゥ ダリ』より
映画『ウェルカム トゥ ダリ』より

そして、本作でダリと同等に重要なのが妻であるガラの存在だ。ガラはダリの最愛の人であり創造力の源でもある“ミューズ”であった。そのため、ガラはダリの作品にも度々登場するが、決して“貞淑な妻”ではなかった。監督のメアリー・ハロンが「ダリとガラは伝説の夫婦だった。ガラは誰よりもダリのキャリアを後押ししたけれど、誰よりもダリのキャリアを壊した人でもある。その矛盾が非常に興味深かった」と説明するように、作中ではダリとガラの一言では表し切れない夫婦関係をつぶさに描いている。

若かりし頃のダリを演じたのは、エズラ・ミラー(右)
1929年に詩人ポール・エリュアールの妻であったガラと出会い、恋人同士となる。
若かりし頃のダリを演じたのは、エズラ・ミラー(右)
1929年に詩人ポール・エリュアールの妻であったガラと出会い、恋人同士となる。

運命的な出会いによって結ばれると、ガラは生来の意志の強さと優れた実務能力で、ダリが画家として大成するために献身的に貢献した。しかし後年、ガラは若い男との恋を謳歌する一方で、ダリには豪奢な暮らしを維持するためにも厳しく絵を描かせるなど、横暴な振る舞いを見せるようになる。ダリがガラのために購入したプボル城も、ガラは愛人との密会に使ったとされているし、死後、ガラの遺体はプボル城、ダリの遺体はフィゲラスのダリ劇場美術館内と、別々の場所に埋葬されている事実からは、複雑な関係がうかがえる。作中でも、ガラは金や若い男への欲望を剝き出しにし、お世辞にも上品とは言えない“悪妻”の一面と、ダリの芸術と精神を支える“ミューズ”の一面を見せる。

ダリとガラの間には、愛情、憎しみ、孤独、嫉妬、全ての感情が入り混じり、その感情でお互いに相手を雁字搦めにする。作中でドラァグクィーンのアマンダがジェームスに語った「ダリとガラは一緒にいたくないのよ。年老いたことをお互い自覚するでしょ」という台詞は、2人の複雑で繊細な関係を表している。お互いがお互いを“鏡に映る自分“のように、分かちがたい存在と認めているからこそ向き合えないのだ。

ダリ、ガラ、そして主人公ジェームスを魅力的に演じる俳優陣

映画『ウェルカム トゥ ダリ』より
ジェームズ役を演じたのは、クリストファー・ブライニー(左)、〈ダリ・ランド〉で出会う、ジネスタ役を演じたのは、ファッションモデルのスキ・ウォーターハウス
映画『ウェルカム トゥ ダリ』より
ジェームズ役を演じたのは、クリストファー・ブライニー(左)、〈ダリ・ランド〉で出会う、ジネスタ役を演じたのは、ファッションモデルのスキ・ウォーターハウス

ダリを演じたのはベン・キングズレー、そしてガラをバルバラ・スコヴァが演じ、実にリアリティあるダリ夫妻が誕生した。

パーティーは余裕のある態度で尊大ですらあるのに、ひとたび“芸術家・ダリ”の衣を脱ぐと、嫉妬に震え、傷を負えば死に怯えるナイーブなダリを見事に演じたキングスレーは、「ダリを演じることは、スペイン製の重たい甲冑を着るようなものだった。私の姿、精神力、想像力、そして情熱をはるかに上回ることだ。彼のおかげで、既成概念に囚われないこと、リスクを冒すこと、そしてまさに彼のごとく自分の芸術に情熱を持つことを教わった」と振り返る。

ガラ役のスコヴァは、「ガラが書いたものはほとんど何も残っていなかったので、演じる上で大きな課題となった」と振り返り、己の欲に忠実で悪女のように見えるガラについて次のように語る。 「彼女はきっと、ダリとの初期のロマンスを思い起こそうとしていたのだと思うわ。ガラは辛辣で残忍な女性だったけれど、傷つきやすい一面もあった。メアリー(※メアリー・ハロン監督)もまた、彼女のそんな一面を見せたかったのだと思う」。

そして、若きギャラリスト・ジェームスを演じたのは、クリストファー・ブライニー。ペース大学の演劇学科の卒業作品を観たメアリー監督に見出されてジェームス役に選ばれ、本作が長編映画デビュー作となる。まさに作中のジェームスさながらの大抜擢だ。作中でダリから“聖セバスティアヌス”と呼ばれるにふさわしい甘いマスク、そして瑞々しい演技で、ダリへの憧れと芸術への情熱を秘めたジェームスを好演した。

夢か現か幻か。いや、ダリの場合「夢も現も幻も」――彼はそのすべてを絵の中に表現してきた。映画では、そんな天才サルバドール・ダリが作り出す〈ダリ・ランド〉と、その奥に秘められた天才の真の姿を描いている。ぜひ映画館で、あなたの知っている「ダリ」、そしてあなたの知らない「ダリ」に出会ってほしい。

映画『ウェルカム トゥ ダリ』
映画『ウェルカム トゥ ダリ』
映画『ウェルカム トゥ ダリ』
2023年9月1日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開。
監督:メアリー・ハロン、脚本:ジョン・C・ウォルシュ、撮影監督:マルセル・ザイスキンド、プロダクションデザイナー:イゾナ・リゴー、衣装デザイナー:ハンナ・エドワーズ
https://dali-movie.jp/

参考文献:図録『生誕100年記念 ダリ展 想像する多面体』(2007年)

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