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『ゴールデンカムイ』が魅せる
新たなアイヌ文化へのまなざしと未来

「連載完結記念 ゴールデンカムイ展」が京都文化博物館で2022年9月11日(日)まで開催中

展覧会レポート

©野田サトル/集英社
©野田サトル/集英社

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構成・文 澁谷政治

明治末期の北海道・樺太を舞台とし、魅力的な登場人物と緻密なアイヌ文化の描写で人気を博す冒険漫画『ゴールデンカムイ』。イラスト約120点のほか、関連する資料を一挙に公開する「連載完結記念 ゴールデンカムイ展」が、2022年9月11日(日)まで京都文化博物館で開催されている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「連載完結記念 ゴールデンカムイ展」
開催会場:京都文化博物館
開催期間:2022年7月9日(土)〜9月11日(日)

2014年に集英社の青年漫画雑誌「週刊ヤングジャンプ」に連載が開始された『ゴールデンカムイ』は、2016年のマンガ大賞で注目された。2018年には第22回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞、同年にテレビアニメ化もされ、2022年には第51回日本漫画家協会賞コミック部門大賞、そして実写映画化も発表された人気のメディアミックス作品である。物語の舞台は明治末期の北海道・樺太、日露戦争の帰還兵で、“不死身”の異名を持つ杉元佐一が、戦死した親友の妻の病気治療費を工面するため、砂金を掘る場面から始まる。そこで出会った酔っ払いから、隠された金塊の存在とその地図を刺青された囚人達の話を聞き、北海道で金塊を探し出すことを決意する。その場で熊に襲われそうになった杉元は、アイヌの少女アシㇼパの弓矢に助けられる。彼女はこの金塊を盗まれ殺されたアイヌの娘だった。ここから、二人による壮大な冒険の旅が始まっていく。

会場風景 ©野田サトル/集英社
会場風景 ©野田サトル/集英社

スピード感のあるストーリー展開はもちろんのこと、幅広い層でファンを獲得した画風と脇を固める個性的なキャラクター、そして現代の青年誌らしいニーズを反映したリアルな戦闘描写だけではなくギャグを含めた軽妙なやり取りも人気要素である。しかし、この作品の大きな魅力と言えば、緻密なアイヌ文化の描写が挙げられる。歴史感溢れるストーリーを彩るディテールとして、狩猟における手法や道具、信仰の儀式や考え方、アイヌ語によるセリフや料理などの風俗文化が、読者に強烈な印象を残す。単行本巻末の膨大な参考資料からも、作者野田サトル氏の丁寧な文献確認、こだわりが感じられる。今回の展示においても、国立アイヌ民族博物館、平取町立二風谷アイヌ文化博物館などの資料のほか、野田サトル氏が所蔵する民芸品、参考資料が多数展示されている。

展示資料「杉元佐一の軍帽」「アシㇼパのマキリ(小刀)」 野田サトル氏所蔵
展示資料「杉元佐一の軍帽」「アシㇼパのマキリ(小刀)」 野田サトル氏所蔵

会場に足を踏み入れると、メインキャラクターの主要場面のイラストとその参考資料から始まる。アイヌの少女アシㇼパの愛らしい立ち姿とともに、彼女が纏う伝統のマタンプシ(鉢巻)やテクンペ(手甲)などの実物資料が飾られ、ユーモア溢れるキャプションとともに、漫画で描かれた世界が眼前に迫ってくる。また、その横で存在感を放つ巨大なヒグマの剝製が、厳しい自然と隣り合わせの時代を感じさせる。そして奥へ続くのは、金塊の在りかを暗示する刺青を施された24名の囚人達の紹介だ。驚くのは、モデルとなった実在の人物に関する資料も展示されていること。誰もが知る新撰組の土方歳三であればフィクションとしての存在も理解できるが、刺青囚人の一人である柔道家の牛山辰馬や、稲妻強盗の坂本慶一郎夫妻も実在モデルの記事資料の紹介により、この物語の虚構と現実の境界で揺らぐ感覚が面白い。なお、会場では一部を除き写真撮影が可能であり、自身の気に入ったキャラクターと記念撮影をする来場者が多くいた。多様で個性的な面々が広く愛されているのが感じられる。

会場風景 ©野田サトル/集英社
会場風景 ©野田サトル/集英社

また、今回の展示では、『ゴールデンカムイ』を彩る多様な文化についても説明がなされている。アイヌ文化は大別して、主に北海道アイヌ、樺太アイヌ(サハリン)、千島アイヌ(クリル列島)に分けられるが、本作品では特に北海道、樺太に焦点が当てられている。また、樺太においては、主に南部に居住した樺太アイヌのほか、北部や中部に多くいたウイルタ民族やニヴフ民族、そして時代を翻弄した当時のロシアの文化や日本の東北地方のマタギ文化なども丁寧に紹介されている。もう一つの見どころとしては、多様なアイヌ料理の描写も挙げられる。狩猟で獲ったウサギ、カワウソなどの調理方法、美味しそうなオハウ(鍋物)などがふんだんに登場する場面は、これまで民族衣装や舞踊など外見的なイメージが強かったアイヌ文化の紹介とは異なり、アイヌの人々が過ごした日常生活への理解を深めていく。杉元が持ち歩く味噌を勘違いしたアシㇼパの言葉「オソマ」(排便の意)や、食事などに感謝する言葉「ヒンナ」は大きく市民権を得た。アイヌの中で催淫効果の伝承を持つラッコ料理など、興味深いコンテンツを巧妙にストーリーに取り入れ、違和感なく文化の一側面として切り取っている。

会場風景 ©野田サトル/集英社
会場風景 ©野田サトル/集英社
メノコイタ(まないた)とチタタㇷ゚のサンプル(会場展示風景) ©野田サトル/集英社
メノコイタ(まないた)とチタタㇷ゚のサンプル(会場展示風景) ©野田サトル/集英社

他方、あくまでもフィクションであることを理解する必要はある。読者にも親しまれているアイヌのたたき料理、チタタㇷ゚。作品では美味しく作るために「チタタㇷ゚」と唱えながら魚を刻むシーンが随所で描かれるが、展示会場でも紹介されている千葉大学中川裕名誉教授の著書『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』においても、唱えながら刻む文化はなく、あくまでも創作と解説されている。そもそもアシㇼパのように女性が狩猟に出かけることは非常に稀である。男性が狩猟や木彫、女性は家事や裁縫などと役割分担が明確であった社会文化を知った上で、「わたしは新しい時代のアイヌの女なんだ!」と叫ぶ彼女を理解する必要がある。そして、これらの話はあくまでも明治時代が舞台である。漫画からは窺えない現代のアイヌ文化の変容についても自然と意識させられる。

会場風景 ©野田サトル/集英社
会場風景 ©野田サトル/集英社

これまでもアイヌ民族を題材としたメディア作品は存在した。しかし、製作当時の時代背景などから、歴史的な迫害、現代に続く差別や偏見がフォーカスされやすく、重い題材として捉えがちであった。『ゴールデンカムイ』においても、差別的表現は皆無ではない。刺青を持った囚人の一人「脱獄王」の白石由竹が、初めて二人と出会ったときに杉元に訊く。「そのアイヌはお前さんの飼いイヌかい?」。2019年に直木賞を受賞した川越宗一氏の樺太を舞台とした小説『熱源』の一場面でも描かれているが、イヌという表現を侮蔑的に使う和人の存在や繰り返された歴史をどれだけの人々が理解しているのか。『ゴールデンカムイ』では、白石に殴りかかる杉元をアシㇼパは静かに諫める。「私は気にしない。慣れている」。杉元が心で呟く。「慣れる必要がどこにある」。こういった描写はこの作品ではむしろ珍しい。大半のアイヌと和人との交流場面は、村の子供たちの遊び、収穫の際に歌う伝承歌など、今まで辛く蔑まれた印象が強いアイヌ文化が、楽しく生き生きとした日常で培われてきたことを感じさせる新たなイメージを描き上げている。

今でもアイヌ文化を語るときに、語り手、受け手の共通理解が及ばず、慎重にならざるを得ない場面があるのも事実である。そしてこれからも、歴史的経緯から連綿と続く現代のアイヌ社会における課題に関し議論の継続が必要である。一方で、アイヌ文化の魅力を真っ向から描き、人種や国を超えて広く愛されたことは、この作品がこれまでのアイヌへのまなざしを大きく変えたと言っても過言ではない。2019年にイギリスの大英博物館で開催されたマンガ展「The Citi exhibition Manga」では、本作品のアイヌの少女アシㇼパがエントランスのメインビジュアルとして大きく飾られた。そして、今回の展覧会場でも外国人のファンも多く見られた。会場で楽しそうに語られる会話が漏れ聞こえてくる。「ストゥ(制裁棒)の本物があるよ」「チタタㇷ゚を食べたいね」。この作品の登場以前に、こんな会話が街中で交わされる機会はあっただろうか。アイヌ語の子音表記である「ㇼ」や「ㇱ」が頻繁に使われるようになったのもこの作品の功績である。アイヌの知人からもこんな言葉を聞いたことがある。「アイヌのことは知る機会がなかったから、『ゴールデンカムイ』が勉強になるよ」。千葉大学中川裕名誉教授、北海道大学北原モコットゥナㇱ准教授を始めとする学術研究者らの監修により、フィクションの中にも魅力的なアイヌ文化が丁寧に描かれたこと、そしてそれを形にしていった作者、編集者の苦労が偲ばれる多数の資料と原画が、ただの娯楽作品ではなく、時代が変わっても語り継がれるであろう作品の未来を物語っている。

会場風景 ©野田サトル/集英社
会場風景 ©野田サトル/集英社

「カント オㇿワ ヤク サㇰ ノ アランケㇷ゚ シネㇷ゚ カ イサㇺ」。会場の入口、そして単行本全ての見開きの初めに記載されるこのアイヌ語の言葉は、アイヌとして初の国会議員 萱野茂氏の故郷にある平取町二風谷アイヌ文化博物館にも掲げられている。対訳はこうだ。「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」。愛すべきキャラクターたちの役目、そしてこの作品に込められた思いは何だったのか。是非会場で貴重なイラストや資料に触れながら、壮大な冒険ストーリーを俯瞰する新たな視点でこの作品を楽しんでほしい。

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学芸員資格を取得後、大学院ではアイヌ文化を中心とした研究で修士課程(観光学)を修了。二風谷、阿寒などのほか、サハリン(樺太)や沖縄など広く訪問し研究調査を行った。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、特にシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

【関連情報】アイヌ文化を知る現代のメディアコンテンツとしては、展示期間中に京都文化博物館フィルムシアターでも上映された(※8月7日に既に上映済み)現代のアイヌ少年がアイデンティティの狭間で揺れ動く青春を描いた映画『アイヌモシㇼ』(2020年 福永壮志監督)や、1986年の狐の霊送り儀礼のドキュメンタリーフィルムを再編した『チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ』(2022年 北村皆雄監督)などもお勧めである。2020年に北海道・白老町に開業した民族共生象徴空間(ウポポイ)の国立アイヌ民族博物館や、聖地巡礼と称して『ゴールデンカムイ』ゆかりの北海道各地を巡る旅行者も増えてきている。
福永壮志監督作 映画『アイヌモシㇼ』トレイラー
北村皆雄監督作 映画『チロンヌプカムイ イオマンテ』トレイラー

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