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「スペクタクル」な過去・現在・未来を映像で問う

「アイヌ・ネノアン・アイヌ」など第14回恵比寿映像祭で公開

展覧会レポート

空音央&ラウラ・リヴェラーニ《アイヌ・ネノアン・アイヌ》2021年/73分/日本語(英語字幕付)
空音央&ラウラ・リヴェラーニ《アイヌ・ネノアン・アイヌ》2021年/73分/日本語(英語字幕付)

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構成・文 澁谷政治

東京都写真美術館を中心とした東京・恵比寿エリアにて、2009年の開催から今年で第14回目を数える恵比寿映像祭。今年は「スペクタクル後 AFTER THE SPECTACLE」をテーマとして、2022年2月4日(金)から2月20日(日)までの15日間で開催されている。

藤幡正樹《Voices of Aliveness》2012年[参考画像]
藤幡正樹《Voices of Aliveness》2012年[参考画像]

この映像祭は、メディア芸術としての「写真・映像」を専門とする東京都写真美術館が、地域と連携して展示、上映、ライブパフォーマンス、トークセッションなどを複合的に提供する国際イベントである。コンテンツも幅広く、すべてを堪能するには時間に限りがあるものの、映像作品という利点を生かしたオンライン視聴も含め、コロナ禍の今だからこそ感じられる視点で「スペクタクル」な日常と非日常を考える機会となっている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
第14回恵比寿映像祭「スペクタクル後」(2022)
Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions 2022 “AFTER THE SPECTACLE”
会場:東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイス センター広場、地域連携各所ほか
会期:2022年2月4日(金)~2月20日(日)

「スペクタクル」という語感から受ける印象は多種多様であり、ネガティブにもポジティブにも受け止められる。本映像祭では「風景や光景」「壮大な見世物」という語意のほか、一つの捉え方として、1967年に提唱されたフランスの思想家ギー・ドゥボールの論説においては「イメージで構成された現代社会を把握する概念として『スペクタクル』を考察し、メディアによってイメージだけを植え付けられ、ただ受け身でいる状態をスペクタクル社会として批判している」ことを紹介している。

2月4日に開催された「第14回恵比寿映像祭」オープニングセレモニーでのアーティスト紹介
2月4日に開催された「第14回恵比寿映像祭」オープニングセレモニーでのアーティスト紹介

この広いイメージのテーマを補完すべく、展示では「カメラ」「セルフィー」「風景」「旅」「スペクタクルの社会」「見世物」「ヴァナキュラー(土着的)」「おばけ」「アーカイヴ」「瞬間」「見える/見えない」という11のキーワードを踏まえて展示されている。本記事では、筆者自身の関心イシューの多い、メイン会場の東京都写真美術館の展示及びプログラム初日の上映作品を中心に紹介したい。

「ヴィサヤ族、フィリピン村(セントルイス万国博覧会)」1904年、個人蔵
「ヴィサヤ族、フィリピン村(セントルイス万国博覧会)」1904年、個人蔵

まず、東京都写真美術館 3階展示室で開催の「スペクタクル」というテーマをアカデミックな視点から繙く資料展示「スペクタクルの博覧会」を押さえておきたい。著名なキュレーターである東京工芸大学の小原真史准教授の貴重な所蔵資料568点を中心として、東京都写真美術館のコレクション86点とともに、過去の「スペクタクル」のまなざしの中に潜む現代社会に続く課題が浮き彫りにされる。19世紀半ばから20世紀初頭までの世界各地で開催された博覧会は、情報収集が容易ではなかった時代背景において、未知の外国に直接触れられる魅力的な物産展示の機会となり、国際的な経済交流を促進してきた。しかしその中にある一種の「見世物」としてのまなざし。列強の大国によるコロニアリズム、異文化に向けられるレイシズムなど、「スペクタクル」という祝祭で露呈される人間の本質、欲望が垣間見えてくる。

アマリア・ウルマン《Buyer Walker Rover (Yiwu) Aka. There then》2019年
©Amalia Ulman. Courtesy Amalia Ulman and Wuzhen International Contemporary Art Exhibition.
アマリア・ウルマン《Buyer Walker Rover (Yiwu) Aka. There then》2019年
©Amalia Ulman. Courtesy Amalia Ulman and Wuzhen International Contemporary Art Exhibition.

この膨大な資料により攪拌された「スペクタクル」のイメージに続けて、展示されたメディア芸術作品を鑑賞していく。2022年1月に日本でも公開された映画「エル プラネタ」の監督アマリア・ウルマンの映像作品「Buyer Walker Rover (Yiwu) Aka. There then」は、中国におけるバイヤーをセルフィースタイルで追っていく。13か国語の字幕で覆われた画面は、現代の博覧会を彷彿とさせる。

また、北海道で暮らすアイヌの人々の日常を追ったラウラ・リヴェラーニと空音央による写真及び映像展示「アイヌ・ネノアン・アイヌ」。前述の資料展示から「見世物」への歴史を目の当たりにしたあとで、果たして我々はどういった視点でこの作品群を観ているのか、自問自答させられる。これらの展示に関連してちょうど開催1日目の夜のプレミア上映となっていた73分のドキュメンタリーフィルム「アイヌ・ネノアン・アイヌ」を鑑賞することとした。

空音央&ラウラ・リヴェラーニ《アイヌ・ネノアン・アイヌ》トレーラー

イタリアの写真家ラウラ・リヴェラーニと、アメリカと日本で活動する映像作家で映画「アイヌモシㇼ」の助監督でもある空音央による2015年のプロジェクト作品。アイスランド人の共通の知人を介し繋がった二人のアーティストが北海道・平取町に向かい、出会ったアイヌの人々のファミリーヒストリーを記録していく。冒頭に流れるアイヌ語によるラジオ体操の音声。馴染みのある日本の風景の中で、突如として異文化体験に引き込まれる感覚がリアルである。

日本の「同化政策」という過去は、現代のアイヌの人々にも大きな影響を与えている。いまだに続く偏見や差別体験を訥々と話す場面。実際にアイヌ語をネイティブに話せる人はもういないとの語りもある。しかし、淡々とした日常風景から感じられるのは諦観や悲愴ではなく、たくさんの笑顔と未来への力だ。自身の文化を誇りに思う人々が、木彫りや刺繍などの民芸技術、アイヌ語の習得などを細々と続けている生活が丁寧に切り取られている。途中に使われるアイヌの言葉にはあえて翻訳・字幕は付いていない。しかし、映像から流れる優しいアイヌ語の子守唄を聴いていると、確実にアイヌ文化が今なお存在していることを実感できる。アイヌの若者が、「観光アイヌ」と揶揄されることに対し、こうやって伝統を残してきたんだ、と自身に言い聞かせるように話すシーン。2020年に北海道・白老町に設置された国立アイヌ民族博物館を擁する民族共生象徴空間「ウポポイ」など、アイヌ文化が注目されてきている昨今、アイヌに対して向けられるまなざしは、過去から変わってきているのだろうか。その答えは現代に生きる我々一人一人が持っている。アイヌを巡る過去・現在・未来を考える上で、是非観てほしい作品の一つである。

三田村光土里《〈Till We Meet Again また会うために、わたしはつくろう〉のためのサウンド・インスタレーション》2020年[参考画像]
三田村光土里《〈Till We Meet Again また会うために、わたしはつくろう〉のためのサウンド・インスタレーション》2020年[参考画像]

映像祭では日替わりのプレミア上映やトークセッションのほか、著名なアーティストの作品も多数鑑賞できる。メディア・アートのパイオニア、藤幡正樹の2012年の映像作品「Voices of Aliveness」は、東日本大震災を契機に、フランスで人々の叫び声を収録し3D空間にプロットしている。また、現代美術作家の三田村光土里が「南極観測船ふじ」の起工日と自身の誕生日が同じということを知りインスピレーションを得た作品「〈Till We Meet Again また会うために、わたしはつくろう〉のためのサウンド・インスタレーション」。2019年に公開された映画「セノーテ」の監督小田香の映像作品「Day of the Dead」「セノーテ ラッシュフィルム」など、アーティストごとに異なる「スペクタクル」との関係を想像すると、また違った印象で楽しめる作品が続く。

小田香《Day of the Dead》2021年 制作:市原湖畔美術館
小田香《Day of the Dead》2021年 制作:市原湖畔美術館

映像作家 遠藤麻衣子によるオンライン映画プロジェクト「空」や、YEBIZO MEETSと題して、「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」などの教育普及プログラム、また日仏会館や周辺のギャラリーなど10か所でも関連展示・イベントも実施しており、自身の関心のあるプログラムを選び訪れても良いだろう。昨年直前に中止となったオフサイト展示、クリエーター集団WOWによるモニュメント作品「Motion Modality / Layer」も、今年はセンター広場にて存在感を放っている。日没後に訪れると、より一層光が躍るインスタレーションを楽しめる。

WOW《Motion Modality / Layer》[参考図版]
WOW《Motion Modality / Layer》[参考図版]

絵画や彫刻などの美術展と違い、メディア芸術をまとめて堪能できる機会はあまり多くはない。こういったフェスティバルを通じ知り得る新たな情報や感覚は、まさにメディア芸術の博覧会、「スペクタクル」なものなのかも知れない。本映像祭のテーマはあえて「スペクタクル“後”」となっている。フェスティバルの後に自分に何が残るのか。若干難解なテーマであるからこそ、捉え方は個々それぞれにこの映像祭を楽しんでほしい。

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、シルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

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