3.0
展示室の効力
「非常の常」とあらためて表現されると、たしかに「今の世の中いろいろ大変だよな」とは思う。それを内省する機会にもなるだろう。しかし、それは結局のところ展示室の効力が作用したものに過ぎないのだとも思う。
爆音が響き渡るとともに室内が破壊されゆく映像作品でさえヒーリング効果を持ってしまう美術館でのひととき。こう言うと「不謹慎な!」と思われてしまうのだろうか。それなりの長さを持った映像作品をじっくり見ている余裕があることに「非常」を思うというのは、どこか倒錯的でもある。現状を考える(とりわけ過酷な状況を生きる人々のような)タイプのテーマを持った展覧会は、その限界にどうしても突き当たってしまう。私は傍観者に過ぎない、という感覚が喚起される。
高橋喜代史による街頭パフォーマンスのように、作家や参与者による実際的行動が記録された展示もあるが、はたして目の前でそのパフォーマンスに遭遇したとき、私は何か関与することができるだろうか?それに意義や意味を見出すことができるだろうか?展示室の効力を日常に活かすことは私にはまだ難しい…







