上村松園展の後期展示が始まりました、重要文化財の二作品が登場です。
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- by morinousagisan

「生誕150年記念 上村松園」@大阪中之島美術館の後期展示が始まりました。前期展示の半数ほどが展示替えとなっています。みなさんお待ちかねの重要文化財二作品《母子》(東京国立近代美術館蔵)と《序の舞》(東京藝術大学蔵)も登場です。《花がたみ》(松伯美術館蔵)のように5月20日から展示される作品もありますので、作品リストの展示期間を事前に確認してお出かけ下さい。※作品リスト⇒◆
重要文化財のように展示期間に制約のあるものや連休中無休で開館していたため展示替え出来るのがこの時期となり後期展示期間の方が会期は短いです。
※展示場内で撮影可能の作品を掲載しておりますが、SNSはOKでもこのようなWEBメディアに掲載となることを主催者へ確認させて頂いた上で画像は掲載しております。
新たに後期展示となった作品を主として本ブログを進めていきたいと思います。

1934年(昭和9) 松園 59歳の年に描かれた 重要文化財《母子》東京国立近代美術館蔵[後期展示] は、前期同じ年に描かれた《青眉》に替わって最初に展示されています。画家としての松園を全身で守り支えた母・仲子がこの年の2月に86歳の生涯を閉じました。画家の宿命ともいうのでしょうか、母の死は、幼い頃からの母との暮らしが次々と甦り、松園に新たなインスピレーションを与えて、母との思い出を綴るように母性をテーマに作品を手掛けていきました。毎日のように眉を剃って整えていた母を描いた前期展示の《青眉》は母を葬った直後に描いて、5月に新しく建てられた大礼記念京都美術館(現・京都市美術館)の完成を記念した大礼記念京都美術館美術展に出品しました。母は長命で天寿を全うしたとはいえ、母を見送って直ぐ母の死にも新たなモチベーションを得て描くというなんだか画家の業というか性を松園にも感じてしまうのは私だけでしょうか。《母子》は、8年ぶり第15回帝展へ参与として出品して、政府買い上げとなり、2011年(平成23)に重要文化財となった作品です。幼子を抱いた母親の立ち姿を描いた大作で、青眉に白い肌、口元には鉄漿が見え、優しい眼差しで幼子を見つめている、明治初期の京都の良家の既婚女性です。赤子のモデルは前年に生まれた孫(淳之)と思われます。この頃には松園にも孫の相手をする余裕も出来ていたのかもしれません。母の襟を掴む赤子の手や赤子の着物に縫い付けられた小さな端切れの背守り、帯にもお守り袋が提げられて可愛いらしく、松園の母は健康な成長を願いながら松園の子、松篁も松園に代わって世話し育ててくれたことを思い出し感謝していたでしょう。上記掲載の《しゃぼん玉》は、制作が1903年(明治36)頃とあり、1902年11月に松園は27歳で長男信太郎(後の松篁)を出産し、未婚の母となっています。《しゃぼん玉》の赤子のモデルは息子、赤子を抱いている若い女性は松園自身だったかもしれません。1903年には、画業に専念するために葉茶業を廃業、転居して離れの画室を「棲霞軒」と命名しています。この年で既に画1本で生きていける画力が備わっており、これで生きていこうとの松園の強い意思を感じます。当時の良家の既婚女性は自分で育てることなく、乳母が育てていたのでしょう。なりふり構わず子育てに奔走するそぶりもない。気品ある理想の女性像しか描かない松園らしい。子の松篁は松園のことを「二階のお母さん」と呼んでいたそうで、スキンシップの記憶はほぼないそうです。出産前後も精力的に作画に励んだ松園です。《姉妹三人》[後期展示]も1903年の作品で、箱書きから同年大阪で開催された第5回内国勧業博覧会出品作と考えられ、二等賞を受けました。若い三人の女性は、謡曲の本を見入り、顔が重なっています。着物や帯の柄や色、髪形で年齢を細やかに描き分けているところが見所で、当時の風俗を描いています。女性三人像を描くのが流行っていたそうで、1900年のパリ万博へ竹内栖鳳らが視察したことともあり、向こうでルネサンス期の「三美神」を観たことなどと関係あったのでしょうか。1909年(明治42)制作の《花見》松伯美術館蔵[後期展示]は5人の女性を描き、5人の顔がそれぞれ違う方向を向いています。いろいろな作風を模索していた時期で、浮世絵の鳥居清長の影響もみられます。記念写真でなく、視線をバラバラにして描き分けていることが構図としても面白いところです。翌1910年(明治43)の日英博覧会へ出品され金賞を受賞しています。

季節をテーマにした作品で、美人画には春は相性がよく、多く描いています。同じような構図を繰り返し描いていますが、大正期は着物の柄も描き込んでいたのが、昭和期に入ると松園の作風の完成期となり、不要なものは削ぎ落されすっきりして裾模様が華やかなものが多く、着物の色使いもコントラストをいかし着物と女性の美しさが引き立ちます。色面で捉えて、女性の風格も堂々とし、その時期の松園そのものと言えるかもしれません。

松園は月をテーマにした美人画も多く描いています。前期展示の立ち姿で月の出を待つ《待月》と同じタイトルながら、こちらは欄干に両手を組んで座って空を見上げる丸髷の女性で、若妻かもしれません。この絵と対象をなしてメインヴィジュアルになっている前期展示《わか葉》、どちらももの思うような顔の表情ですが、《待月》は顎をすこーしあげているせいか本当に可愛らしくて。青い薄物から透ける赤地に白い釘抜紋の襦袢は、立ち姿の《待月》の黒い薄物から透ける襦袢と赤と白が反転しています。同年に同じ図様で描かれた本作より大きなサイズの《待月》が足立美術館蔵にあり、同じものを描いてほしいとの依頼を受けて本作を描いたと思われます。
謡曲を題材とした最初の大作である《花がたみ》松伯美術館蔵 は、5月20日からの展示でした。女性の悲哀を品格を落とすことなく描きたいと願った松園が、能に手がかりを見つけて描いた最初の作品で、第9回文展では二等賞六席を受賞しました。能面を写生して無表情の表現を描きだしました。この3年後に描いたのが『焔』(本展では展示されません)です。謡曲を習うことで身心の活性化も得て、能や謡曲から新しい発想が生まれることになっていきました。
前期展示の《清少納言》と替わって展示されている、平安時代中期の女性歌人で、三十六歌仙の一人を描いた《伊勢大輔》1929(昭和4)年 松伯美術館管理[後期展示] は、一条天皇の中宮・藤原彰子に仕え、奈良興福寺の僧から宮中に献上された桜を奉る役目を紫式部から譲られて、「いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬる哉」と即座に詠んだとの逸話で有名で、本作では、その熨斗で包まれた桜の一枝を前に歌の構想を練る姿が描かれています。1930年(昭和5)イタリアのローマで開催された日本美術展覧会に出品された作品です。

重要文化財《序の舞》です、厳かな雰囲気を纏うこの作品から鼓の音も聴こえてきそうです。朱色の地に彩雲の裾模様の振袖、桐に鳳凰丸紋が施された帯。すっくと立って、扇子を逆手に持って真っすぐに前に突き出し、握る左手も少し力がこもる。鋭い眼差しで前を向き、口は固く閉じる。能の演目の序(序章)で、静かで典雅な舞いを演じるのが「序の舞」で、代表的な演目が「羽衣」です。着物の裾模様の彩雲が「羽衣」とも通底するイメージと説明され、「静止した佇まいのなか、右袖を返した、羽衣を掛けるような所作が躍動的で印象深い」と解説されています。松園は、松篁の妻に嫁入りの時の大振袖を着せて、京都で一番上手な髪結いさんに一番上品な文金高島田を結わせたそうで、この絵への松園の意気込みが伝わります。「何ものにも犯されない、女性のうちにひそむ強い意志を表現したかった」と松園は語っています。「大正時代から学んだ謡曲の成果を昭和初期の風俗の大作へと昇華させ、松園芸術を代表する作品」で、昭和11年文展招待展に出品され政府買い上げとなり、2000年(平成12)国の重要文化財に指定されました。松園が目指す品格ある一部の隙もない格調高い理想の女性像が具現化しました。

昭和期には、半身像による松園様式が確立しました。
1900年(明治30)頃に描かれた《化粧》松伯美術館管理[後期展示] は、松園には珍しい化粧をする裸婦像です。松園にとって三人目の師である竹内栖鳳は、西洋の人体写生も重視し、門下生にも実物写生を奨励したそうです。理想化せず見たままを写し、エロティシズムもなく、松園にとっては羞恥や苦悩を感じチャレンジングな事でした。

《鴛鴦髷》1935年(昭和10)[後期展示] 幕末から明治期にかけて上方の町家の娘に結われた髪形で、華やかな雄とあまり飾りたてない雌の二種類の結い方があったそうで、本作は雌の結い方だそうです。合わせ鏡で髪の結いの仕上がりを確かめる姿を題材にした作品も松園には多いですが、本作《鴛鴦髷》は「松園の女性像のなかでも、結髪が最も美しく、繊細に描かれた作品」と評され、髪形もしっかりご確認ください。鏡を持つ指も美しいし、袖口から見える襦袢や絞りの帯と着物の取合せも良いなぁと。
上記画像の《晴日》は、洗い張りに勤しむ女性像です。この女性も鴛鴦髷を結い、戸外での作業で髪に塵が付くのを防ぐために髷に付けている小さな布は「ちり避け」と言うそうです。袖が邪魔にならないようにした襷も可愛い模様入りで描かれています。割烹着に姉さん被りなんかでないところが松園さんです。
戦時下では銃後で支える女性として勤労の女性も描きました。障子の破れを繕う《晩秋》1943(昭和18)年 大阪市立美術館蔵[後期展示] 時代を反映して柄もないシンプルな着物で倹約精神も表しているようです。大阪市立美術館で開催された戦時文化発揚関西邦画展に出品され、松園の代表作の1つです。
蛍も松園が好んだモチーフです。1949年(昭和24)に描かれた《初夏の夕》京都市美術館蔵[後期展示] 戦時下に松篁のアトリエ「唳禽荘」のある奈良に疎開し、戦後もそこにとどまりました。《初夏の夕》を6月の松坂屋現代美術巨匠作品鑑賞会展に出品した後、8月末に74年の生涯を閉じました。夏に涼を呼ぶような清澄な瑞々しい作品が絶筆となりました。
本展は、ただ松園の気品ある凛とした美人画を漠として観るのではなく、綺麗だけでは終わらない、松園の生き方、女性が画家として生きていくのが困難な時代に自分の意思で自分の道を切り拓いていった画家上村松園を描きだした展覧会でした。
【開催概要】生誕150年記念 上村松園
- 会期:2025年3月29日(土)~2025年6月1日(日) ※会期中展示替えあり
- 前期:3月29日(土)~5月11日(日)/ 後期:5月13日(火)~6月1日(日)
- 会場:大阪中之島美術館 4階展示室
- 休館日:月曜日
- 観覧料:一般 1,800円(1,600円)/高大生 1,500円(1,300円/小中生 500円(300円)※( )内は20名以上の団体料金です ※障がい者手帳などをお持ちの方(介護者1名含む)は当日料金の半額(要証明)。ご来)館当日、2階のチケットカウンターにてお申し出ください。(事前予約不要)詳しくは⇒◆
- TEL:06-4301-7285(大阪市総合コールセンター 受付時間:8:00~21:00 年中無休)
- URL:https://art.nikkei.com/shoen/
