小磯良平の名作《日本髪の娘》が90年ぶりに日本へ、神戸へ里帰り
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- by morinousagisan

六甲ライナーに乗ってお久しぶりに六甲アイランドへ行ってきました。
六甲アイランドには、3つも美術館があります。

小磯良平(1903-88)は、近代日本洋画界を代表する洋画家ですが、阪神間に住まう者にとっては、身近な画家ともいえましょう。神戸で生まれ生涯のほとんどを神戸で過ごし、住吉山手にある邸宅にはどこも小磯の作品が飾られていたと聞く。兵庫県立美術館には、「小磯良平記念室」があり、常時20点ほどの小磯作品を観ることができます。

1988年末に小磯が亡くなり、翌年自宅に遺されていた油彩、デッサン、版画、挿絵原画、アトリエ及びのその遺品が神戸市へ寄贈されました。それらをもとに1992年神戸市立小磯記念美術館が開館しました。
特別展「小磯良平展―幻の名作《日本髪の娘》」が開催中です。メインヴィジュアルの《日本髪の娘》斬新でモダンな着物を着た若い女性像は魅力的で目が惹かれます。《日本髪の娘》は、神戸の山本通りにあった戦前の小磯のアトリエで描かれ、1935年の「第一回第二部会展」に出品された作品で、その後海を渡り、李王家美術館のコレクションとなりました。が、それ以降、小磯自身も含め日本では、その消息がはっきりせず、日本側にとっては「幻の作品」となっていました。
2008年韓国国立中央博物館で李王家美術館の洋画コレクションを展示する特別展「日本近代西洋画」が開催され、そこで当時小磯記念美術館の学芸員だった廣田生馬さん(現:神戸市立博物館学芸課長)が講演を行いました。この展覧会開催について日本のメディアにも発表され、日本の立場からすれば《日本髪の娘》再発見ということになり新聞紙上でも大きく報じられたそうです。
2024年に小磯記念美術館の岡館長と多田羅学芸員が韓国国立中央博物館を訪れ、《日本髪の娘》を実見し、韓国国立中央博物館の方々と話し合いを進めて今回神戸へ90年ぶりの里帰りが実現しました。

第1章では、小磯良平の画業を振り返ります。
小磯は、旧三田藩家臣の家で貿易商を営む岸上家に生まれました。クリスチャンの家庭で外国人の生活様式を取り入れた中で育ったそうです。おとなしく絵が得意で、東京美術学校(現東京藝術大学)西洋画科に入学し、藤島武二教室に学びました。在学中に父を亡くし、小磯家の養子となり「小磯良平」となりました。1926年《T嬢の像》(兵庫県立美術館蔵)で帝展特選となり、首席で卒業し、1928年渡仏、帰国後1932年の《裁縫女》(東京藝術大学蔵)でも特選となり、政府買い上げとなりました。
《日本髪の娘》と深い関りがある1935年の「帝展改組」を経て、戦時中は「作戦記録画」を制作しました。戦後は抽象的な表現の模索も試み、古典的な表現で迎賓館赤坂離宮の壁画《絵画》《音楽》を制作、母校東京藝術大学で後進の指導にもあたり、1983年文化勲章を受章しました。
とにかくデッサンが抜群にうまい!小磯が描く女性像は「神戸のハイカラさを具現化したような清楚で気品あふれる女性像」と説明されています。

第2章では、小磯良平が描いた和装の女性像が展示されています。
小磯の和装女性像は大原女(白川女)や舞妓を入れても5%ほどだそうです。大正から戦前では、女性が着物を着るのは特別なことではありませんでしたが、“よそいき”の着物(上質の着物)姿の女性像を小磯が描く(洋画技法で描く)とは、肖像画は別として「何か特別の造形意思が込められていたということです」と説明されています。
戦後、1958年から60年にかけて京都へ通って舞妓を描き、川端康成作『古都』の新聞挿絵を担当しました。「筆のタッチが律動的になり、フォルムの表現性が大胆に進んで戦前の和装婦人像とは一線を画しています」と説明されています。

本展では、主役の《日本髪の娘》だけが撮影可でした。
皆さんは、最初にこの作品のどこに目が行きますか?
《日本髪の娘》は、1935年「第一回第二部会展」に賛助出品された作品です。この時この作品の右手に展示されている《踊り子》(武田薬品工業株式会社蔵)も出品しており、共に100号の大作で1930年代の小磯の代表作です。2点共に額縁も当時のものです。
小磯が1935年「第一回第二部会展」にこの作品を出品したことは彼の画業にとても大きなターニングポイントとなりました。
1935年(昭和10)文部大臣松田源治による帝国美術院(帝院)及び帝展の改革のことを「帝展改組」と呼び、「松田改組」としても知られ、美術界に大きな動揺が起こりました。戦争への足音が近づいてきている時期です。「美術への国家統制を強める動きとして受け止められました」帝展で洋画部門は「二部」とされていました。その洋画部門が組織的に大きな反対を示して、小磯も帝展不出品の決議の中に入り、「第二部会」を結成して独自の発表の場が設立されました。翌年松田文部大臣が急逝して、「第二部会」は、官展復帰を決めました。小磯や猪熊弦一郎らは、これに反対して新たに「新制作派協会」を結成しました。官展に関与しないことを宣言して、在野から再出発し、これ以後小磯は「新制作派協会」を主な作品発表の場としたのでした。
《日本髪の娘》は、とても斬新でモダンな柄の着物に目がいきます。この着物は昭和10年(1935)の大阪・髙島屋の展示即売会「第五十三回秋の百選会」に出品されていた「流線美式天象」という訪問着だそうで、第53回の優選品にも選ばれた逸品です。「日本の着物姿を描きたい」と考えていた小磯は、高価なこの着物を一目で気に入り買い求めたそうです。この瞬間に小磯には絵のイメージが出来上がっていたかもしれません。百選会創設100年の記念復刻として株式会社千總が制作した着物が髙島屋史料館にあり、その復刻の着物も本作の近くに展示され、描かれた作品の着物も間近で拝見することができます。
小磯は自身の制作においてモデルの魅力を引き立たせる衣装や小物などを選ぶことに生涯こだわり、描くにふさわしいモデルに仕立て上げようと「小磯とファッションの関係を示すエピソードは枚挙にいとまがない」とも説明されています。
《日本髪の娘》でも、日本髪の鬘や床に置かれたバックも当然小磯がこだわって用意したものでしょう。モデルは、小磯に絵を習いに来ていた神戸の社長令嬢の上田種子さんです。小磯のほかの作品でもモデルとなっており、本作の右隣に展示されている《踊り子》も彼女がモデルとなっています。(同一人物とは思えないほどに、この2作品の種子さんの印象は違います)お太鼓の帯がつぶれないように少し前かがみになり、絵のモデルとして画家の前にポーズをとる前なのか、そのあいまなのか、ふとした瞬間を捉えて描かれたように見えます。右肘で椅子の肘置きに置かれた緑のクッションに少―し気持ちを預け、左腕は、膝の上にハンカチを開いて、掌を上にして置き、さらにその上に右指を何気なくたらしています。そう、何でもない一瞬のモデルの様子を捉えています。床に敷かれた白い布は、小磯の作品にはよく見られるモチーフだそうで、背景の白いキャンバスやアトリエの端にある白いタイルとも呼応しているかもしれません。頭の位置の後ろに白いキャンバスがあることで日本髪が一層引き立っています。指輪の緑、深緑のクッション、白いキャンバスの前に立てかけたキャンバスも深緑系のようにも見え、赤い鼻緒、着物の柄の強い赤い線、髪飾りの赤、袂からのぞくピンクの襦袢は差し色にと色彩の配置へも余念がありません。それにしてもモデルがいるアトリエは飾り気のないそっけない空間です。モデルの指先は緻密に描かれていますが、近くで見ると帯揚げなどは大胆な筆致で、その辺りも描き分けています。
この作品を描いた小磯は、熟年という年齢ではなく、まだ32歳だったということを思い出してハッとするのでした。
「第一回第二部会展」に展示されて注目を集めた本作は、ほどなくして海を渡って李王家美術館のコレクションとなりました。李王家美術館は、1935年から1945年まで日本の近代美術品を収集し、現在は韓国国立中央博物館に日本近代西洋画が40点収蔵されています。李王家美術館収集の日本近代西洋画は、東京美術学校長を経て帝国美術院長となった正木直彦と西洋画家で東京美術学校校長の和田英作の推薦を基に李王家の英親王が選定されたものだそうです。図録には李王家美術館近代洋画作品リストも掲載されていて、所在不明の作品もあります。
1935年以降の日本と韓国それぞれの国の歴史的背景や日韓関係事情も背負って90年ぶりに神戸へ里帰りしたことにも思いを寄せて、目の前の《日本髪の娘》を見上げました。
神戸の洋画家 小磯良平が画業のターニングポイントで描いたハイカラでモダンな神戸の和装の女性像です。

※2026年4月18日(土)~6月21日(日)福岡市美術館へ巡回します
【開催概要】特別展「小磯良平展―幻の名作《日本髪の娘》」
- 会期:2026年1月10日(土)~3月22日(日)
- 会場:神戸市立小磯記念美術館
- 開催時間:10時00分~17時00分(入館の受付は、16時30分まで)
- 休館日:月曜日(2月23日は開館)、2月24日(火)
- 入館料:一般:1,200円(1,000円)/大学生:600円(500円) ※()内は20名以上の団体料金/高校生以下:無料 ※学生証、生徒手帳などを提示 ☆兵庫県は、高校生以下は無料です‼
- 展覧会サイト⇒◆

31年目の1月17日です。
六甲アイライドからの帰り、芦屋で下車して「エンギャラリー」さんへ寄ってきました。
宝塚在住の現代作家 古巻和芳さんの個展
古巻和芳展「skywalker−Spirit in heaven, Soul on earth」
が開催中です。(1月18日まで、最終日は16:00まで)⇒◆
積みあがった白いがれきの上を渡る少女が象徴的です。
1995年後も震災が続いています。作品を通していろいろと受け止めたいと思います。
お時間がある方は、この時期だからこそ立ち寄ってみてていかがでしょうか。
※〇ギャラリー(エンギャラリー)芦屋 ⇒◆
〒659-0093 芦屋市船戸町4−1−130-2 ラポルテ本館東外通路側1F
営業時間:12:00-18:00
