ART BLOGS

アートブログ

兵庫県立美術館の”風のデッキ”に青木野枝さんの鉄の彫刻が設置されました。

青木野枝《Offering/Hyogo》2025年

2025年1月17日神戸の震災から30年が経ちました。

兵庫県立美術館(以下「県美」)では、『阪神・淡路大震災30年 企画展1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち』を開催中です。

昨年12月初旬より設置工事をしていた青木野枝さんの鉄の彫刻《Offering/Hyogo》が一般公開され、1月11日に「HART TALK 館長といっしょ!Vol.14彫刻家 青木野枝さんをお迎えしてー兵庫県立美術館の屋外作品設置を終えて」を聴講してきました。


東京都庭園美術館で開催中の『そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠』へお出かけになった方々からの、かの建物に展示されたガラスと鉄の造形に魅了されての感想を読むにつけ、観たいなぁと思いつつ。関東在住の友人からも「良かったよー。青木野枝さんの作品は、どれも伸びやかでスケールが大きく、観ているこちらもなんだかのびのびした気分になります」との感想と共に展示の写メも送られてきました。鉄の彫刻であるのに軽やかにそこに動きがあり柔らかに感じられる。


林洋子館長との対談では、鉄の彫刻《Offering/Hyogo》について作品の構想や作品の制作過程、美術館の「風のデッキ」のへ設置過程と青木さんの作品への想いなどが語られました。

兵庫県立美術館は、1995年の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた兵庫県立近代美術館を引き継ぐ形で、2002年「震災復興の文化的シンボル」として神戸東部新都心(HAT神戸)に開館しました。神戸らしい山と海を望む地に建つ、西日本最大規模の安藤忠雄建築です。

蓑豊名誉館長から県美を引き継がれた林洋子館長は、就任当時(まるで迷路のようだと私はいつも思っているのですが)美術館の内外をグルグルと歩き回っていらしたそうです。

県美には9つの屋外彫刻がありますが、そのほとんどは前身の村野藤吾設計の兵庫県立近代美術館から移ってきたものだそうです。屋外彫刻は、設置場所が重要で、設置する場、環境に合わせて作品が選定されています。山側の美術館から海側の美術館へお引越ししてきた屋外彫刻には、「あれっこんな所に?」と枯葉に埋もれてヘンリームーアなど意外な出会いがあります。(※県美の新しいリーフレット「MUSEUM MAP」には、屋外彫刻の位置関係が詳しく記載されています。)駅から海に向かって下りていくと最初に気づくのは県美の屋上のフロレンティン・ホフマン作《Kobe Frog》(愛称「美かえる」)です。建物の正面、海側には「海のデッキ」に《青りんご》と大階段前に海を向いて立つヤノベケンジさんの《Sun Sister》(愛称「なぎさちゃん」)があります。(※ヤノベケンジ《Sun Sister》は、兵庫県立美術館の所蔵ではありません)


「風のデッキ」へ上る階段  微かに《Offering/Hyogo》の上先端部が見えています。

県美の建物のクライマックス、”Ando Gallery”の2階から「青りんご」へ向かう途中の大ひさし下を右に折れて右手にある階段の上が「風のデッキ」です。(北入口手前にあるエレベータで3階まで、つまり”Ando Gallery”の2階出口までは行けます)大ひさし下からは階段を上がらないとたどり着かない空間です。左右対称で両サイドはガラス窓で空は切り取られ、山側には摩耶山頂が見える六甲山系、海側は入り江となった海を望み、山側から、海側から風が吹き抜けるところです。水平と垂直のグリッドが美しい人工的なものの中に手仕事的な抽象の造形物を置きたいと林館長は考えられたそうです。切り取られたところから太陽や月が見え隠れし、光が射し、反射し影が美しい、自然の現象が融合するこの空間で時が流れ季節が移ろっていきます。


「風のデッキ」に上がる途中から現れてくる  青木野枝 《Offering/Hyogo》 2025年

青木野枝さんは2002年の県美の開館記念展第2弾の現代美術の第一線で活動する国内外の作家7名を紹介する『美術の力 時代を拓く7作家』に参加されていました。(蔡國強のパフォーマンスもありました。青木さんは子供のためのワークショップもされていました。当時私は関西在住ではなかったので残念ながら観ていません)

東京のご出身で、1983年に武蔵野美術大学大学院造形研究科(彫刻コース)修了。

80年代後半には平面から彫刻をする女性たちも現れて、彼女たちは当時『超少女』と呼ばれたらしいです。(この用語は初めて知りました)最初から彫刻を志された青木さんは「自分が思う彫刻を彫刻する」とし、80年代後半は「空間に鉄でドローイングする」とインスタレーションも発表されています。自分は「超少女」の範疇ではないと思われていました。


コレクション展Ⅲ 常設展示室5 青木野枝《Offering/Hyogo》関連資料、ドローイング

開催中のコレクション展Ⅲでは、本作品のメイキング映像、構想のドローイング、銅版画、マケットなど関連資料が展示されています。(県美の”X”でも本作設置からお披露目迄の経過を追う事が出来ます)

本作のメイキング映像はほぼ建築現場の様です。円形の鉄の1片1片を青木さん自身が創り出すことから、アトリエで組み立て、神戸まで運搬するために一端解体して送り出す。美術館の最上部まで運び上げる作業。何トンもある鉄の彫刻を設置するためには、設置の地面の強化、屋外設置なので強風が吹き抜けても、台風が襲来しても動かない様にガッチリと固定する。設置位置の検討。溶接前に再組立てを確認した上で、溶接する。設置後も錆をつけるために毎日作品へ水やりが続きました。普段目にすることがないお披露目迄の過程動画はとても興味深いです。


青木野枝 《Offering/Hyogo》部分 2025年

本作は、3つのプロジェクトが同時進行していました。

上述した東京都庭園美術館で開催中の『そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠』

今春開館する鳥取県立美術館の屋外作品の第一弾作品《しきだい》の設置

と、県美の鉄の彫刻《Offering/Hyogo》です。

作品は埼玉のアトリエで一度全部組み立ててから、運搬、搬入できる大きさに解体して設置されます。東京都庭園美術館の作品も、かの美術館の中で再度組み立てられて、展覧会が終われば解体されるわけで、細心の、とても神経を遣う作業です。


コレクション展Ⅲ 常設展示室5 青木野枝《Offering/Hyogo》関連資料、ドローイング

県美からの依頼を受けて

① 最初は「風のデッキ」ということで、風を遮らない風が通る立つものが浮かんだそうです。六甲山系と海を結び、何かが動いている様な、狭い空に地球が動いている様な。

海風(潮風)、山風(六甲おろしか?)で動く、動かない鉄の彫刻が、動くものとしての彫刻へと構想が広がっていきました。


青木野枝 《Offering/Hyogo》2025年

② 立つ造形から横にねかして、小豆島寒霞渓にある《空の玉》の様な丸い構想へと。

鉄の魅力は、自分の体内にも、地球の構成物としても存在する自然物で、アルミやステンレスとは違います。本作は「コールテン鋼」で表面に保護性さびを形成することで耐候性を高めた鋼材で「耐候性鋼」とも呼ばれています。時が経つにつれて酸性雨や自然現象で錆によってコーティングされていきます。

安藤忠雄建築とのコラボは、安藤忠雄設計による国際芸術センター青森に設置された《雲谷-Ⅰ》があります。

自然ではない幾何学的な安藤忠雄建築に自然の形の彫刻が映えます。

触りたくなる彫刻、触覚で確かめたい彫刻、優しく手で感じても良いそうです。


阪神・淡路大震災30年に設置される恒久的にそこにある彫刻です。神戸の震災後に日本で起きた大きな災害や現在の世界情勢(ウクライナもガザも含めて)を鑑みて、生きるもの全てに「捧げる」思いが込められています。「今の自分に精一杯の作品です」と話されていました。そこから《Offering/Hyogo》と付けられました。


県美は伊藤ハムの公益財団法人伊藤文化財団から支援を受け、これまでも多くの作品の寄贈も受けてきました。


「風のデッキ」へ上がる階段下にある 青木野枝《Offering/Hyogo》の銘板

本作は、作品となる前から公益財団法人伊藤文化財団による寄贈が決まっていました。作品のお披露目と贈呈式には県美の前にある渚中学校(フィギュアスケーターの坂本花織さんの出身校です)の2年生も招待されました。彼らにとっては、HAT神戸は生まれ育った地であり、県美のある風景は原風景です。青木野枝さんからも鉄の彫刻《Offering/Hyogo》についてのお話を聴講したそうです。現在を代表する現代作家の一人である青木野枝さんはとても素敵で気さくな方で、中学生たちはとても親しく感じたことでしょう。贈呈式の終わりに、一人の男子中学生が青木さんに握手を求めたそうで、かの鉄の彫刻を制作した作家の手を確かめたかったのかもしれない微笑ましい光景だったと林館長は話されていました。素敵なお話です。神戸から離れていく人も居るかもしれないけれど、県美のある風景や《Offering/Hyogo》や青木野枝さんから聞いたお話は、彼らの記憶に残っていくのでしょう。


兵庫県立美術館「風のデッキ」 山側を背に海に向かっての風景

これまで県美にあった屋外彫刻は男性作家の作品ばかりでした。女性作家の作品で具象でなく抽象的な作品を設置したいと林館長は考えられていたそうです。風が流れる、気流が流れる・・・兵庫県立美術館は神戸製鋼の跡地にあり、「鉄」繋がりも青木野枝さんの彫刻にはありました。(このお話を聴いた時そうやった!と手を打ちそうになりました)「鉄」も神戸の記憶にあったはず。

青木さんは、「屋外彫刻は設置の場を愛していないと作ることは出来ない」とお話になっていました。作品を作る構想の段階で伊藤文化財団が早々に寄贈することが決まり、美術館のコレクション展のマケットも見た清掃の方が「あれがこのようになったのですね」と青木さんに話かけられ、風のデッキも清掃されている。公開までに花に水をやる様に毎日作品に水を掛けた美術館スタッフさん、触れ合った中学生たち、この作品に関わった多くの人に感謝し、作品は慈しまれてこの地の記憶となっていくと思われたのではないでしょうか。


青木野枝 《Offering/Hyogo》 2025年

青木野枝さんの思いを綴ったハンドアウトが手渡され、それを青木さんが読み上げられました。

ハンドアウトからの引用

「・・・この強い建築と強い自然の狭間に、風や光の動きを彫刻として表現したいと思う。

海と山の間にあるもの。

そして空と、空の下で生きる私たちの間にあるものとして

彼岸と此岸の間に置かれるこの彫刻を

阪神淡路大震災の被害を受けられた全ての方々に捧げます」と結ばれています。


青木野枝オフィシャルサイト:https://www.aokinoe.jp/index.html

兵庫県立美術館「コレクション展Ⅲ 阪神・淡路大震災 30 年「あれから30 年-県美コレクションの半世紀」詳しくは⇒


プロフィール

morinousagisan
阪神間在住。京都奈良辺りまで平日に出かけています。美術はまるで素人ですが、美術館へ出かけるのが大好きです。出かけた展覧会を出来るだけレポートしたいと思っております。
通報する

この記事やコメントに問題点がありましたら、お知らせください。

こちらの機能は、会員登録(無料)後にご利用いただけます。

会員登録はこちらから
SIGN UP
ログインはこちらから
SIGN IN

※あなたの美術館鑑賞をアートアジェンダがサポートいたします。
詳しくはこちら

CLOSE

こちらの機能は、会員登録(無料)後にご利用いただけます。

会員登録はこちらから
SIGN UP
ログインはこちらから
SIGN IN

ログインせずに「いいね(THANKS!)」する場合は こちら

CLOSE
CLOSE
いいね!をクリックしたユーザー 一覧
CLOSE