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江戸時代の版画のうち「摺物」だけを展示する展覧会です。

葛飾北斎《やつし浄瑠璃十二段草子》中広奉書全紙判摺物 42.5×56.2 享和(1801~04)頃

あべのハルカス美術館で開催中の「広重 ―摺(すり)の極(きわみ)―」の連携展として、大和文華館で開催されている「レスコヴィッチコレクションの摺物―パリから来た北斎・広重・北渓・岳亭―」は、展示作品すべてがレスコヴィッチコレクションです。掲載画像は前期展示中の作品を撮影してきました。(本展はレスコヴィッチさんのご厚意により写真撮影OKとなっていました)

これまでも浮世絵展などで「摺物」は、見たことはあったと思うのですが、特に意識せず観てきたのだろうと思います。全く知識のないことから、本展図録から多くを引用しました。

 

それでは、「摺物」ってどういう版画のことをいうのでしょう。

「摺物」は、特別な注文によって制作された非売品の一枚摺で、売り物であった多色摺版画である錦絵とは区別されています。浮世絵師は総じて依頼されればなんでもこなしており、ほとんどの浮世絵師は錦絵も摺物も制作していました。「葛飾北斎とその一門を例外として」と書かれているのですが、錦絵とくらべて特注品ですから摺物の制作数はとても少なく、摺の枚数も比例して数十、数百、ゆえに伝存する数も少ない訳です。特注品として金銀や雲母を使って豪華に、空摺(エンボス加工)など彫摺に手間をかけたもの、特殊なテーマを扱ったものなどかなりマニアックとも言えるようです。明治以降、欧米へ大量に輸出され、日本に残る作品は少なく、よって「摺物」だけの展覧会も大変珍しいともいえるでしょう。

広重展でもレスコヴィッチコレクションは8割を有し、摺物だけでも650点を超える程に所蔵されているそうです。10年ほどの浮世絵蒐集でここまでのコレクションを形成しているレスコヴィッチさんって何者なの?と思ってしまいます。作品リストによれば、269点を前後期に分けて展示されます。


確かに精緻に描かれて彫り、摺られた摺物であるが、目の前に展開する作品群、背景を知らなければ、私の場合、江戸時代の木版画としてほーっと眺めて終わってしまっています。


葛飾北斎《買初の座敷》中広奉書全紙判摺物41.8×56.6 寛政10年(1798)

大和文華館ではいつものように各作品に丁寧な解説があるのですが、

展示作品の多くが狂歌関係の作品であり、また作品サイズも「奉書」が基本のようでした。目録に使う紙のサイズで、それを折って畳んで。「目録」を私は日頃目にしないし、使わないからそもそもがそうなのかと目で見て確認。

メインヴィジュアルや上記のもののように上下に絵と文字を入れ、真ん中で折るのが一般的な形態です。絵だけが残ったもの多いが、本来は文字部分が重要でそこに挿絵を添えたともいえるかと思います。狂歌に加え、「やつし」や「見立」もかなり厄介。内容が分からないと(それなりの教養がないと)何が描かれているかは見ただけでは分かりません。こちらは、下段に狂歌が掲載されています。

江戸狂歌については、『狂歌連中 摺物をつくる』として本展図録に法政大学教授 小林ふみこ氏が寄稿されており、とても興味深く拝読。それによれば、

江戸狂歌は1780年代に「天明狂歌」と呼ばれるほどに一大ブームとなり、狂歌摺物が作られ始めました。狂歌グループを「連」といい、そのリーダーが名人の「判者」です。限定制作で非売品のマニアックで贅を尽くした摺物制作は、費用もそこそこかかるが、文化の香りも纏い、狂歌は旦那衆の高級な遊びであり、それを一手に引き受ける判者には重要な収入源だったようです。江戸狂歌は幕末まで流行は続きますが、摺物制作は文政期(1818-1830)を頂点として、天保(1830-1844)後半以後は下火になってゆくのは、天保改革も影響していたのでしょうか。摺物が制作されたのは、60年ほどだったようです。


左から:葛飾北斎《元禄歌仙貝合 みなせ貝》19.5×17.7《元禄歌仙貝合 ほら貝》19.6×17.4《元禄歌仙貝合 梅のはな貝》19.5×17.5 色紙判摺物 文政4年(1821)

第1章    北斎

浮世絵界の巨人は、摺物の制作数でも浮世絵師中最大で、千点を超えると推定されるそうです。宗理から為一期初期まで、1794年頃から1824年頃までに制作したものが殆どです。

メインヴィジュアルの葛飾北斎《やつし浄瑠璃十二段草子》は、当世風の風俗にやつして描かれた、常磐津のお浚い会の案内状だそうです。

「元禄歌仙貝合」は、色紙判摺物の代表作で、狂歌堂真顔率いる四方側(大田南畝を中心にした狂歌師グループ)の春興狂歌摺物です。



左から:魚屋北渓《花見五番続 ひざをつく女性》21.3×18.4《花見五番続 若衆》20.9×18.5 《花見五番続 羊の裏地の羽織》21.2×18.0《花見五番続 短冊をもつ娘》19.9×17.9《花見五番続 三味線》21.0×18.5 色紙判摺物 文政6年(1823)

第2章    北渓・岳亭と北斎門人

北渓と岳亭による色紙判のシリーズ摺物が多いのが特徴。

魚屋北渓の「花見五番続」は、花見幕を背にした五枚続きで、「幕に散らされる丸みを強調した「の」の字は、芬陀利家庵初代を名乗った朱楽菅江(あけらかんこう 1740-99)の特徴的な筆跡を模して、以降、朱楽連中の印となったもの」との解説。分かるような分からないような。(※ウィキペディアによれば、朱楽菅江は天明狂歌ブームを築いた狂歌三大家の一人)

かように、狂歌独特の用語が多く解説を読むにしてもスッとは入って来ませんでした。


岳亭春信《注連飾りに月》色紙判摺物 19.8×17.9 文政(1818~30)末~天保(1830~44)初期頃

黒地に浮かび上がる二十六夜の月と注連飾。紙垂の部分は空摺。洒落ています。


左から:二代歌川豊国《八代目(八代目市川団十郎の外郎売とらや藤吉と三代目市川新之助の茶屋廻りの新助)》色紙判摺物八枚組のうち 19.8×18.3 天保3年(1832)/ 歌川豊国《六代目小玉団十郎》色紙判摺物八枚組のうち 18.9×17.9 天保3年(1832)/ 歌川豊国 《元祖才牛団十郎》 色紙判摺物八枚組のうち 19.6×18.2 天保3年(1832)

第3章    国貞・国芳・広重と歌川派

歌川派の摺物は役者絵が多いのが特徴。

八代目市川団十郎襲名披露興行に合わせて、初代から八代までを描いた八枚の大首絵が描かれました。

今も昔も団十郎は特別!


歌川国貞《七代目市川団十郎の暫》色紙判摺物 21.1×19.8 文政5~6年(1822~23)頃

七代目団十郎が顔見世興行において毎年のように演じる暫の図です。

役者絵となると、なんだかワクワクニヤニヤしてきます。


歌川国芳《雪月花 雪 六代目岩井半四郎 》色紙判摺物三枚組の中 20.5×18.4 天保4年(1833)頃

国芳といえば猫。

11代長州藩主毛利斉元は、狂歌師「江戸廼花也(えどのはななり)」として私家版の狂歌摺物を数多く制作しました。国芳に依頼した三枚組「雪月花」の「雪」です。左上の雪輪枠のこま絵には顔見世番付が描かれています。


左から:窪俊満《霞連 群蝶画譜 俊満制 花の枝》18.9×16.7《霞連 群蝶画譜 俊満制 時むねか》19.3×17.1《霞連 群蝶画譜 俊満制 つばさには》19.9×18.2 色紙判摺物 文化(1804~18)末頃

第4章    清長・俊満・英泉・他

後期展示の清長の摺物「藤間芳名開き公演摺物」は、「当時最高の奉書を用いた豪華な摺物で、他に伝存例を知らない珍品」とあり、後期に出かけられる方は必見です。

窪俊満は、絵師にして、著名な狂歌師でもありました。「霞連 群蝶画譜」は、色も模様もとりどりの蝶や蛾を描く全七図シリーズ。


勝川春英・泉目吉・歌川豊国・長谷川雪旦・葛飾北斎《常磐津文字喜名浚い会摺物》大奉書全紙判摺物 39.5×53.6 享和3年(1803)

常磐津文字喜名による常磐津節のお浚い会の案内状。5人の絵師による合作摺物で、依頼があれば、流派も超えて参加し、それぞれの個性を発揮しています。

如何でしょう。狂歌という世界が分かると更に面白味が増す事とは思いますが、かなりマニアックな世界です。画像から空摺りなどの精緻で美しい摺が伝わらなかったのは残念です。決して大きな作品ではないので、単眼鏡必携の上お出かけ下さい。

「摺物」の魅力に迫る浅野秀剛館長直々の講座や毎週土曜日には列品解説も開催されています。ご興味のある方は是非是非!大和文華館は美術館としてもとても素敵な美術館です。


【開催概要】レスコヴィッチコレクションの摺物ーパリから来た北斎・広重・北渓・岳亭ー

  • 会期 : 2024年7月9日(火)~2024年9月1日(日)
  • 前期:7月9日(火)~8月4日(日)/後期:8月6日(火)~9月1日(日)
  • 会場:大和文華館
  • 開館時間:10:00~17:00 (最終入場時間 16:30)
  • 休館日:月曜日、7月16日(火)・8月13日(火)※ただし8月12日(振替休日)は開館
  • 観覧料:一般 950円/高校・大学生 730円/小学・中学生 無料 お安い!

※あべのハルカス美術館で同時期(7月6日~9月1日)に開催されるあべのハルカス美術館開館10周年記念「広重 ―摺(すり)の極(きわみ)―」との相互割引あり


プロフィール

morinousagisan
阪神間在住。京都奈良辺りまで平日に出かけています。美術はまるで素人ですが、美術館へ出かけるのが大好きです。出かけた展覧会を出来るだけレポートしたいと思っております。
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