髙山辰雄展
佐川美術館|滋賀県
開催期間: ~
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三山の一人 髙山辰雄ってどんな作品を描いていたかしら
髙山辰雄(1912-2007)という日本画家を杉山寧(1909-1993)、東山魁夷(908-1999)と共に三山と呼ばれていたことは知っておりましたが、はて、どんな絵を描いたかしら?と思うと代表作が思い浮かばなかった私です。
アートアジェンダさんからチケプレでチケットを頂戴して、琵琶湖に浮かぶような美しい佐川美術館、コロナ前に伺ってから久々の訪問になりました。
JR西日本神戸線は、とにかく遅延が多い。京都線や東西線、更には北陸線、湖西線の遅延の影響もうけ、さぁやっとこさ夏休みが終わり出かけようとした日に、大阪まで出たが敦賀行の新快速が来ず、2時間に1本しかないバスに乗れないなと、急遽藤田美に行き先を変更しました。ゲリラ豪雨に遭うと湖北から帰ってこられないかもと覚悟しながら出かけてきました。堅田からバスに乗って琵琶湖大橋を渡る、快晴の琵琶湖は美しかったです。
夏休みも過ぎた湖畔の美術館は空いていました。
髙山辰雄の生涯を丁寧に追った展覧会でした。
見終えて一番に感じたことは、岩絵具で作り上げる絵肌、画面作りにこだわった重厚な画面の日本画家さんでした。杉山寧と同じ松岡映丘に師事しながらも、線を重視した絵でなく、色彩や色面で人物画を中心に描いた日本画家でした。そこはゴーギャンから影響を受けたことも大きかったでしょう。
日本画が立ち行っていくのが容易ではない時代に、(あの時代のどの日本画家も感じていただろうけれど)髙山も日本画の新しい表現を追い求めました。(その追究した先は当然のことながら同じではなく、それがそれぞれの画家の画風、個性となったのでしょう)中心となるモチーフも勿論なのですが、人物画をメインとして、その背景作りにも苦心が見て取れたように思いました。展示会場を先に進むにつれて、ドンドンと画風が確立していくのが伝わってきました。重厚な画面作りというのでしょうか。対象との向かい方などにも感じました。
大分出身で、福田平八郎は小学校の先輩でした。(小学校の前が平八郎の実家でした)写生を生涯の基本とした平八郎も敬慕し、「筍」を描いた作品に平八郎を見ました。また、かの地は田能村竹田などを輩出し文人画が盛んな地域であったため、髙山が墨で描いた文人画風の風景画も瀟洒で良かったです。上手い人はなんでも描ける。人物画で有名な髙山ですが、1/3は風景画も描いており、望郷の念を風景画として描いていました。大分県美はええ作品いっぱい所蔵されていると今回改めて気づきました。
名を成してから静物画も描いています。代表作の「牡丹」は、何重にも岩絵具を塗り重ね画面作りに拘り、生花を写しとるというよりは、華麗な造花を描いた装飾的絵画でした。
東山魁夷も杉山寧も若い頃にドイツへ留学しています。髙山も名を成してから海外へ出かけていきましたが、若い頃にピエロ・デ・フランチェスカなんかをイタリアで目にしていたら更に違った領域へ踏み込んでいたかもと思ったりもしました。
この世代は戦争に召集された世代なのですね。佐川美術館で常設されている彫刻家・佐藤忠良や舟越桂さんのお父様、保武さんも1912年生まれで、ご近所さんだったらしいです。常設の「佐藤忠良」展示室は本展にも関連した展示でこちらも興味深く回りました。
私が言及するまでもない事ですが、佐川美術館へ出掛けたら、琵琶湖の湖面と同じ水面下に埋没する茶室見学は強くお薦めです。比良山系の吹き下ろす風の冷たさをヒシヒシと受けながらも冬の佐川美術館もお薦めです。
次は、杉山寧をまとめて観たいかも。
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- BY morinousagisan