大人の救い

「決断するとき」を観に行った。
アイルランドの小さな町で炭鉱商人として暮らすビルが、修道院で過酷な扱いを受ける少女に助けを求められる。クリスマスの夜にビルが下した決断とは?
(以下含ネタバレ)

表現的な面が面白かった。まず本作は近景、中景から構成されていて、遠景が少ない。それによって無意識のうちに閉塞感を感じていたみたいで、帰りに地下鉄で帰るの無理だった。
俯瞰的な視点がないぶん説明的じゃなくて、間接的に状況を説明していた。ビルが仕事から帰ると洗面台に水とお湯を溜め、石鹸とブラシで手を洗う。だから手が黒いときは仕事中なんだってわかる。
また、人物の大写しが多くて肖像画みたい。人の表情を読み取るのが苦手な私でも、登場人物の心情が伝わってきた。
それからピント。ピントが合うときにはその人物が後ろを向いていてもお構いなくピントが合ってそれ以外の人物はぼやける。しかしピントが合っていなくても、他の人物の表情や視線が想像できる。
そして場面中の音と音楽の組み合わせ。心情描写を音楽だけに任せるのではなく、そこからビルの呼吸へと移行していった。エンディングにも音楽がなくて、トラックの音、鳥の鳴き声、修道院の鐘の音など、場面の音が流れる。作中でもそういった場面中の音が印象的だった。
「フレワカ」の老女ペグにマグダレン洗濯所(ソコウフリョウの少女たちの更生を目的とした収容施設)にいた過去があったため、それについて知れるかと思ったけど修道院の内情は間接的で、現状を知ったビルの葛藤と決断がメインだった。
幸せな人ほど現状に満足していて現状を変えたくないから、人を助けられないんだとわかった。
ビル自身にも未婚の母の子として迫害された過去があり、大人は過去の自分を救うことを求めて生きているんだと思う。
ビルの選択は家父長パワーを感じないこともない。ビルの選択は家族全員に影響を与えるものなのに独断で決めているから。でも、人道的行動をとるときは、先に大きなことを決断して、そのあと対話していくことが大事なのかなと思った。
