音声ガイドのデビュー

私は国立国際美術館が大好きである。天井がガラス張りのためエスカレーターで建物の内部に降りていくとき海底に潜っていくように感じるところも、メインフロアが全部地下なところも、各フロアのトイレのアクセスがよいところも(エスカレーターのすぐ傍にある)、企画展が現代の国内外の多様な作家を扱っていて毎回刺激を受けるところも、においも、全部好きである。レストランのメニューがわんぱくすぎて私の胃袋が食指を動かさないのは私のせいなので不問とする。
ただ、1点だけ満ち足りないところがあって、それはコレクション展が刺さらないことである。「Undo, Redo わたしは解く、やり直す」は楽しかったのだが、その後のコレクション1も今回のコレクション2もいまいちよくわからなかった。どうすればいいんだろうと考えた結果、音声ガイドを聴いてみてはどうか、という結論になった。
私は詳しすぎるキャプションが苦手だ。「この作品は〇〇を表現している」と端的に説明してあると、その作品の解釈がそれで完結してしまうような気がしてしまうのだ。作品が〇〇を表す記号のようになってしまい、作品そのものを鑑賞する意味がないように思ってしまう。そういう偏見から、どんな俳優さん、声優さんが担当していても、音声ガイドはスルーしてきた。
が、自分の力だけでは限界がある。愛する国立国際美術館のコレクション展を楽しむためだと思い、アプリを落として音声ガイドを300円で購入した。

リチャード・タトル「場」シリーズ。濡れた色とりどりのティッシュが金網に引っかかったようにしか見えない。音声ガイドを聴いてみる。ワイヤーメッシュに綿をはめ込み、それに染料を垂らした作品だそうだ。いろいろなファクターによって染料の浸透の速度が変化し、その結果、綿に色むらや発色の違いが生じるという。タトルはこれをアクション・ペインティングと呼んでいたらしくて興味を惹かれる。アクション・ペインティングにしても、元永定正のたらしこみにしても、作者の意図を離れた偶然の要素が大きいのはシュルレアリスムと繋がっているような気がする。
横山奈美「Shape of Your Words――T.K.――」。てっきり写真だと思っていたら油絵だった。人にLOVEと書いてもらい、それを象ったネオン管を発注してそれを絵に描く。
小川信治「アジェ・プロジェクト」。写真家アジェの撮ったパリの街並みを鉛筆画で描いたもの。
今井俊介「untitled」。まずパソコンで制作したイメージを紙に出力しそれを折ったりしたあとデジタル撮影してパソコンに取り込み、それをキャンバスにプロジェクターで投影してアクリル絵の具で描いたもの。
全員手間のかかることをしているなぁという感じだが(こういう情報はやっぱり教えてもらわないとわからない)、それぞれの方法、ルール、儀式で現実と向き合い、それを表現しようとしている点でやっぱりシュルレアリスムの射程を感じる。
そうやって見ていると、マックス・エルンスト「灰色の森」、ジャン(ハンス)・アルプ「カップか果実か」、ジョゼフ・コーネル「無題(北ホテルへ)」が展示してあってシュルレアリスム展やんと思った。コレクション2は、大阪中之島美術館のシュルレアリスム展を待っていたのか。
というわけで今回はじめて音声ガイドを利用したが、鑑賞を制限されることはなくて、知識を補って作品間のつながりを見つけることができた。音声ガイド、そんなに悪くないかもしれない。アプリ版だと配信期間中は家でも何度も聴けるところもよい。
