4.0
日本画と言い切ってる。
最終日に滑り込みです。
既に観た方から「中村正義とその仲間展だった」ということで中村作品はそんなに量がないような話だったのですが、いやいや、結構ボリュームありました。
一番興味深かったのは、初期に髙山辰雄の影響をストレートに受けていること。
先日市川市東山魁夷記念館で「髙山辰雄の芸術〈森羅万象・日月星辰への道のり〉」展を観た時には、一世を風靡したと言われても正直わからなかったのですが、髙山の絵が2点、その後に続く中村の絵を見ればその意味が充分に理解できるほどでした。
アート先輩から聞いた話だと、中村はパンリアルなどから誘われても断ったりしているようなんです。それが初期とはいえこれだけ影響を隠さないというのはすごいことだなと思いました。
また大きな絵が多く、特に屏風などは見ごたえたっぷり。代表作がずらりで圧巻でした。
水俣についての絵だという1974年の「何処へいく」を見たところで、「ああ、これはこの会場で全部理解できないな」と諸々宿題を持って帰ることになりました。つまり彼は前衛芸術家として、時代と密接にリンクした活動を意識していたのは明らかで、それは日本画という枠組みに関わらない活動であったので、自分にもう少し知識がないと読み解けない部分があるのがはっきりしたからでした。
そういう活動をしても、中村は自分の絵を日本画だと言っているんですよね。紙にアクリル絵の具で描いていても。あそこまで徹底的にやったとしても。そこがすごくいいと思うんだけど、でも謎でもあります。
彼は人生の最終章で墨絵に戻っていくんですが、そこでもやっぱり「自分は日本画の画家だ」というのは絶対に意識があっただろうと感じるんですよね。では彼の思う「日本画」ってなんだろう?と・・・。すぐには答えは出ませんが、時間を掛けて自分なりに見つけてみたいと思いました。