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歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力

歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力

大阪中之島美術館|大阪府

開催期間:

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『歌川国芳展 ―奇才絵師の魔力』後期展示が始まりました。

本展と前期展示についてはすで拙アートブログ「江戸っ子国芳 浪花で大暴れ」にも書きましたが、出展数が約400点もあり、前後期でほぼ展示替えとなっています。
※撮影可の作品は通期展示の作品で同じ作品です。

歌川国芳(1797-1861)、歌川広重と同い年で、歌川派の祖、歌川豊春の系譜にあります。国芳と広重は、今年のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の主人公蔦屋重三郎(1750-1797)が亡くなった年の生まれです。
30代初めに「水滸伝」のヒーローたちを描いて、一躍人気浮世絵師となりました。10代で初代豊国に弟子入りしての遅咲きの国芳です。水滸伝シリーズの中でも水中での水門破りを描いた『通俗水滸伝豪傑百八人之壱人 浪裡白跳張順』が代表作だそうです。武者絵を人気ジャンルに押し上げた国芳ですが、水滸伝シリーズにしても国芳に描いてほしいと注文が入ったからこそです。国芳に目を付けた版元と、国芳の画力をいかんなく浮世絵に仕立て上げる彫師、摺師の力量も凄い!
水滸伝シリーズで当たった国芳は、持ち前の画力で大胆な構図に物語の武者を描写し、大判3枚続きをそれまでの1枚1枚ずつでも成立する描き方でなく、3枚全面のワイドスクリーンに描きあげていきました。
江戸っ子気質にして、弟子も多く面倒見も良かったのでしょう。国芳の猫好きはよく知られており、近年の猫ブームにも国芳人気に拍車をかけたのではないでしょうか。


子ども好きな国芳が描く子ども武者絵
国芳は実は子ども好きでもあったのです。根っこが優しい人だったのでしょう。子どもを主人公にした武者もたくさん描いており、通期展示の《坂田怪童丸》に加えて後期展示では《鬼若丸の鯉退治》など怪童丸(金太郎)5点、鬼若丸3点、牛若丸1点、桃太郎も1点と子どもの武者絵が多く展示されています。着物の模様も国芳作品を観る楽しみの1つです。《鬼若丸の鯉退治》の小袖にご注目!鯛車、でんでん太鼓、風車などの子どものおもちゃ尽くしで、手足も筋骨隆々ではなくプクプクしています。

「天保の改革」への批判精神をユーモアで描く
《源頼光公館土蜘作妖怪図》が後期に展示されています。画題は平安時代を舞台にした歌舞伎でも有名な蜘蛛の糸をパァーと投げる「土蜘蛛」のお話です。源頼光は病床にあり、彼に蜘蛛の巣かの半纏を掛ける土蜘蛛と宿直の四天王、彼らの背景にはけったいな妖怪たちが左右に分かれてワァーワァーを何かを喚いているよう。しかし、異界の出来事なのか気配にも声にも気づく様子はない。赤ら顔の坂田金時と碁に興じる卜部季武(うらべのすえたけ)の着物の紋が「沢瀉紋」、天保の改革を主導した老中水野忠邦の紋です。それに気づいた江戸っ子たちに、この絵は天保の改革を暗に風刺したものであると浮評がたち、江戸中の大評判となりました。つまり、卜部季武は水野忠邦、頼光は将軍家慶とされたのです。背後にいる化物の群れは、楽しみも奪われうっぷんがたまった庶民たちだと思われます。歯の無いお化けは、改革で職を失った噺家(「噺=歯無し」ということだそうで)とダブルミーニングですね。
表立って何かをそのまま描きだすのではなく、見る人に何が描かれているか、何を意味しているかなどを様々に推察させるような絵画を「判じ絵」と呼びます。本作は、笑いを誘う画面に痛烈な批判精神を内包した「判じ絵」の筆頭格と言えるそうです。「判じ絵」の解釈に面白さを見出した当時の庶民たちにも反骨精神を面白がる気質があったということでしょう。

私は国芳の美人画にも惹かれております。天保の改革で当時のトップアイドルだった「推し」の役者や遊女を描くことが禁じられ、描かれているのは健康的な町娘の日常、歯を見せてちょっと受け口にも見える女性像は愛嬌があり、当時の風俗も伝えています。

国芳の肉筆画から
国芳の肉筆画はまだ研究が進んでいないということですようですが、後期展示《水を吞む大蛇》は、墨のモノクロ画で、薄気味悪い作品です。山の谷間からヌーと出てきたウワバミがズルズルと水を呑むというよりも吸いつくしているかのようで、背筋がぞわーっとしました。蛇年にしてもこれはないわー。

後期展示の戯画の代表作
描くのを禁じられた役者や遊女を動物などに演じさせて国芳は世相を批判します。百鬼夜行図なぞ擬人化した戯画がとても苦手な私ですが、猫づくしは大丈夫のようで、歌舞伎や浄瑠璃で人気の役を猫が演じる浮世絵版画シリーズ「流行猫の狂言づくし」の1作、後期展示《流行猫の狂言づくし 団七九郎兵衛ほか》は、「夏祭浪花鑑」を猫たちが演じる大阪ゆかりの作品です。見えを切る猫に猫の肉球紋付きに「猫に小判」なのか小判模様の裃を着て口上を述べる猫、洒落が効いています!

戯画の代表作の1つとして図録のカバーにもなっている《朝比奈小人嶋遊》大判三枚続で、籠細工の朝比奈人形の巨大さが強調されています「江戸版・ガリバー旅行記」と形容されています。同じような絵を広重で見たなぁと図録を繰ってみると文政2年7月の江戸両国橋西詰での籠細工で大江山酒呑童子でした。見世物小屋で巨大な籠細工を展示するのが流行っていたのですね。

あれは東京スカイツリーなのか
隅田川沿いの光景を描いた風景画のシリーズには西洋風表現を取り入れて描いています。このシリーズのうちの1点《東都三ッ股の図》遠景に描かれた高い建造物が東京スカイツリーに似ていると話題になりました。実は、火の見櫓の隣の高い建造物は、井戸を掘るために一時的に建てられた櫓ではないかと考えられています。それよりも気になるのが、前景に立ち昇る煙と空の雲の表現です。西洋の銅版画もかなり研究しており、風景画では陰影や遠近法を積極的に取り込んで描こうとしています。

自分を描き込んだのか
国芳は自画像を描くことは少なく描いてもわざと後ろ姿などです。彼の姿を知るよすがは国芳門人が描いた死絵です。後期には歌川芳富が描いた《国芳死絵》が展示されています。若くして亡くなった門人を従えての死出への旅路、左手には猫の根付が付いた煙草入れを持っていて、親分肌らしい国芳の姿を伝えています。
後期展示の《高輪大木戸の大山講と富士講》は、多くの群衆が描かれた群像表現です。手前に描かれている白装束に金剛杖の人は「富士講」の面々で、その奥に描かれているのは大山へ大山詣での「大山講」の人たちです。大山講が掲げている提灯には「一勇」とあり、国芳の画号です。「火事と喧嘩は江戸の華」とばかりに国芳は典型的な江戸っ子だったそうで、前景中央で一派の先頭に立って、右の一派と喧嘩腰で言い合っているのが国芳ではないかと言われています。べらんめい調でまくしたてる声が聞こえてきそうな作品です。

国芳は多くの門下生を育て、その系譜は昭和までも続き、それも国芳人気の一因でもあるでしょう。大胆な構図や鮮やかな色彩、劇画的な描写に目がいきますが、細部にも工夫やユーモアがあり見れば見る程に面白さが出てくる国芳です。

ぜひ後期展示もお楽しみください。それにしても展示作品はすべてお一人の所蔵らしくそこにもびっくりでした(=・ω・=)にゃ~♥

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