シュルリアリスムとトマソンは共存するのか?
【拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ】
展覧会を訪れてから1か月。
今になって、その内容がじわじわと響いています。自分なりに少し考察してみました。
なお、用語の定義などは主にWikipediaなどを参考にしています。
では改めて、原点である『シュルレアリスム宣言』に戻ってみます。
「心の純粋な自動現象であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、
思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、
美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり」
この手の方々は、簡単なことをわざと難しく言うことを生業としているのでしょうか……。
要は、「自分の意識外でできあがったものを、誰にはばかることなく記録する」ということだと解釈しました。
今回はこの考えを土台として、話を進めたいと思います。

さて、実際のシュルレアリスムの手法について、ハッと気づいたことを書いていきます(こちらが本題です)。
「デペイズマン」は、異なった環境に置くことを意味するフランス語で、シュルレアリスムの手法のひとつです。
日常から切り離した意外な組み合わせを行うことで、受け手に強い衝撃を与えるものです。
アンドレ・ブルトンはこれを「客観的偶然」の概念として提唱しましたが、その定義は以下の通りです。
「偶然とは、人間の無意識の中に道を切り開く、外的必然性の発現形態ということになるだろう」
これをごく平易に言えば、「何か別の意図があって作業した結果、思いもよらぬものが現れた」ということになるでしょうか。
そんな折、昨年末にYouTube動画で「これはデペイズマンではないか?」と思うものに出会いました。
それが「超芸術トマソン」です。
赤瀬川原平氏らによって提唱された概念で、以下のように定義されています。
「存在がまるで芸術のようでありながら、その非実用において芸術より芸術らしいとされる物を『超芸術』と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ」
ちなみに名称の由来は、当時読売ジャイアンツの選手だったゲーリー・トマソン氏です。
高給取りでありながら三振ばかりで役に立たなかった(失礼!)ことから、
この「無用の長物」の代名詞にされてしまったという、なんとも可哀想な経緯があります
(おや、グリーンウェル? 何のことやら……)。
※参考動画:【超芸術トマソン / 解説】超・超・超芸術トマソンはいいぞ!!!!!【#諸星めぐる】
実際にトマソンに該当する写真を見れば、私が「デペイズマンだ」と言った意味も理解していただけると思います。
以前、中之島美術館のレポート(リンク)を作成した際は、悪戦苦闘したのは読んでいただいた通りです。
しかし、美術館という閉鎖空間ではなく、現実世界でトマソンを目にした時の強烈な違和感こそが、
シュルレアリスムでありデペイズマンだと感じました。

ここで、もう一度定義に立ち返ってみます。
「心の純粋な自動現象であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。」
これをトマソンの発生プロセスで「翻訳」してみると、
- 【自動現象】:工事担当者の意図(便宜上の判断)であって、芸術的な表現の意図はない。
- 【あらゆる方法を用いつつ / 思考の実際上の働きを表現】:建築物という手段を用い、あくまで工事の完遂という目的のみに従って表現された。
- 【理性による統制・美学上の気づかいがない】:狙って作ったわけではなく無意識の産物であり、美しさや道徳を求めた結果ではない。
さらに、デペイズマンの「異なった環境に置く」という点についても、
- 看板の上に取り残された「無用階段」
- 本来の通路としての役割を失った「無用門」 などは、あるべきところとは「異なった環境」にあるといえます。
また、「偶然とは、人間の無意識の中に道を切り開く、外的必然性の発現形態ということになるだろう」という言葉についても、
トマソンはまさに「芸術として意識的に置かれたものではなく、
別の意図(工事の都合など)によって、やむを得ず生まれてしまった必然の状態であると言い換えられます。
結論として、
超芸術トマソンはシュルレアリスムとの相性が非常に良く、
特にデペイズマンの手法と深い共通点を持っていると考えられます。
私にとって、絵画としてのシュルレアリスムは「強烈な違和感を楽しむ」ものでしたが、
トマソンは「見つける喜び」と「日常生活に潜む違和感」を楽しむものです。そこが最大の違いかもしれません。
今後はシュルレアリスムとトマソンを相補的に鑑賞することで、より理解が深まっていくのではないかと感じています。
