アサヒグループ大山崎山荘美術館 ASAHI BEER OYAMAZAKI VILLA MUSEUM OF ART

アサヒグループ大山崎山荘美術館アサヒグループ大山崎山荘美術館

アサヒグループ大山崎山荘美術館についてABOUT ASAHI BEER OYAMAZAKI VILLA MUSEUM OF ART

アサヒビール大山崎山荘美術館は、7月1日から「アサヒグループ大山崎山荘美術館」へと館名が変更されました。※2022年1月のアサヒグループジャパン発足に伴い、所有者がアサヒビールからアサヒグループジャパンに移行したことにより館名が変更となるものです。

アサヒビール大山崎山荘美術館は、関西の実業家・故 加賀正太郎氏が大正から昭和初期にかけ建設した「大山崎山荘」を創建当時の姿に修復し、安藤忠雄氏設計の新棟「地中の宝石箱」などを加え、1996年4月に開館した。

加賀正太郎氏の没後、加賀家の手を離れた大山崎山荘は、平成のはじめには傷みが激しく荒廃寸前となり、さらに周辺が開発の波にさらされるなかで、貴重な建築物と周囲の自然の保護保存を求める声が多くあがっていた。

加賀氏は、ニッカウヰスキーの設立にも参画し、アサヒビールの初代社長であった故 山本爲三郎と同じ財界人として深い親交があったため、京都府や大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社は、行政と連携をとりながら、山荘を復元し美術館として再生することとなった。

アサヒビール大山崎山荘美術館では、貴重な建築物や美しい庭園を後世に遺すとともに、美術館としての個性を生かした企画展示など、独自の文化発信を行っている。


◆コレクションについて
アサヒビール大山崎山荘美術館の所蔵品の中核を成すのが、美術館開設に際して寄贈された山本爲三郎(ためさぶろう)コレクションである。

朝日麦酒株式会社(現アサヒビール株式会社)初代社長を務めた山本爲三郎(1893-1966)は、大阪の船場に生まれ、17歳のときに父親の興した製壜業山爲硝子(やまためがらす)製造所を若くして継承した。

山本は、さまざまな課題にあたっては先達の意見に耳を傾けるとともに、事業の整備・拡充に努めながら、やがて生涯の仕事となるビール製造の事業に参画することとなる。たゆまぬ努力で事業を広げる一方、芸術文化活動への支援にも熱心であった。

ことに、際立った熱意をもってとり組んだのが、柳宗悦が提唱した民藝運動への支援である。民藝とは、1925年に柳宗悦、河井寬次郎、濱田庄司らが「民衆的工藝」を縮めてつくった造語であり、急速に進む近代化のうねりのなかで、彼らは手仕事の復権や美の生活化を訴えていた。

また、純粋な大阪人の正統を継ぐ山本は、大阪の将来のため国際的に誇れるホテルをとの夢を抱き、第二次世界大戦後に進駐軍の接収下にあった新大阪ホテルを継承発展させた、大阪ロイヤル・ホテル(現在のリーガロイヤルホテル大阪)の設立に心血を注ぎ、1965年には、ホテル内のメイン・バーとして「リーチ・バー」を開設した。

リーチ・バーは、山本がバーナード・リーチや濱田庄司と相談しながら骨子を固めたもので、「用の美」を全体で味わうことのできるバーとして、現在でも多くの人びとに愛されている。

山本爲三郎コレクションの主体である、河井、濱田、リーチ、富本憲吉の陶磁器と、柳宗悦らが招来した東西の古作工芸の佳品の数々は、山本と、彼が第一級と認めた名匠たちとの生涯変わらぬ厚い交誼の証しであり、民藝運動への支援の記念碑ともいえるものである。

◆建築について

・本館 加賀正太郎設計 (監修)
美術館本館は、加賀正太郎が別荘として設計し、「大山崎山荘」と名づけた。大正時代に木造で建てられたのち、昭和初期に大幅に増築されている。

若き日に欧州へ遊学した加賀は、イギリスのウィンザー城を訪れた際に眺めたテムズ川の流れの記憶をもとに、木津、宇治、桂の三川が合流する大山崎に土地を求め、1912年から山荘建設に着手した。第一期工事は1917年頃に完成。当時の山荘は、現在の本館玄関ホール部分にあたり、イギリスで実見した炭鉱夫の家に想を得たという。

1922年に加賀は早くも山荘の改造に着手し、現在の本館は、1932年頃に完成した。上棟部は、イギリスのチューダー・ゴシック様式に特徴的な木骨を見せるハーフティンバー方式をとり入れ、鉄筋コンクリート造、屋根部分には鉄骨が組まれている。現在喫茶室として使用している本館2階のテラスからは、当時そのままに三川が流れる壮大な風景を眼下にすることができる。

・山手館「夢の箱」 安藤忠雄設計
大山崎山荘着工から奇しくもちょうど100年を経た2012年、安藤忠雄設計による新棟、山手館「夢の箱」が竣工した。睡蓮の花が咲く池のほとりに建つ、地上1階建ての山手館は、円柱形の地中館「地中の宝石箱」とは対照的に、箱形で構成されている。

池に面した本館1階テラス[展示室1]から栖霞楼(せいかろう)を望む往来の景観を崩さぬように、建物は周囲の木々に埋もれるように配置され、さらに上部には植栽がほどこされているため、直線的なコンクリートの建物が天王山の自然に不思議と溶けこんでいる。

山手館が建つ場所には、その昔、蘭栽培で名を馳せた大山崎山荘の温室があった。本館と山手館をつなぐガラス張りの廊下は、温室へといたる通路として使われていた。

利用案内INFORMATION

アサヒグループ大山崎山荘美術館 公式サイトURL
https://www.asahigroup-oyamazaki.com/
所在地
〒618-0071 京都府 乙訓郡大山崎町銭原5-3
TEL 075-957-3123 (総合案内)
最寄駅
JR京都線「山崎駅」、阪急京都線「大山崎駅」より徒歩約10分
開館時間
10:00〜17:00 (最終入館時間 16:30)
定休日
月曜日 
※月曜日が祝日の場合は翌火曜
※年末年始、臨時休館日
※その他、今年度の休館日は、本サイトをご確認ください
入館料・観覧料
一般 企画展ごとに異なります。展覧会ページをご確認ください。
高・大学生 500円(400円)
中学生以下無料、障害者手帳をお持ちの方 300円
※( )内団体20名以上料金
割引クーポン
特になし
美術館名 よみがな
あさひぐるーぷ おおやまざきさんそうびじゅつかん

アクセスマップACCESS MAP

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アサヒグループ大山崎山荘美術館
〒618-0071 京都府 乙訓郡大山崎町銭原5-3  TEL 075-957-3123 (総合案内)

アサヒグループ大山崎山荘美術館についての感想・評価REVIEWS

5.0

癒しの空間

閑静な場所にある緑にあふれた、異空間、という気がします。

随分と前になりますが、最初に訪れた際には、西洋建築、という感があったのですが、民藝がちりばめられているからか、ちょっとした日本庭園のような場所もある(いつの間にかできた?気づかなかった?)、運よく桜の時期に訪問できれば、桜も堪能できる!など、季節を問わず、癒しを求めてトリップしたい際にはよいミュージアムだな、と感じました。

送迎バスに乗れた際には、VIPな気分になります。
(私の場合は・・・、慣れるとJRの駅からは近いので、良い天気ならば、ちょっとした散策・気分転換を兼ねて、徒歩で訪問しています。美術館の門から坂道なので、遠方から来る方などは、行きはバス、帰りは、徒歩な… Read More

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roba50filmさん、amyさん、TomTさん、他3人

5.0

異空間

JR山崎駅・阪急大山崎駅から近く、京都や大阪からのアクセスもいいので、平日午前中の訪問でも来訪者がたくさんいました。美術館に駐車場がないので、近くのコインパーキングに車を停めて歩きました。
駅近くのパーキングを出て踏み切りを渡り、ひたすら急勾配の坂を登ります。(帰り道の降りも辛かったです。)
5分ほど歩くと警備員さんが看板近くに立っていて、誘導してくれました。
隧道のようなトンネルをくぐり抜けると可愛らしい門と、その奥に邸宅風の建物が見えます。木造の白い塔や、邸宅、庭園がありますが、すぐにガラス張りコンクリートの建築物が目を引きます。しかし、それが浮き上がるわけではなく、自然とマッチしていました。オルセーに通じるような作り(あの… Read More

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roba50filmさん、tonoさん、Sunriseさん、lotus8さん

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