4.0
多重化/混濁する世界と身体
幻想的で不気味な世界観が表現された作品群が広がる展示室。端的に言って「地獄」のようなイメージの楽園がそこにはあった。
とくに印象的だったのは多賀新の描出する身体。多重化する肢体は美しいとも醜いともつかない。身体なのかどうかも怪しいが、解釈の広がる表現で興味深かった。ほかにはパウル・ブンダーリッヒや小林ドンゲの作品が妖艶かつユーモラスで好みの作風だった。どちらも主に女性像を描き出そうとしていたが、それぞれ倒錯的で両義的な表現が魅力的だ。ブンダーリッヒは肉感を剥ぎ取ろうとしたような表現で裸体を形態化することで、逆にそこに宿るエロティックな欲望を浮かび上がらせていたように思えた。小林ドンゲの女性像は、爬虫類のような顔貌をしていて、女性とも男性ともつかない。中性的とすら思えないのだが、ほかの展示作品に比べてすっきりした線描にもかかわらず、一筋縄ではいかない魅惑が漂っている。
版画の刻線は、思考や精神、あるいは欲望の深奥を抉り出そうとするかのような画面へと結実する。無彩色というわけではないにしても、色彩に乏しい作品群は、やはり影/陰への想像力を刺激する。本展の作品では、そうした版画独特の風合いを逆手に取り、平明だと思っていた世界や身体が脱臼させられる。一見何が描かれているのかわからないような、多重化し混濁したモチーフは、実は単なる「幻想」ではなく「現実」の様相でもあるような気がする。