5.0
見つける楽しさ
友人とその友人と3人で観に行きました。
とても良かったです。
大好きでした。
内藤礼さんの作品は、屈んでみたり上を見上げたり、姿勢を変えれば新しい発見があります。
こんなに展示作品を見ることに楽しい気持ちになることは少ない気がします。
豊島美術館にも行ってみたいです。
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太陽が形づくる光と影、地が生成する水や石、大気が織りなす風や雨。美術家・内藤礼は、私たちの傍らにある自然の諸要素と日常のささやかな事物を受け止めることで、私たちが日々見過ごしがちな世界の片隅に宿る情景、知覚しがたい密やかな現象を見つめ、「根源的な生の光景」を出現させてきました。精緻に構想されるその作品の世界は、その場を訪れる人をそれぞれの沈潜にいざないます。
本展は、150年の歴史を持つ東京国立博物館の収蔵品、その建築空間と内藤との出会いから始まりました。1万数千年という時を超え、内藤は縄文時代の土製品に自らの創造と重なる人間のこころを見出しました。それは、自然・命への畏れと祈りから生まれたものであり、作家はそこに生の内と外を貫く慈悲」を感じたといいます。生の求めに迫られてつくりだされた一つ一つの土製品は、人間本来の姿を私たちに伝えるようです。会期中、自然光に照らし出される展示室では、かつて太陽とともにあった生と死を、人と動植物、人と自然のあわいに起こる親密な協和を、そっと浮かび上がらせます。
色彩に生を、風景に物語を、光に祈りを見出す内藤の作品は、縷々として尽きることなく私たちの世界を満たしてきた、遥か遠い時代から続く創造の営みを想起させます。そこには、人間が繰り返してきた「つくる」ということ、今につながる「生きる」ということへの希求が垣間見られます。
時空を超えた交感がなされる会場は、空間よりも広く、時間よりも深く、目には見えない存在、耳では聞こえない声の確かさを感じ取る契機となることでしょう。本展の体験を通して、原始この地上で生きた人々と、現代を生きる私たちに通ずる精神世界、創造の力を感じてみてください。
◆ 内藤礼(ないとう れい)
1961年広島県生まれ、現在東京を拠点に活動。「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに作品を制作。その作品制作において「生と死」は分別できないものとして問われている。光、空気、水、重力といった自然がもたらす事象を通して「地上の生の光景」を見出す空間作品を生み出してきた。これまでの主な個展に「地上にひとつの場所を」佐賀町エキジビット・スペース(東京、1991年)、「地上にひとつの場所を」第47回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館(1997年)、「Being Called」カルメル会修道院(フランクフルト、1997年)、「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」神奈川県立近代美術館 鎌倉(2009年)、「信の感情」東京都庭園美術館(2014年)、「信の感情」パリ日本文化会館(2017年)、「Two Lives」テルアビブ美術館(2017年)、「明るい地上には あなたの姿が見える」水戸芸術館現代美術ギャラリー(2018年)、「うつしあう創造」金沢21世紀美術館(2020年)、「breath」ミュンヘン州立版画素描館(2023年)がある。恒久展示作品に「このことを」家プロジェクト きんざ、ベネッセアートサイト直島(2001年)、「母型」豊島美術館(2010年)がある。1994年日本現代藝術奨励賞(インスタレーション部門)、2003年第一回アサヒビール芸術賞、2018年第60回毎日芸術賞、2019年第69回芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門)受賞。
| 会期 | 2024年6月25日(火)~2024年9月23日(月・振) |
|---|---|
| 会場 |
東京国立博物館
|
| 展示室 | 平成館企画展示室、本館特別5室、本館1階ラウンジ |
| 住所 | 東京都台東区上野公園13-9 |
| 時間 | 9:30~17:00 (最終入場時間 16:30) |
| 休館日 |
月曜日、7月16日(火)、8月13日(火)、9月17日(火) ※ただし、7月15日、8月12日、9月16日・23日は開館 |
| 観覧料 | 一般 1,500円(1,400円) 大学生 1,000円(800円)
|
| TEL | 050-5541-8600(ハローダイヤル) |
| URL | https://www.tnm.jp/ |
◆連携企画
「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」
会期 2024年9月7日(土)~2025年1月13日(月・祝)
会場 銀座メゾンエルメス フォーラム
本展はエルメス財団と共同で企画されました。展覧会は以下の同作家個展へと続き、再び東京国立博物館へと続く構成となっています。
5.0
友人とその友人と3人で観に行きました。
とても良かったです。
大好きでした。
内藤礼さんの作品は、屈んでみたり上を見上げたり、姿勢を変えれば新しい発見があります。
こんなに展示作品を見ることに楽しい気持ちになることは少ない気がします。
豊島美術館にも行ってみたいです。
4.0
楽しみにしていた展示、友人とやっと行けました。
作品が置かれた場に立ち会って、響きあうのを感じるような味わいでした。
身内の死をきっかけに生きてることと死ぬことはひとつながりと思ってきましたが、そんな世界観を体感できた気がします。
座る人、のぞきこむ人、知らない人に話しかける人、静かに天を仰ぐ人、、、それぞれいろんなしかたで場にいて、作品のある空間を共有できたのも、なんかおもしろかったです。
一つマイナスにしたのは、わたしたちが展示室に行き方に迷ったから。時間帯や曜日にもよるのかもしれませんが。作品、展示はよかったです。
最近、解説が丁寧でよくわかるけど、考える余地や余白が少ない展示が増えてる気がしていました。そういう意味でも印象に残るよき作品たちでした。
5.0
今回の内藤礼(1961年生まれ)は建築を見る展覧会でもある。特に東博の本館特別5室では普段見られない素のままの内装が見ることができる。鎧戸は開かれ、床のカーペットは剥がされ、周囲の仮設壁はない。内藤作品のかすかな物質感が、わき役を演じ、東博の内装という主役を引き立てているかのようだ。考えてみれば、豊島美術館も内藤作品を見ることと西沢立衛建築を見ることが一体化している。1937年竣工の東博本館の帝冠様式は同時代に竣工した京都市美術館(1933竣工)や藝大陳列館(1929竣工)と似て魅力的だと改めて思った。
内藤の作品は静謐な宗教的ともいえる瞑想的な作風だ。そこでハタと思ったのは、日本の神社・寺院や西洋のキリスト教会である。そこには神仏を感じさせる鏡やイコンや聖像が安置してあるが、あくまでもそれは神や仏の実体ではなく、それを通して人がそれらを感じる施設だ。宗教建築の内部空間に包まれて神や仏の大きさ偉大さを感じる空間なのだ。内藤作品の鑑賞はそれととても良く似ている。
やや蛇足ながら感想をもうひとつ付け加えると、内藤の感性は、ほぼ同世代の髙柳恵里(1962年生まれ)や豊嶋康子(1967年生まれ)と共通するものも感じる。おそらく、彼女らの人格形成期での現代美術体験に「もの派」や「アルテ・ポーヴェラ」などのミニマリズムがあっただろうことは想像に難くない。勿論、内藤の宗教性・瞑想性とは正反対に、髙柳、豊嶋の日常性(ユーモアというスパイス付き)という大きな違いは承知の上で彼女らに通底する感性を感じる。
5.0
この世とあの世。生者と死者。
ランダムなように見えて緻密に対称性をもって配置されている小さいものたち。
メッセージもシンプルで強い。
縄文時代もこの時代も変わらず、生きるものは肯定されている。
最近、訃報に触れることが増え、人は死んだらどこに行くのか?などと考えていたりしたので、この展示は丁度のタイミングで心が震わされたような感じがした。
博物館に納められている全てのモノにも、それを作った・生きた人たちがいた。
そして今はここにはいない。
展覧会のあと常設展時も見て回ったが、そういった視点で見ていくと気が遠くなるようななんとも言えない気持ちになった。
東博の3室を使ってのインスタレーション展示、本館特別5室も公開する。この程度にて事前の情報公開は少なく、それなりの意図があるものと感じ敢えて予習も控え、オープンな気持ちで臨んでみた。
(同様のお考えの方には、以下ネタバレ記…readmore
3.0
オススメされたので行ってきた展覧会。たぶんはじめましての内藤礼さん。すごく不思議な空間で、理解出来たとは言い難いのですが、ずっといると何故かあたたかい気持ちになれました。
4.0
内藤礼、見るかどうか悩んでいたのですが意外に良かったです!
失礼ながら剥き出しの特別5室を見るための展示だと思っていたんです。
だけど何が良いか分からないけどなんか良くて、なんかよくわからないけど居心地が良くて
当日のコンディションや環境にもハマったのかなんだか長居してしまったという。
窓に西日が当たる特別室もこんな空間が広がっていたのかという驚き。
空間と時間をゆったりと揺蕩うように楽しむ。
恐らく作家の意向かと思うのですが厳しめの人数制限がされているのかと想像しました。
5室のキャパ的にかなりの人数が詰め込めるのですがやはり人数が増えればそれだけ騒がしくなるので
そうなると本展の面白味は充分には味わえないような気がします。
会期末は長めの待ち時間が発生しそうなのでちょっとでも興味ある人はお早めが良さそうです。
4.0
内藤礼の作品は、大抵は想像したモノとは違う。今回はチラシ1枚分の情報しかなく想像しようにも限界がありましたが、それでも会場が3カ所に分かれていること、東博の縄文時代の「土製品」なるモノを選んで展示すること、あと「自然光に照らし出される展示室」で展示するらしい、といったあたりが分かっておりました。ここからどんな展示か妄想しながら見に行きました。特に「土製品」という知らない言葉、そして東博にはないはずの「自然光に照らし出される展示室」の二つがポイントであろうと予想しておりました。
見終わって、まあ、確かにこの二つが重要なポイントではありましたが、私の想像とはそこそこ違った。調べると土製品は土でできた実用品ではないもの、とのことで、土偶とか小さな土器などのことらしいので、縄文土器とか遮光器土偶みたいなモノを選ぶのかと想定していました。コレがはずれ。ともかく、選ばれた「土製品」はどれも小さくそれに合わせるかのように、内藤礼の作ったモノたちもいくつか例外はあるが小さい。
そして「自然光に照らし出される展示室」が本館特別5室でした。この部屋は、何度か有料の展示に使われていて、入ったことがありましたが、大概は暗く、天井がどうなっているかは分からない展示デザインになってました。まあ、これだけ天井が高く、自然光が降り注ぐとは、全く想像してなかった。
そして気になったのは展示作品と思われるモノたちに付けられたタイトル。「世界に秘密を送り返す」「まぶた」「恩寵」といったあたりです。図録で解説してくれることを祈って、1冊3850円を予約しました。8月下旬発売とのこと。版元はHeHe。
5.0
書き残すことが難しい、感覚を言葉にするのが正解なのかもわからない。
平成館企画展示室の細長く薄暗い空間に様々な小さき儚げなものが下がり、小さな土版になにかが添えられたり、小さな鏡や球体や半透明の枕が展示されている。空間自体を不思議な思考が揺らいでいる。
空間全部で作品でもあるし、ひとつひとつの小さきものにきちんとタイトルが付いている。ベンチや展示台のフランネルにもだ。
本館特別5室は一転して広く光に溢れた、博物館のイメージを覆す空間。配された博物館所蔵の欠片と取り巻く作品群。響き合い一つの作品でもあり、広い空間作品の一部ともなっていた。
これも細かくタイトルが付いていて、座ることができる木製の台にもだ。そこに座ってぼーっと空間と作品の響き合いに浸ると小さな何かが聞こえてきそう。
最後に本館1階ラウンジは、総合文化展の通過点でもあるので、人の往来の中作品を鑑賞することになる。緊張感のある作品だけが静かだ。
3室3様の楽しみと良さがある。
実証的感想しか書けない。心に響いてきたものを文字にすると何かが食い違う気がする展覧会だった。博物館という物証の空間に広がる思考が素晴らしかった。
9月に銀座エルメスで今展と繋がる個展も楽しみ。
7月5日(金)1時入館。混雑無し。撮影不可!
3.0
展覧会の紹介文をいくら読んでも、何が展示しているかわからなかったので、
本展は行かないつもりでいたんですが…。
会場の写真を見て、見たことがない東博の部屋に興味が沸いて行ってみました。
いつもは隠れ家的な展示をしている階段奥の本館特別5室。
スッカラカンにすると2階吹き抜けの明るい部屋で、博物館とは思えない空間!
2階の背の高い窓、床のタイル模様、扉の装飾もステキで、いつも隠しているのがもったいない!と思えるほどです。
今回は午前中に行ったんですが、夕方近くになったら自然光でどんな雰囲気に変わるのか気になりました。
5.0
初日に行ったのですが、さすがの内藤礼。この会場で、何をどうするのか、と思っていたけれど、そこは、さすが。圧巻の空間づくり。見に来ていた方も、コアなファンが多く、観賞作法がなっていました(しずかに、落ち着いて、じっくり世界にひたる)。ただ、初めてこれだけ見るのは、イマイチ面白さが伝わらないかも知れません。やはり、母型@豊島を体験しているかどうかで、見え方は変わる気もします。
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内藤礼《死者のための枕》2023年
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内藤礼《このことを》2001 年、家プロジェクト 「きんざ」ベネッセアートサイト直島・香川
撮影:畠山直哉
「内藤礼:breath」2023年、ミュンヘン州立版画素描館
《color beginning》2023年 紙にアクリル絵具 撮影:畠山直哉
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「内藤礼:すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している 2022」
2022年、神奈川県立近代美術館 葉山
《母型》2022[2009]年 水、ガラス瓶 撮影:畠山直哉