4.0
作り手と受け手、対比や相性を確かめる面白さ
見ること、その行為を問い直す。作り手(作者)・受け手(鑑賞者)にとって。
このようなテーマで選出されたコレクション展。
まずもって著名写真家の作品も多く、TOPの立派な所蔵品の一端が見られる力強い展覧会でした。写真芸術の歴史を辿るような展覧会でもあります。
対比を感じることは、本展の楽しみ方のひとつでしょう。
例えば、都市の情景の表現におけるウジェール・アジェとベレニス・アボットの視点や意識の対比。(1900年前後のパリと1930-40年頃のニューヨーク、と年代やモチーフの対比もありますが。)アジェの視点はあくまで記録的・カタログ的であり、受け手に向けての意識はない。一方のアボットは、都市の変容というモノサシで以て意識的に情景を切り取る視点がある。
作り手のプロセスのバリエーションの対比もあり。モーリス・タバールやマン・レイのソラリゼーション作品や杉浦邦恵のフォトグラム、スコット・ハイドの多重露光、といったフィルム時代の手法が逸品を通して展開されており、面白い。
また、作り手vs受け手、見せる行為vs見る行為、のハマり具合・相性を色々経験できることも、本展の主題に沿った楽しみ方だと感じました。
都市表現では、アボットの薄味な味付けは、受け手である私にはちょうど良い。
抽象表現では、アンドレ・ケルテスの1920年頃の出展作が醸す簡潔さ・安定感あたりが、私にはちょうど良く入ってくる。
寺田真由美のオブジェを使った空間光彩表現や、山崎博の水平線の作品群。これらは制作プロセスを通した作り手の意識度の味付け濃いめだが、私のハマりは快適である。
一方で、チャン・ウェイやウィリアム・クラインの展示作品の持つ雄弁な意識度の濃い味付けは、少なくとも鑑賞当日の私にはハマり悪いなあ、などなど。
本展の意図するもうひとつの当事者は語り手(批評者)。ですが、色々と紹介されてはいるものの、三者鼎立させるにはテーマとしてやや弱いかな。








