彫刻の森美術館 開館55周年記念 舟越桂 森へ行く日
彫刻の森美術館|神奈川県
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感情がはち切れるくらい詰まった『無』の顔―森へ行く日―
3月に逝去された舟越桂氏の展覧会【森へ行く日】鑑賞へ、ウン十年ぶりの彫刻の森美術館を訪問しました。
生前から記念展覧会にと美術館からのオファーで着々と準備が進みながら、今秋ご本人不在で会期を迎えることになったのが残念です。
青みの増した秋空の下、広々とした野外の彫刻の森を散策運動しつつ、展覧会エリアのレポートです。
※残念ながら館内は全て撮影不可でした。
私が舟越桂氏の作品を知ったのは天童荒太 の小説『永遠の仔』(えいえんのこ)の書影から。
全体的に年を重ねたような、色褪せた色彩のつるんとした木肌。
子どもにも大人にも見える顔で表情が乏しいのに、妙に眼が透徹と澄んでいるのが印象的でした。
印象的な眼の理由は、木の彫刻ながら眼だけは裏側から大理石製の眼を嵌めこんでいるからだそうで、この独特な技法が彼の作品の特長のひとつです。
作品の静謐な佇まいは国内外問わず人気で、関東圏だと世田谷美術館にも作品があり、実物は今回で2度目になります。
舟越氏の企画展は初めてなので、その世界観に浸るべくさっそく鑑賞スタートです。
展示室の構成は主に4つ。
①1F展示室ー僕が気に入ってるー
会場入ってすぐに、住宅のひと部屋を内覧しているかのような生活感溢れるアトリエ風景の展示です。
実際の制作に使っていたお手製の作業台、デッサン用の一本足のイス、ノコギリやらカンナやらなど・・・
部屋に整然と、あるいは無造作に置かれていて、壁にはご本人の制作風景とインタビューの短い映像が繰り返し流れています。
彫刻に取り掛かる最初の工程で、チェーンソーを回しながら躊躇なく胸像を切り出すシーンが映り、繊細なイメージのあった舟越氏のダイナミックな過程に驚きです。
②中2F展示室ー 人間とは何か ー
階段5段くらい上った中2階の小ぢんまりとした空間には、3点のドローイングと2点の絵画、舟越桂を象徴するような彫刻作品1点の展示。
中央に置かれた彫刻《山と水の間に》(1998年)は、上半身の人物像の左肩がタイトルの通りにラクダの瘤のように山の形になっていて、人間の揺るぎなさを表しているように見えます。
真正面に立って対面すると分かりますが、舟越氏の作る人物像は微妙に目線がズレていて、この目線の合わなさが彼の彫刻の魅力なのかも。
未解決を前にした落ち着かない気分になります。
ためしに目線を合わせようと右や左に一歩ずれて見てもやっぱり合わなくて、それが逆に凄いなと思います。
③展示室3 ー 心象人物 ー
2Fの広めなメイン会場で、代表作といえる彫刻と絵画が展示されています。
私的な注目作は東日本大震災を切っ掛けに制作した《海にとどく手》(2016年)と、人間を見続けるスフィンクスをイメージした作品群の中の《戦争を見るスフィンクスⅡ》(2006年)。
《海にとどく手》は4本の長い枝に支えられた卵のような形の白い女性。
女性は乳房を晒してお腹部分は白い布にくるまれて、多分袖でもお腹に手を当てて新たな命を守り慈しんでいるように見えます。
卵型を高い位置で支える4本の長い枝は、海水の中に長い根っこを伸ばして樹を支えるマングローブのようで、水害から女性というか卵を守っているかのよう・・・
女性の表情は、ほんの少しだけ笑みを浮かべていますが、緊張しているようにも、安堵しているようにも、あるいは諦めているようにも見える不可思議さ。
独特な表現の人物彫刻を舟越氏は自ら「心象人物」と名付けて、人間表現の大きなテーマにしています。
心象、つまり『心の有り様』で、鑑賞する人によって印象も結論も自分の心を反射して異なっていくのではないでしょうか。
そして《戦争を見るスフィンクスⅡ》はギリシャ神話【オイディプス】で有名な人外のスフィンクスのモチーフ。
男性的な太い首にガッチリした肩のライン、けれど垂れ耳ウサギの長い耳に豊かな乳房を持つ両性具有の異形で表現しています。
このスフィンクスもぱっと見は無表情に見えたのに、口角の陰影や目の角度から笑っているようにも哀しんでいるようにも、怒っているようにも見えるのです。
人間の像を造ることが【人とは何か?】との問いに繋がると、舟越氏は自作品とは逆に自らの内面を正面から自問自答して見据え続けているようです。
④展示室4 ー『おもちゃのいいわけ』のための部屋 ー
これまでの人間を突き詰めて表現した作品群とはうって変わり、次の展示室は、舟越氏が自身の子どものために木っ端で作ったオブジェを始め、写真集に仕立てた可愛い作品群が並びます。
「立ったまま寝ないの!ピノッキオ!!」(2007年)のちょっと寂し気なピノキオを始めとした可愛い木製のキャラクターに少しホッとします。
ちなみに絵本は展覧会にあわせて27年ぶりに増補新版刊行されるそうです。
最後の注目作はティッシュ箱と、ヨーグルトのカップで作られた「立てかけ風景画」(2023⁻24)。
舟越氏が病室の窓から見える雲と草原の向こうに横たわる女性をイメージしてティッシュ箱に描き、食事提供のヨーグルトカップを活用したお手製台にたてかけたものです。
深い精神性を感じさせる作品群を鑑賞して、どこか浮世離れした意識でいましたが、このティッシュ箱を見ていて自分が呼吸する生きた現実に帰ってきたというか、夢から覚めたような気持ちになりました。
なんだか哲学の書籍を読んだ後のような、解るような解らないままのような、不可思議な気分です。
会場を出る前に、もう一度引き返してみて、一番近くにある《山と水の間に》の作品の前に立ちます。
やっぱり私ではなくどこか遠くに視線が向いているように見えます。
・・・・ちょっと首を斜めに傾げてみます。
あれ?なんだか視線が合ったみたい。。。
考え続ける答えはけっこう近くにあるんじゃないかなと思う日でした。
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