3.0
絶筆
緊急事態宣言が終わり
美術館の営業が再開されて嬉しく思います
こちらの企画展は
馬の絵がどんどん上手になっていくのが感じられます
特に絶筆は泣けてきます
是非一度ご鑑賞下さいませ
宜しくお願い致します
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NHK連続テレビ小説「なつぞら」の舞台となった北海道の十勝で大地と格闘しながら絵を描き続けた異色の画家 神田日勝の回顧展を2020年春に開催します。
神田日勝は、「なつぞら」の主人公なつの幼馴染、山田天陽のモチーフとなった画家です。
終戦の直前に、一家が東京から十勝に入植して苦労したこと、騙されて老馬を売りつけられたこと、農民として生きながら絵を描き続けたこと、兄が画家を目指して東京の美術大学に行ったこと、馬の絵を好んで描いたことなど、多くのエピソードが日勝の実人生と共通しています。
日勝は大地を耕すように、一筆一筆に魂を込めて力強い作品を描きました。
東京では、40年ぶりとなる神田日勝の回顧展にどうぞご期待ください。
◆神田日勝について
神田日勝は1937年、東京で生まれました。1945年8月、空襲に見舞われた一家は、拓北農兵隊(戦災者集団帰農計画)に応募します。
しかし、開拓の困難は並大抵のことではなく、大半が脱落する中、神田一家は苦労して鹿追に定着しました。
東京藝大に進学した兄の影響で油彩を描き始めた日勝は、1956年、帯広で開かれた平原社美術協会展に《痩馬》が入選し、画家の道を歩み始めます。
それは農業を続けながらの厳しい道でしたが、全道美術協会展、東京の独立美術協会展と活動の場を広げ、高い評価を受けるようになっていきます。
農民画家と言われる日勝ですが、同時代の新しい美術の動向にも敏感に反応し、前衛的な試みも行っていました。
しかし、新たな境地を踏み出そうとしていた矢先の1970年、病気のために亡くなります。32歳の若さでした。
会期 |
2020年6月2日(火)~2020年6月28日(日)
|
---|---|
会場 |
東京ステーションギャラリー
![]() |
住所 | 東京都千代田区丸の内1-9-1 |
時間 |
10:00~18:00
(最終入場時間 17:30)
|
休館日 |
会期中無休 |
観覧料 | 一般 1,100円 高校・大学生 900円
|
TEL | 03-3212-2485 |
URL | https://kandanissho2020.jp/ |
割引券 | http://www.ejrcf.or.jp/gallery/campaign.html |
3.0
緊急事態宣言が終わり
美術館の営業が再開されて嬉しく思います
こちらの企画展は
馬の絵がどんどん上手になっていくのが感じられます
特に絶筆は泣けてきます
是非一度ご鑑賞下さいませ
宜しくお願い致します
5.0
たぶん50年以上前、小学生だった頃です。
神田日勝の絶筆の馬の絵を絵葉書で見て
「なぜこの馬は半分しか体がないの?」と母に尋ねたを記憶してます。
この度、東京ステーションギャラリーで本物に会うことができて
感動の余韻がずっと後を引いてます。
見に行って良かった!
もちろん他の絵も素晴らしくて、日勝の活躍した時代背景が
道北に入植した私の親と被り胸が詰まりました。
鹿追に日勝の記念美術館ができたのですね。
来道した折、ぜひ寄らせていただきます。
5.0
コロナ後、展覧会は思いつきで行けなくなった。
ローチケで予約。
ネットは入場希望の3時間前まで。
当日指定時間までにローソンを探し、支払いをして
チケットを受け取り会場へ。
人数に余裕があったのか、予約時間より10分ほど前だったが入れてもらえた。
今回見たかったのは《馬 (絶筆・未完)》
何年か前「日曜美術館」で見て、
この半分だけの馬の絵が記憶にこびりついた。
生々しく描かれた馬の顔と胴の前半分に、
ベニヤ板のままの背景。
異様な絵だと拒絶しそうになったが、
画家の境遇を知ったとき、この半分の馬は
こちらの感情をもっと複雑にした。
半分の馬の横には、スケッチブックの展示もあり、
違った構図の馬や背景が描かれていた。
北海道の公募展に独学ながら意欲的に出品してきた日勝。
馬の全身も描きたかったし、背景も描きたかっただろう。
1970年8月25日、腎盂炎による敗血症で死去、32歳。
NHK「なつぞら」で、神田日勝をモチーフにした人物を
演じた、吉沢亮が音声解説している。
もらってきた作品リストに載っている、
QRコードを読み取れば家でも聞くことができた。
彼の落ち着いた声で
展覧会を振り返ることができる。
5.0
東京ステーションギャラリーが再開して最初の展覧会。
神田日勝は練馬に生まれ、戦火を逃れて家族で北海道へ移住しそこで生涯を過ごした。兄に影響を受け、絵を始めたのが18歳の時。そこから亡くなる32歳までの14年間に作風が目まぐるしく変わる。ただ、最後の絵である《馬(絶筆・完)》は原点回帰しながらも新しい作風を模索した作品であることが分かる。
作品と対峙すると、インターネットの画像ではわからない、ペインティングナイフによる筆さばきや厚塗り、画家の葛藤が伝わってくる。
決して、美術館がオンラインによって取って代わられることはないと強く感じた。
北海道にある神田日勝記念美術館にも足を運びたくなった。
5.0
《死馬》、素晴らしい。
家族に愛されて旅立ったのでしょうね。
目元が優しいもの。
絵の力か美術館再開が嬉しいのか疲れからか不覚にも目頭が熱くなりました。
ありがとう、東京ステーションギャラリー
同館らしい素敵な企画展です。
年パス持ちの人は予約不要が嬉しい。
日時指定のハードルか画家の知名度か、かなりゆったりと鑑賞できます。
スマホ、イヤホンがあれば吉沢亮さん解説は無料で楽しめます。
5.0
2017に鹿追町の神田日勝美術館を訪れた。作品に胸ぐらをつかまれガクガク揺らされた。今日はその再確認に出かけた。
会えなかった「室内風景」にも会えた。
やはり胸ぐらをつかまれ「お前は何をしているのだ」と問いかけてくる。
ベニヤ板の空、黒い馬、原色の赤、沈黙の叫び、狭苦しい大地と果てしない部屋。
床に横たわる炭鉱夫が笑っている。
腹を裂かれた牛の屍が震えている。
乾いた風が唄っている。
未完の馬が泣いていた。
5.0
朝ドラの「なつぞら」の主人公の友人、天陽君は神田日勝をモデルにしているのでは? と思っていたらやはりそうだった。
1995年・・・ 書店でこの画家(画集)と出会った。衝撃だった。引越しや断捨離で、何冊も画集を処分したが、これだけは今も大事にしている。
25年越しの恋(?)実物を観る機会がようやく訪れたことに感謝。
コロナなんて日勝の絵から放たれるオーラで治ってしまうだろう。
5.0
昭和45年6月 絵が趣味の主人に誘われて
札幌の丸井デパートで開催されていた全道展に行った時の事。
殆ど抽象画ばかりの美術展で油絵具のにおいに
頭が痛くなってきた時に観たのが神田日勝の「室内風景」です。
出口近くに南向きに掛けられていた絵を見た瞬間、時が止まりました。
絵にはほとんど知識も興味もなかった私の脳裏にこの絵は焼き付きました。
もう49年も前の事ですが今でも覚えているほどこの絵はインパクトが強かったです。
その時は神田日勝の名前も覚えていませんでしたが、
この何年か後の北海道新聞に「室内風景」の絵大きく載っているのを見、
その時初めて彼の名前と、
この絵を描いた数か月後に他界したことを知りました。
それから何年か後 鹿追町に神田日勝記念館が出来た時は
すぐ主人と車で観に行きました。
数年前には(主人は他界したので)お墓参りの後一人でレンタカーで
鹿追の美術館には又行きました。
「室内風景」はベニヤ板に描かれているので、昔とは違って白っぽく見えてしまいますが、観るのは3回目になります。
とても楽しみです。
5.0
絶筆になった画像の「馬(絶筆・未完)」だけでも、観る価値があります!
北海道の神田日勝記念美術館で観た時は、迫力で動けなかった…
是非、実物を見に行ってください。
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《馬(絶筆・未完)》1970年 神田日勝記念美術館
《室内風景》1970年 北海道立近代美術館
《壁と顔》1968年 北海道立近代美術館
《人と牛A》1968年 北海道新聞社(神田日勝記念美術館寄託)
《死馬》1965年 北海道立近代美術館
《飯場の風景》1963年 神田日勝記念美術館
若き日の神田日勝 1960年頃(提供:神田日勝記念美術館)