5.0
春の嵐
今回の展覧会タイトルは「緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」なのだが、Chapter3の中西の絵画を見ていると何か慌ただしいような、混乱するような感じを受ける。「いつまでも佇む」は合ってるけど、「緩やかにみつめる」はちょっと違う。
なんでそんな感じになるのかというと、まず画面に花びらのような模様がぎっしりと描かれているから。「М字型 83-Ⅱ」は土方巽が所蔵していたらしいが、そのためか画面の「∧」の模様は踊っている人のように見える。そのように模様が、一斉に舞う花びらや踊っている人のように目まぐるしく運動しているみたいに見えることによって、次の動きに目を移さなければならないようなそわそわした気持ちになる。
それから絵の奥行きが鑑賞者を混乱させる。メインビジュアルにもなっている「紫・むらさき XVIII」は真ん中の紫色が黒の枯れ草のような模様をよけて塗られている。ということは、絵の約束だと紫が奥、黒が手前にあるということになる。しかし、よく見ると紫は黒よりあとに塗られている。そうすると支持体上では紫が手前、黒が奥にあることになる。
また、「紫・むらさき XVII」や「紫・むらさき XVI」では、白の模様の後ろに黒の◯が描かれているが、それがぼやけていることによって手前の白が浮き上がるように見える。このように絵の前後関係が見ていて混乱させられた。
展示されていた後年の絵になるにつれて、模様間の間隔が空き、模様の数が少なくなっていくように見えた。模様も花びらの細いコブシや形の整ったコデマリのように見える。それによって、「緩やかにみつめる」に近づいているように思えるが、それでも私はChapter3の、春の嵐に吹き乱れるようなモクレンの花びらが好きである。最晩年の「連れ舞」は、花が落ちていく絵のように見えた。






