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特別展 漂泊の画家 不染鉄 ~理想郷を求めて

特別展 漂泊の画家 不染鉄 ~理想郷を求めて

奈良県立美術館|奈良県

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山海図絵から能登半島に思いを致す

不染鉄という変わった名前を知ったのは、一昨年の東京ステーションGでの「鉄道150年展」に出ていた《山海図絵》。
そしてそれが彼の代表作であることも。確かにそれだけのことはある大作だった。
中央上部に富士山が聳え、それを太平洋側からバードアイで俯瞰した構図で、絵のど真ん中にごく小さくSLが走っているので展示品に選ばれたわけだが、他に数多くの家々や船、森や林や田畑、さらには海中を泳ぐマグロやサバまでもが描きこまれたなんとも不思議なマクロとミクロのパラレルワールドだ。
富士山の背後はいきなり日本海と思われる沿岸地方の遠景で、秋景色の太平洋側から一転して雪に覆われている。
およそ2m四方はあろうという大きな絵が大正時代に描かれたとはおそらく初めて見た者は誰も思うまい。
私もそうだった。当サイトのレビューには「大正時代にドローンが」と寸評したほどだ。
ただ、全く知らない画家でもあり、他にどんな作品があるのかを知りたいというところまでには至らなかった。

その後、昨年の夏にTV番組「なんでも鑑定団」に不染の絵手紙が登場、経歴や他の作品が紹介されたのを見て、大いなる興味が湧きあがった。
どこかで回顧展でもあれば必ず行こうと。
そしたらなんと、奈良県美の開館50年記念展で、それが開催されるとの朗報を目にし、AAのチケプレにも応募、奈良行きの計画も万全に立てた。
チケットはハズレたが、予定通りに新幹線と在来線と近鉄線を乗り継いで2月の奈良へとやって来た。

近鉄奈良駅から徒歩10分で奈良県美に到着、平日の開館直後の時間で客は少ない。ここに来るのは昨夏の田中一光展以来だ。
かなり年季が入った建物で、なんか福岡県美と似ている。あちらはもうじき建て替えに入るが、こちらはどうだろう。
ぼちぼちその話も出てきそうだけど、館内は小綺麗で居心地というか見心地はいい。

不染展会場に入り、まず彼の略歴見て知ったのは、東京小石川の光円寺という寺の生まれだということ。
そして、展示作品には同じく小石川の源覚寺所蔵のものがたくさんあること。
源覚寺と言えば「こんにゃく閻魔」で有名な浄土宗のお寺。4年前に参拝し御朱印貰った。
光円寺と源覚寺、どういう関係かはわからぬが、生誕地の同じ浄土宗の寺つながりで不染が作品を寄贈したか、あるいは光円寺は今はなく、源覚寺に吸収されたのかとも思った。
答えはそのどちらでもなく、光円寺は今もちゃんとあるが不染作品を所有しているわけではない。源覚寺のご住職がたまたま不染の絵に一目ぼれして集め始めたんだそう。

大正期作品には山海図絵と同様な色調の俯瞰画が多い。モチーフは山中の茅葺民家で周囲を木々が覆う。
かと思うと海辺の漁村も描いており、これもまた俯瞰図。
画業に専念する前、大正初期に3年ほど島に渡って漁師をしていたそうで、山も海も愛し、そこに暮らす者の住まいも一緒に描きたかったというのが、彼の思いだろう。
腕は一流。朦朧体も立派にものにしている。大観顔負けだ。
この時期の絵は、俯瞰という面白い視点がユニークな特徴なのだが、私は絵の中にポツっと点のように描かれた鳥や人、あるいは軒先の虫かごなんかに心惹かれるものがある。
寂寞とした風景の中に生命あるものが確かに存在するという不染の思いはその後も連綿と続いていくことになる。

昭和に入り俯瞰の風景画は円熟味を増していく。茅葺から瓦葺の民家まで人は描かず人の気配を感じさせる懐かしく温かい日本の山野や家並みに心和む。
あるいは、一時期を過ごした伊豆の湾岸風景。ここにも小さな入り江に浮かぶ船に人影はないが、見る側の脳裏には間違いなく漁夫の姿が浮かび上がる。

昭和十年代頃からは中国画に倣った仙境画や山水画を描き始めている。
どういう心境の変化だったかはわからないが、中国画から学びたいとの思いは戦後に独自の仙境画として結実している。
縦長の構図で上方には蓬莱山を思わせる山々から成る島、これを手前に広がる大海原の上空から俯瞰している。
島には必ず家屋があり、海上には帆掛け船が浮かぶ。筋目描きの波は不染式の青海波とも言える様式美を呈し、今後は一目見るだけで不染作だとわかるはずだ。

最晩年には再び日本の山村や奈良の寺社などの絵に回帰している。
彩色も復活してはいるものの、黒を基調とした中の柿の赤、空の青、銀杏の黄といったアクセント的な色であり、これらが実に効果的で印象に残る。
絵ハガキを3枚買った。《海》、《落葉浄土》、そして《山海図絵》だ。

《山海図絵》は大正14年の作品だが不染の画業は結局ここに帰結するのではなかろうか。
マクロとミクロが同時に存在する世界と前述したが、彼のイメージ内には富士山もSLも民家も魚もみんな同じ大きさで等価に存在し、どれ一つ欠きたくなかったのだと思う。

富士山の向こう側の冬の日本海地方のさらに奥、画面の左上方には何やら、半島のような景色が描かれている。一昨年の初見時には特に気にして見なかった。
今回奈良に来る前にこの絵の解説文をネットで拾い読みしたら、それは能登半島だった。
そうか、そうだったのか。
2024年の元日から、勝手に自らを律し、投稿行為は控えていた。「もういいよ、ありがとう」と能登からの声が絵の中から聞こえた気がした。
投稿再開はやはりこの展覧会レビューでなければならなかったんだ。

能登半島を丸々描いた絵なんて他にあろうか。
伊能忠敬の地図ぐらいか。でもそこに人の息遣いはない。
不染の絵にはある。静かに眠ったような民家だが、山海図絵の能登半島にはあり、そこには人が生きている。
私ができるのはその地、その家、その人々に思いを致すこと。不染鉄という画家がその思いを文章にさせてくれた。

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