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顕神の夢―幻視の表現者― 村山槐多、関根正二から現代まで

顕神の夢―幻視の表現者― 村山槐多、関根正二から現代まで

川崎市岡本太郎美術館|神奈川県

開催期間:

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信仰か幻視か、はたまた憑依か

当館での会期はすでに終わり、7月2日からは足利市立美術館に巡回開催中、その後8月末から久留米市美術館へと巡回する。
川崎展の会期終了間際に行って、なかなかの好企画だと思ったので感想を書いておく。
それよりも、当サイトにレビューがないのはどうしたことか。アートアジェンダの投稿者諸氏なら、行ったかたも多かろうに。

その理由をつらつら考えるに、まず「顕神」という語句が意味不明な点がある。
字からすると、「神が顕れる」ということになるのだろうが、果たしてそれが何を意味するのか。
展覧会の概要文読めば、わかったようなわからんような難解な解説がある。ちょっと長くなるが引用する。

”表現者たちは、訪れたヴィジョンをたよりに、自己を超えた名状し難い「何か」を捉えるべく身を焦がす思いで制作します。
「何か」へのあこがれや思慕は、漠とした信仰心の発露ともいえます。
しかし、描けば描くほど、作れば作るほど、その「何か」は、表現者の手からすり抜け別のものとなり替わってしまいます。
そのため、彼らは向こうから「何か」がやってくるのを待つしかありません。本展ではこのような心情を仮に「顕神の夢」と名付けてみました。”

これでもまだわからない。要するに「神がかる」ことを待って制作するのか、「神がかった」ことを基に制作するのか。
スピリチュアルな超常体験がドライビングフォースとなって創作された作品を集めたということかもしれない。
ともかく、サブタイトルに村山槐多と関根正二の名前が並んでいたことだけを頼りに、岡本太郎美術館へ足を運んだ。

残された会期が1週間足らずという時期に、当館へ初めてやって来た。
向ヶ丘遊園駅から徒歩で20分ぐらいか。生田緑地も初めてだが市民の憩いの場的ないい公園だ。
入館すれば、まずは岡本太郎の作品が並ぶ常設展示室だ。昨年あった大回顧展へは行かなかったのだが、ここか南青山の記念館に行けばいつでも見られると思ってたのでその作戦は正解。絵画もオブジェも「爆発」してる作品の数々を大満喫した。

そしていよいよ企画展示へ。入ればすぐに現れるのが、なんと出口王仁三郎。
戦前の巨大新興宗教「大本教」の教祖は、芸術にも造詣があったようで自ら描いた仏画が展示されていた。
そしてもう一人の開祖、出口なおの「お筆先」も。まさに神が降りてきたトランス状態で書いたようなお告げが記してある。
いきなり直球勝負の「そっち系」を出してくるとはねえ。
「顕神」の実例としてはわかりやすいと言えばわかりやすいイントロダクションだ。
この導入章のタイトルが「見神者たち」。神を見た者が宗教を興し、偶像崇拝の対象としての絵を描き信者が拝むという構図だろう。

第2章は「幻視の画家たち」。
当展のハイライトはここだ。中でも、村山槐多、関根正二、河野通勢、萬鐵五郎、古賀春江の1910年代の作品を見るだけでも来た甲斐があった。
彼らの中には幻視体験を語っていたりする者もいるが、むしろ精神を病んだが故にマボロシを見、それを絵として具現化したというほうがよいかもしれない。
画家なんて多かれ少なかれそんな作品で名を成してるんじゃないか、との御説はごもっともだ。
「アブナイ人」が描いた絵に衝撃を受け、感動することはよくあることだから。
当展には村山槐多《尿する裸僧》も来ていたが、展示は前期のみで私は後期に行ったので残念ながら複製パネルでしか見れなかった。
この絵こそ槐多が見たマボロシの最たるもので、それはもはや幻視などというレベルではなく「何か」にとり憑かれて描いたとしか思えない。
3年前に鎌倉であった関根正二展にこの絵が来ていて運よく見ることができたのだが、その衝撃は私の美術鑑賞史上最大であった。
本来ならこの「顕神の夢」展のメインビジュアルともなる絵なのだが、半期展示のみなので除外されたのだろう。

第3~5章では現代アート作家主体に、「何か」を見、想像し、TRIPし、自分の世界に没入して制作した作品が並ぶ。
「何か」が神・仏・魔だとなるほどと思うが、高島野十郎の《蝋燭》までもがその対象だ。
心を無にして創作することで、神が見えて来たり、神の領域に近づこうとする作家がいても不思議ではない。
邪念を取り払うことで会心作が生まれるという作家さんは多いと思う。

出展作家さんのリレートークが、YOU TUBEにありますので興味ある方はどうぞ。
皆さん、いたって普通に作品を語ってらっしゃる。神が降臨するのかどうかはご自分じゃ言及されませんが、その作品見たら、やはり「何か」が見えてたか、降りて来たか、常人とは別の感覚を有するアーティストさんなんでしょうね。

結局、「顕神」とはどういうことなのかは、凡人の私が理解するには高難度な展覧会ではあった。
それでも今年上期の企画展ではかなり面白かったし、アートアジェンダにレビューがないのは実にもったいない。
首都圏在住のアートアジェンダ常連レビュアーさんは、是非足利に行ってほしい。

私が過去に映像で見た作家さんの創作風景で、お一人だけ神が降臨していると思ったかたを思い出した。
棟方志功だ。
ものすごい近視がゆえに、版木に顔を密着させ「ありがてえ、ありがてえ」とつぶやきながら彫刻刀を動かす様こそ「顕神」だ。
富山、青森と志功ゆかりの地を巡回する生誕120年展が始まっており、秋には東京。今から上京費用を貯めねば。

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