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開館60周年記念 京都画壇の青春―栖鳳、松園につづく新世代たち

開館60周年記念 京都画壇の青春―栖鳳、松園につづく新世代たち

京都国立近代美術館|京都府

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大正期の京都画壇の模索を探る

明治末から昭和初期の京都画壇の動向を若き画家たち(後には京都画壇を代表する画家たち)の作品を通して探る展覧会かと。東京へ都が遷り、天皇も公家も御用商人までが東京に行ってしまい、京都は一気に廃れ、追い打ちをかけるように西洋文化が質量ともに流入して、「京都はもう時代遅れ」の様になってしまいます。
新しい日本固有の絵画つまり「日本画」を模索します。帰朝者たちが唱える「個性」って何?と試行錯誤しながら。
明治40年には、「文展」が開催されて、展覧会時代が幕あけします。しかしながら文展では正当な評価がなされず、多くの画家が離脱していきます。個人主義に基づいた自由な創作、発表の場として土田麦僊は仲間と共に「国画創作協会」を設立し、精力的に若い画家の思いが迸るようなチャレンジングな作品を発表してきます。「日本画ってなんだろうと」と考え乍ら。
大正10年に土田麦僊や日本美術院のメンバーは渡欧し、ヨーロッパで生の作品に触れて、日本画の画材ではとても西欧の写実に太刀打ちできないと実感します。一方で、日本画材を生かす道があるはずだと気が付くのでした。生まれ育った風土や風俗が育んできたものの中に。西洋の美術と比較しながら日本の古典を見つめ直すことになるのでした。色彩で埋め尽くされた西洋風にして平板な土田麦僊の代表作「舞妓林泉」はこうして誕生します。
4章構成で、章ごとの解説はありますが、キャプション横には個別の解説はありません。素で展示室へ放り込まれたようでした。今まで自分が自分の眼でなく、この小さな解説にどれほど頼っていたかを実感しました。
この時代の京都画壇を牽引した竹内栖鳳の展覧会がお向かいの京セラ美で開催中です。大観と東西の両巨頭とされた栖鳳の在り方も辿れる良い機会ではないでしょうか。

珍しく日曜日に出かけましたが、岡崎辺りはまだ空いておりました。
この時代を代表する優品が展示され、4Fコレクション・ギャラリーでは、この時代を過ごした京都画壇の画家たちの後の作品が展示されています。一周回って実は自分の足元に日本画はあったと気が付いたことがちょっと面白かったです。

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