藤田嗣治 絵画と写真
東京ステーションギャラリー|東京都
開催期間: ~
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東京展終了、名古屋→水戸→札幌と続く
乳白色の女性を描く、藤田嗣治さんの写真展@東京ステーションギャラリーでの開催。
写真展は、ぐるっとパスを持っているタイミングで恵比寿の写真美術館へ行くくらいで、あまり積極的に行くジャンルではないのだけれども、
映画「クリムト & THE KISS」を、本展の会場である東京ステーションギャラリーの館長、冨田章さんのトークイベントがある日に合わせて観に行き、そこで本展についてふれていたのがきっかけで興味を持った。
嗣治さんが日本やフランスで撮影したものはもちろん、
中南米、中国、東南アジアなど、旅先での嗣治さんの視点を垣間見、それがどのように絵に影響を与えたかの関係に触れることができる、普段の絵画展にはない面白みがあるとのこと。
構成は、画家と写真の関係を次の3つの視点から紐解くとある。
プロローグとエピローグを含むと5つのセクションがあり、
自身で撮ったものの他に、モデルになったもの、絵画など、作品数も豊富で想像よりも遥かに面白かった。
今年はSOMPO、近代美術館と、嗣治さんの作品を観ると意識して出向くものが多い。
日本に商業写真家が生まれたのが明治初期、嗣治さんが生まれる約20年前の1862年らしい。
おかっぱ頭、丸メガネ、奇抜なファッションの嗣治さんは、写真や自画像でよく目にする。
本当にセルフプロデュースが上手い方だ。
「プロローグ」には、マン・レイの写真がある。
まさかここでマン・レイが観られるとは思っていなくてびっくり。
マン・レイの写真は、生を感じられて惹きつけられる。
「第1章 絵画と写真につくられた画家」には、あの猫を持ち上げながらカメラを見据える嗣治さんがいる。
猫の白さと嗣治さんの黒さのコントラストが目を引く。
これを撮ったのはドラ・カルムス。
一瞬「ドラ」だけみて、ピカソの愛人だったドラ・マールと勘違いして興奮した自分が微笑ましい。
ドラ・マールはピカソとのことばかりが目立って、ファムファタル的な面ばかりに注目されるけど、
モードから反戦活動、シュルレアリスムなど写真家としても活躍している。
が、これを撮ったのは、ドラ・カルムス。クリムトなどの肖像を撮った人。
嗣治さんから話が逸れたけど、どんな人と交流し、どんな時代だったかを知ることができる重要な要素。
第1章は主に撮られる側の嗣治さん。
撮影者不明とあるものなんとも不思議で面白い。
「第2章 写真がつくる絵画」では、中南米、中国、東南アジアなど、旅先で撮った人物を、絵の中で再構成している様子を伝えている。写真を絵にコラージュしてたのだなと、コラージュとの言葉を思い浮かべると、後の章で写真と他の素材を組み合わせて、本当にコラージュしている写真も出てきた。
写真をもとにして絵画を仕上げる、この嗣治さんの展示を観る直前に、千葉のホキ美術館で写実絵画を観てきた後だっただけに、その違いに観入ってしまう。
どっちがいいとかじゃないけれど、やっぱり写実じゃない絵のほうが見慣れているので、直球で熱量を感じやすい。写真の人物が絵ではどのように表現されたのかを見比べるのがなかなか愉しい。
「第3章 画家がつくる写真」では、たくさんのカラー写真が出てくる。
モノクロはコントラストがわかりやすいから、見せ場にフォーカスしやすいけど、
カラーは一気に情報が増える上、作品数も多いから、ここはカラーバス的にひとつひとつを深くみるよりも数を観たほうが面白い。
作品の所蔵元が東京芸大が多いのも注目するところ。
2010年に嗣治さんの日記や写真などの資料が相当数寄贈されたことによるものらしい。
エピローグは晩年の写真、幼少期の写真などで締めくくられる。
ここは藤田嗣治として生まれ、戦争の諸々で傷つき、フランスに帰化し、レオナール・ツグハル・フジタになる局面で重要なところ。
そんな中でも私は《フルール河岸(ノートル=ダム)》の絵と、実際の景色を写した写真が気になった。
2019年の火災で焼け落ちる前の19世紀にヴィオレ・ル・デュクが設計した尖塔が描かれている。
今はもう再建されているから同じような景色が観られるけれども、
あったものがなくなって、それが復活して、今ここへ行ったら嗣治さんが観て描いた景色がみられるのかなと思うと勝手にうるっとしてきた。
この章でこの絵だけ異質感があり、どんな意図があるのか考えずにはいられなかった。
写真で嗣治さんを巡る、本当に不思議な、深い展覧会だった。
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