モネ 睡蓮のとき
京都市京セラ美術館|京都府
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モネの濃度
正直行くのを迷っていた。人気のモネだからめちゃくちゃ人が多いだろうし、実はそんなに印象派は好きじゃなかった。が、平日にも関わらず仕事が午後からだったため、これが最後のチャンスだと思うと勿体ない気持ちになり、行くことにした。
朝10:00開館と同時に入館しようと思っていたから、そんなに混んでいないだろう大袈裟かもしれないと思いつつ、事前にチケットを購入し予約もした。美術館には開館10分前くらいに着いたが、もう人が結構並んでいてびっくりした。チケット売り場をスルーし、会場入口に向かったが、すでに行列ができていた。チケットあらかじめ買っといてよかった。会場内もそこそこ混んでいたが、絵はちゃんと見れたのでよかった。
私が印象派を好きじゃなかったのは、やたら多い色遣いと曖昧模糊としたタッチで何が描いてあるかわからないところだった。最初に展示してあった睡蓮の葉っぱは、複数の色が重ねて描いてあって、葉っぱの質感が感じられないなと思った。が、その後の橋の絵にあったキャプションに、「橋そのものを描こうとしているのではなく、霧がかかった空気感を表現しようとしていた」とあって腑に落ちた。印象派が、空気や光を表現しようとしていることは知識としては知っていたが、今回それを納得することができた。そこから鑑賞が楽しくなった。
展示してある絵は全てモネで無茶苦茶贅沢だった。モネが描いた風景のばら色が非常に美しかった。色は、「赤色」、「緑色」というように分節化されて、私たちは同じ色として認識し、同じ色として再現可能だと思っているが、モネの色はもう二度とその色は出せないんじゃないか、という一瞬の美しさがあった。
それからモネの絵は四隅が塗り残されていて、何でだろうと思った。通常の風景画が、風景の広がりの中から一部を切り取ることによって、キャンバス外の風景の連続性、すなわち現実性を鑑賞者に感じ取らせているのに対して、モネの絵は、風景がキャンバスの中心から湧き上がっているような感じだった。ぼんやりしていると思っていたタッチもマチエールが結構激しくて、淡い、癒し、穏やかなどと思っていたモネに対する印象が変わった。
皆が良いと言っているものをわざわざ見に行かなくてもいいかな、とモネに対して斜に構えていたけど、ちゃんと行ってよかった。逆張りって良くないなって思った。こんな贅沢な展覧会はもうないんじゃないかなって思う。
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