魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―
三井記念美術館|東京都
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円空仏 総まとめ
円空仏が数多く現存する飛騨から大集合、貴重な機会です。
ちょくちょく目にするのとは違い、本展は総まとめなので、しっかりと円空の足跡に向き合いたいと思いました。
円空は江戸時代初期の地方密教の修験者。
北海道から関西まで修行旅の範囲は広く、30歳代から64歳で没するまでの約30年間を修行として造仏に励み、現存5千体、総数12万体を制作したといわれます。修験者として、山岳修行もあれば民への祈祷もあり、時間の制約はあったでしょう。12万体はやや非現実的な数字ですが、作像は大事な修行の柱。木を刻むこと自体が目的であり、造形美を追う意は乏しく、数を造る意欲はとことん強い、ということでしょうか。
このような動機・目的なので、驚異的な速さで彫り上げる技が研鑽される。
工程は極限的に簡略化・効率化される。
薪割りのごとく丸太を斧で割り、丸太中央部にできる三角形の頂点が像の前面になるよう鉈(なた)で成形し、最後は鑿(のみ)で仕上げる。小さい木端も使って活かす。像の頭部や肩胸部の面取りは大胆に、お顔の目・眉は横真一文字に溝ひき。
修行としての作像なので、必然的に、こんな、装飾性ないシンプル・抽象的な造形となったのでしょう。
仏像制作の歴史において、江戸期は低調な時代。そのなかで、速攻で数多く刻む目的と荒行としての精神性が合わさり、ゴツゴツして抽象的、現代彫刻的な円空仏の造形美が出来たのかと、興味深く理解しました。
(アイヌの木彫り人形を連想したり。北海道行脚の折にクロスオーバーはあったのかしら)
樹木には樹神が宿る。円空にとって、彫る作業は樹神との真剣な向き合い。
作られた像には慈みが滲み出ています。粗く残された木肌・木目年輪が時を経て幾分朽ち、木特有の柔かく温かい質感が慈みを一層引き立てています。この慈み、本展の円空仏にほぼ共通する印象です。横真一文字の目眉のお顔はすべからく。代表作でメインビジュアルの《両面宿儺座像》は、彫が深く、慈悲と忿怒を併せ持つ相とされますが、見る角度を正面から斜めにずらすにつれて、忿怒が慈悲に置き換わるように見えます。
高さ2m超の2体物、《護法神立像》、《金剛神立像》は、もちろん迫力あり見事です。
《三十三観音立像》は第4展示室奥の壁という当館のベストポジションで整列してます。ライトアップされ、心なしかかしこまったお姿に映ります。
代表作の傍らで、小品の数々にも心が寄せられます。
第1展示室の白山神像(小川神明神社蔵)、
第4展示室の伊勢・富士・立山・熊野・鹿島の神像群(小川神明神社蔵)、
第5展示室では男神形・狐頭形各3体ずつの稲荷明神(錦山神社蔵)、
など、微笑みかけてきたり愛らしかったり、端正だったり、素敵です。
《柿本人麻呂座像》は別次元です。
第2展示室は本作単独の空間。円空は柿本を歌聖と崇めており、本座像は神像であり観音菩薩である、と説明されてます。私は、よりお慕いの心を感じます。左に傾いた姿勢で微笑みかける柿本の姿は、旧知の来客を迎えて膝を崩し、語りかけているような。造形面は特筆です。正面から見ると、まずで『サンピエトロのピエタ』彫刻を髣髴とさせる安定の三角形構図。ところが横から見ると、奥行きは薄く、最上部の烏帽子、次のその下の顔の部分が前に大きく出張る、超不安定な緊張感構図。頭部のノミ跡は大き目だが端正。これは彫刻造形として、時代を超えた秀作だと感銘しました。
四月に入り深雪が解ければ、皆さん飛騨にお戻りのことでしょう。
またどこかでお目に掛かれますように。
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