田中一村展 奄美の光 魂の絵画
東京都美術館|東京都
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一村にとってのニライカナイ
会期はとっくに終了してますが、2024年度の企画展を回顧するにあたって当展はやはり欠かせないでしょう。たくさんのかたがレビューなさってますが、私も末席に加えさせてもらいます。
ちなみにこれもチケプレ当選した展覧会、AAさんからはお叱りばかり受けてる身ですが、寛大な恩赦に深く感謝申し上げます。
田中一村というと、何はさておき奄美時代のトロピカル日本画です。初めて見たらおそらくほとんどのかたが、これは洋画じゃないの?とか、描いたのは日本人なの?、これは日本の風景なの?と、驚かれたのではないでしょうか。
もちろん私もそうでした。それがいつだったかは忘れてたので、当時買った画集を引っ張り出して奥付見たら1997年の第26刷でした。
思えば私が初めて書店で買った画集がその「NHK日曜美術館 黒潮の画譜 田中一村作品集」でした。日美なんて当時は全然見てなかったのに、何かで一村の奄美画を目にして電撃に撃たれた記憶はあります。
こりゃ何としてでもまとまった画集がほしいと、本屋を探し回って見つけました。その大判の画集では、やはり冒頭から奄美時代の絵が頁全面を覆いつくし、ただひたすらに、日本にこんな画家がいたのかよと感心感激してしまいます。
で、当然のことながら次は本物が見てみたいとなります。奄美大島に一村美術館があるのはわかりましたが、簡単に行ける場所じゃない。
個展開催を待ち焦がれてやっと出会えたのが、初見から約20年後の2018年夏、佐川美術館でした。
いや本当に良かった。やっぱり実物はいいなあとつくづく思いましたが、ここでまた大方の人と同じように思うのが、「あれ?奄美時代の作品って意外と少ないのね」。
そうなんです。少ないんです。奄美画は。
その佐川美での一村展の作品リスト見ると、全180点中、奄美画は十数点でした。でも、これが一村の集大成なんだと思い、微に入り細に入りその絵の前で時を忘れて見入りました。
その後、岡田美や島川美で数点を見て、今回の都美展に至るのが私の一村歴です。
一村とその作品に関しての権威でもある千葉市美監修ということで大いなる期待をもって都美へと向かいました。
その日は西洋美でのモネ展開幕日で、開館前から長蛇の列ができてるのを横目に、しめしめみんなこっちに取られてるぞと思いながら都美到着。客は多かったけど混雑はしてなく快適に鑑賞できました。
構成は幼少期から順を追って進み、ラストが奄美で締めくくられます。とにかくそのボリュームと抜群の画力にまず圧倒され、奄美ルームにたどり着いた頃には疲労困憊です。
千葉時代の作品が多くそれがまた良いので引き留められて、奄美へ奄美へとの思いはあるものの、なかなか先へ進ませてくれません。
奄美作品は全体に占める割合からすればやはり多いとは言えないのですが、それでもやっぱり素晴らしい。ずっとこの部屋の中で枇榔の葉やアダンの実、アカショウビンやルリカケスをボーっと見ていたいと思わずにはいられませんでした。
今回、自分なりに二つのテーマというかずっと感じていた疑問をもって臨みました。
一つは、なぜ東京美術学校を中退したのか。
二つ目は、なぜ奄美を目指したのか。
その答えは結局よくわかりませんでした。
回答らしきことは会場内の解説や図録にも書いてありますが、明快ではありません。でも、それならそれでいい。反骨のアウトサイダーというレッテルがあるなら甘んじて受け入れたらいい。そんなのは些末なこと、結果は作品が雄弁にもの語っているから。
一村が絵の中によく描き入れているものに「立神」があります。
それは奄美本島を取り巻くように点在する屹立した巨岩状の小島で島民の信仰対象です。伝承では浮遊している奄美本島をつなぎとめるクサビの役目を果たしているんだそう。
《奄美の海に蘇鉄とアダン》では横長の大画面にアダンの実、蘇鉄の花、エンジェルトランペットの花がクローズアップで描かれ、その合間から見えます。
縦長の《不喰芋と蘇鉄》でも画面中央に遠景の小島として描かれています。
奄美大島は理想郷「ニライカナイ」からやって来た神様が作ったとされ、奄美にやって来た神様が最初に立ち寄るのが立神。
神の棲むニライカナイは奄美や沖縄の人々にとっては遥か海の彼方、あるいは海の底深くにあるのですが、一村にとっては奄美大島そのものがニライカナイだったのだと私には思えるのであります。