
トランスボーダー 和歌山とアメリカをめぐる移民と美術
和歌山県立近代美術館|和歌山県
開催期間: ~
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有刺鉄線の内側を描いた者たち
和歌山県立近代美術館に初訪問し、原勝四郎展の後に、同時開催の「トランスボーダー展」も見た。
トランスボーダーとは国境を超えるという意味。すなわち移民。
中学時代にレッド・ツェッペリンの"Immigrant Song"、邦題「移民の歌」を聞いて移民は英語でもイミグラントちゅうんかいと思ったのが懐かしい。
和歌山県は海外移民の数が全国6位だそうで、今年10月に世界各国から集結した和歌山県人会に合わせての展覧会とのこと。
海外移民数だとわが山口県もかなり上位なはずで、調べてみたら4位だった。
ということで、この企画展もレビューせねばと思って、訪問から1か月過ぎたけど書き留めておきます。
当展はアメリカ西海岸への移住者による絵画や写真、工芸品などを紹介したもので、特にカリフォルニア州で活動した和歌山県出身作家を柱に構成されている。
印象に残った作家と作品をいくつかあげる。
まずは上山鳥城男(うえやまときお)。
今回展の主役の一人であり、オーソドックスな写実油絵を多く描いて現地では日本人画家団体も作っている。
和装や洋装の細君を描いた絵は、マネ風でなかなかのものだ。風景画の西海岸は海青く木々は緑濃く、紀伊半島のどこかの断崖じゃなかろうかと思わせるいい絵だ。
次が石垣栄太郎。
左翼運動にも関わった人物らしく、モチーフにもそんな影響がある。黒人弾圧や労働争議、KKKを描いたりして大丈夫だったのだろうか。
逆に日本人だから描けたのかもしれない。
そして、太平洋戦争時に在米日系人は収容所送りとなり、そこで活動を行った画家や写真家の作品が多く出展されている。
香川県出身の宮武東洋は写真家。所内の光景を撮った作品が東京都写真美術館から来ている。
これが本当に良い。ある意味戦争写真なので「良い」などとの表現は相応しくないかもしれないが、所内での日本人のありのままの姿を残してくれていることは貴重であり感謝したい。
特に子供たちを撮った写真が素晴らしい。《鉄条網の前の3人の少年収容者》が写し出す「内」と「外」。
「内」の少年たちにカメラを向ける宮武が「外」にいるのは何でだろと、ふと思う。
《夕暮れ、三輪車で遊ぶ宮武東洋の子供たち》は奇跡とも言える美しいショット。こんな1枚が残せれば、辛い収容所生活にも束の間の幸福感があったのではなかろうか。
収容所内を描いた画家、ヘンリー杉本の作品は胸を打つ。素朴なイラスト調の絵には、そこに暮らす人々の思いが込められている。
でもその表情には喜怒哀楽が感じられない。本当は怒や哀が渦巻いていたに違いないのに。
印象に残った作品を二つ。
《最後の決断》では米兵となる日系2世が父母の写真に別れを告げるシーン。あまりにも切ない。
《食堂》は収容所内での食事風景。壁に貼られた「No Second Serving」と「Milk for Children, Sick People Only」.
「おかわり禁止」、「ミルクは子どもと病人だけ」という通達を背にして食事をする老若男女の日本人たちはどんな思いをそれぞれが持っていたのだろうか。
会場には他にも、移民たちの旅行鞄やパスポートなんかも展示され移民史を振り返る上でも有用かつ貴重な場になっている。
米国へ渡った日本人作家で最も有名な国吉康雄は当館所有の1点のみ。現在茨城県立近代美術館で開催中の回顧展にも行ってみたいのだが遠すぎるなあ。
和歌山県立近代美術館は、ハコも素晴らしいし学芸員さんの企画も優秀だと思う。
今年上期は朝ドラの牧野富太郎の影響もあってか、全国各地で植物画の展覧会でにぎわってたが、ここはそこから視野を広げて石版画をテーマにした企画展をやっていた。さらに同時開催ではアートとしてのレコードジャケットも取り上げており、どこかがやらないかと思ってた私には嬉しかったが来れなかったのが残念。
ともかく、和歌山は暖かいしミカンとラーメンは美味しいしパンダもいれば温泉もあるし、高野山や熊野大社という聖地もあるし、優れた美術館があるのが何より素晴らしい。また来ます。