企画展 甲冑・刀・刀装具 光村コレクション・ダイジェスト
根津美術館|東京都
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守り抜かれた「光村コレクション」の美を堪能しつつ、先人たちの思いに、その偉業に、感動、そして感謝。
明治の実業家光村利藻氏は、僅か10年で3000点以上のコレクションを形成したと聞きます。そして、根津嘉一郎が実物を見る事なくまとめ買いするというパワープレイした物の中から選りすぐりの品々が、今回展示されているのだとか。
《鬼滅》の影響もあってか、空前の刀剣ブームだという昨今、私は申し訳ないことに今一刀剣には関心がありません。今回も、とても楽しみだったのは「刀装具」と「甲冑」です。『光村コレクション』というのは、関連書籍で度々目にしていましたし、根津さんの展示でも、コレクションの一部はこれまでも幾度かお目見えしていましたが、『甲冑・刀・刀装具』と揃ってコレクション全貌に触れられる展示は、今回が初めてだそうです。とても期待は高かったです。そしてその期待を全く裏切らない、素晴らしい展覧会でした。
季節も天気も良く三連休直前の平日午後、予約制とは言え、思いのほか混雑はありませんでした。全体的にお若い方が、特に女性が多かったと思います。外国の方もやや多めでした。まだ長引いた夏の名残のお庭では、ほぼ外国の方々ばかりがカメラを構えていらっしゃいました。
光村利藻の父利吉は農民の出であっても、時代を読み、その語学力と商才で、横浜で外国人相手の商売をはじめてから、開港した神戸で唐物店を開き、やがて汽船問屋へ、そして神戸、大阪、九州間に汽船の航路を開き、郵便業なども開始。三菱岩崎と並び称されるほどの豪商となったとか。その利吉が65歳で死去するとき、利藻はまだ14歳。「私が一代で作った資産は全て子である利藻に任せる。何に使っても誰も忠告するな」というような遺言を残したというエピソードが伝わっているようです。凄いですね。そしてそんな父の子の利藻は、光村印刷の創業者となりました。『明治の革新者〜ロマン的魂と商業〜』(鹿島茂 著)「激動の近代国家日本を創り上げた25人の実業家」で取り上げられています。美術に造詣が深かったようで、日本で初めて映画を撮影した人物として知られているとか。
光村印刷の創業よりしばらく前のことですが、光藻が生きていた時代は、1876年の廃刀令から刀の需要が一気になくなり、拵に付いていた刀装具類もどんどん外国に散逸するという時代だったようです。名品がどんどん海外に流れていくのを見た青年時代の光藻はその状況を黙って見ている事が出来ず、自分の手でそうした名品を買い取り保存する事を決意。幸い父の膨大な資産があった事に加え、先の遺言もあったからか、短期間で多くの優品を手に納める事が出来たようです。またちょうどその少し前から東京に出て写真技術とその製版技術を習得していた事もあり、その技術を活かして刀装具の撮影を開始。それまでは手描きの絵による保存が主流であったものの、明治の超絶技巧品を手描きで伝える事は不可能という背景もあり、利藻25歳の時に自身のコレクションである刀装具の写真集を出版。その翌年から全国の所蔵先で作品を撮影するため、分解して持ち運べる撮影機材まで自ら開発して、刀装具の名本「鏨廼花」を4年かけて出版。これが装剣金工の略伝もまとめる事で高く評価されたようです。またコレクションは秘蔵する事なく自宅で勉強会をするなど広く公開したそうです。ただコレクションするだけに留まらず、明治という時代に、伝統技術の継承が難しくなる中において、当時の金工達に製作の機会を与えようと精力的に活動もしたようです。そうして、キュレーター光藻は次第に、本業以上に広く知られるようになったようです。そんな光村利藻の会社も、日露戦争などもあり株価が暴落し、利藻の刀や刀装具コレクションも四散せざるを得ない状況に陥ってしまいます。ここで明治42年このコレクション中の主だった3000点を実物を見る事なくほぼ一括、大人買いしてしまったのが、根津嘉一郎であり、今展の「光村コレクション」として収蔵したそうです。嘉一郎によると、自身に刀剣の趣味はないものの、苦心の大蒐集だから買っておいたということ語っていたとか。嘉一郎も、優れて貴重な日本美術の散逸、特に海外に流れてしまうことを強く憂えて、蒐集に力を尽くした人です。
先のNHKドラマの「らんまん」を見て私は、街づくり人づくり文化振興ごと手がけた鉄道系実業家たちに注目してしまいました。この時代、阪急の小林一三「逸翁美術館」、東急の五島慶太「五島美術館」、東武の根津嘉一郎「根津美術館」、皆さん、嘉一郎の「社会から得た利益は社会に還元する義務がある」という信念と似たものをお持ちで、其々ご自身も優れた文化人でいらして、単なる私の愛好収集ではなく、文化財を守り、研究・公開・記録・技術保存までし、その技をきちんと後世に伝える活動に、事業で得た利益を惜しみなく使ってくださった訳です。そのおかげで今、私たちはこれらの素晴らしい品々を目にすることが出来ているのだと、感動がより一層でした。
展示は、コレクションの説明資料の後、最初に「甲冑」、次いで「刀」、「刀装具」と展示されています。《萌黄糸威二枚胴具足》はじめ甲冑は信じられないくらいに保存状態が良く、美しいです。また甲冑に関連した様々なアイテムが並べて展示されているのが特徴です。当時の人がどのようにそれらを使ったのかを、視覚からも想像しやすくなっています。とても面白いです。刀は古刀→新刀というように展開していました。そこでの注目は『月山貞一』という利藻が当時の大阪の刀工に注文をして制作をさせものです。時代が新しいせいもあるのでしょうが、とても美しいです。利藻は古い刀を集めるだけではなく、こうした注文で刀工たちを学ばせ育てました。これはその一つだそうです。刀のコーナーでは、刀身だけでなく、鞘もぜひ見てください。あまり目立たないところにそっと忍ばせた粋な細工など、とても面白いです。そしていよいよ私的に一番興味の高い「刀装具」です。先に記した「鏨廼花」という名品カタログが展示されていて、残念ながら中は見れませんが、その横には、そこで紹介されている物事を基調にして利藻が最も関心を持ったと思しき品々が展示されていました。それから後藤一乗と一門の作品、大月派の作品、このあたり、いくら観ていても飽きません。そして利藻と同時代の刀金工作家、加納夏雄や柴田是真の作品が並びます。夏雄是真の共作『波葦蒔絵合口拵』、ほれぼれします。続く夏雄の鉄製『朽木図鐔』と是真の漆の『蜻蛉図鐔』の対比も面白いです。府川一則『地獄大夫図鐔』は笑ってしまいます。本当に、見どころ満載、充実した内容の、素晴らしい展覧会でした。もう会期末です。「甲冑・刀・刀装具」に興味のある方は勿論あまりなかった方も、やっと来た秋の一時を、先人たちの偉業に思いを馳せながら、緊張感のある「美」の世界に浸ってみてはいかがかと思います。出来れば単眼鏡を持っていらしてください。お持ちでない方は貸し出しもあります。お庭が秋めくにはまだまだ早いですが散策には気持ちよく、同時開催の「二月堂焼経-焼けてもなお煌めく」も貴重ですし、常設展示もなかなかに素敵です。それからこの秋もまた、根津・五島・三井記念の三館で、半券相互割引と、三館共揃うと何れか一館の次回展に入場できる、というキャンペーンもやっていてお得ですよ。
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