特別展 小村雪岱スタイル -江戸の粋から東京モダンへー
三井記念美術館|東京都
開催期間: ~
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セッタイ、セッタイ賑やかだけど…雪岱なら問題ない
2月23日行ってきた。予約制、開館は16時までなので注意。
小村雪岱、大正時代の装幀家だと思っていたら違ってた。
もっとやってた!
挿絵、肉筆画、版画や舞台装置画まで。
それに今回は展示されてないが、着物のデザインや「資生堂書体」、香水瓶やポスター作成も。
このマルチな活躍ぶりは、今、国立新美術館で、ご自分のお名前で展覧会を開催(5/10まで)されている、佐藤可士和氏みたいなことか?
ついでに、ダイアナ妃が愛した木版画が話題になっている、吉田博は雪岱より11歳年上で、雪岱と同時代に海外で人気だった。こちらの展覧会も東京都美術館で開催中(3/28まで)
さて、小村雪岱は1887年、明治20年生まれ、埼玉県出身。
明治37年、18歳から4年間、東京美術学校で日本画を学んで、しっかり基礎固め。
22歳から2年間、現在も続く古美術研究誌の国華社へ。
古画の模写で技のブラッシュアップ。
この頃?憧れの泉鏡花(1873生)と知り合う。
大正3年 27歳、泉鏡花『日本橋』の装幀。
美しい装幀本を次々と。
大正8年 32歳から5年間は資生堂。
この頃、白黒の表現が美しい「サロメ」の挿絵を手掛けたビアズリーの本を買っていた、と弟子の山本武夫が語っている。生涯お酒が好きだったことも。
大正11年 36歳 「多情仏心」時事新報で初めての挿絵。
大正12年 関東大震災
38歳頃から歌舞伎など舞台美術も。
精緻に描かれた舞台装置画は、それ自体が立派な作品のよう。
昭和8年 47歳 「おせん」朝日新聞
春信風人物と洗練された白黒の挿絵が「雪岱調」と好評。
映画界にもかかわっていたらしい。
どの仕事も同時進行だったようで、無理がたたったのか、昭和15年 脳溢血で倒れ亡くなる。54歳。
昭和のこの時代、悲しんでばかりいられない。
翌年には戦災で貴重な肉筆画が失われるのを怖れて、版画化計画がされた。
良かったー!
今回の展覧会は、日本美術応援団、団長の明治学院大学教授 山下裕二先生監修。
雪岱に続く現代のアーティストの展示もして、日本美術の未来も応援されているように感じた。
小村雪岱、ますますファンが増えそうな予感。
こっちも気になる!
日比谷図書文化館 特別展
複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~
3月23日まで。
テレビでは、BS日テレ ぶらぶら美術・博物館で3月9日放送。
山下裕二先生解説
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