秋季特別展「仏教と夢」
龍谷大学 龍谷ミュージアム|京都府
開催期間: ~
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夢のお告げは人生の転機!偉人たちの壮大すぎる正夢
10月6日 京都・龍谷ミュージアムで開催されている「仏教と夢」展に行ってきました。
(開催期間:9/20 〜11/24 )
撮影NG
講演会「仏教と夢」を聴講
本展のテーマである「夢」は、目標や希望ではなく、寝ている時に見る「夢」のことです。
仏教におけるこんなピンポイントな題材で、よくぞこれだけ壮大な物語と資料を集めたなと、学芸員さんたちの努力と執念には脱帽しきりでした。
今回、チケット売場右手で単眼鏡の貸し出しがあり(要身分証明書)、これは必須アイテムだと感じました。大きく複雑な絵が多く、端から端まで目を凝らすには、肉眼では限界があります。
記念講演会「仏教と夢」も聴講させていただきましたので、その内容も参考に、特に面白かった展示を以下の4つのテーマに分けてレポートします。(【】内は展示資料名です。)
1 始祖には夢がつきまとう
仏教の始祖であるブッダは、生まれる前から夢の逸話に事欠きません。
中でも有名なのが、母である摩耶夫人が見た【托胎霊夢(たくたいれいむ)】。キリスト教でいう「受胎告知」にあたりますが、摩耶夫人の夢に白象が飛び込むという、かなりダイナミックな夢です。インドから中国、日本へ伝わるとき、「白象が身体に入る」というイメージがどうにもシュールだったのでしょう。今回のパンフレットにも採用されている【釈迦八相図】では、白象の上に菩薩が乗るという、よりマイルドな表現に変化していました。
日本での仏教振興の立役者である聖徳太子にも托胎霊夢があり、巨大な【聖徳太子絵伝】の右中央少し上に描かれています。このシーンは小さすぎて単眼鏡がなければ「何が描かれているか」を知るのが困難です。ここには、金色に輝く僧(救世観音の化身)が夢で太子の母に懐妊を告げた「金人僧来入胎」とあります。
ちなみに、私が推すのは【仏伝浮彫 出家決意・出城】です。シッダールタ王子が出家を決意する直前、王子の妻は夫がいなくなるという「悪夢」を見たとされています。旦那が夜中、こっそり城を抜け出して出家するなんて、妻から見ればどう考えても悪夢に違いありません。しかも、それが正夢になるのですから、ダメージは計り知れないでしょう。もしこれが現代日本で起こっていたら、国を上下にひっくり返すほどの大パニックになったのは想像に難くありません。
2 夢で大活躍、観音様の化身
観音様は、人々の苦しみを救うため、なんと33パターンに姿を変えて活動するそうです。私がそんな変化能力を持ったら、どこかで設定が矛盾して破綻するのが容易に想像できます(小市民的感想)。
このテーマの主人公は玄奘三蔵。彼も夢のお告げで天竺行きを決意しました。【大唐大慈恩寺三蔵法師伝】には、玄奘を助ける観音の化身たちが登場します。砂漠で倒れた彼を、夢の中(走馬灯では?)で戟を持った一大神が「なぜ進まずここで寝ているのか」と一喝して復活させたり、危機に陥った時に【深沙大将(じんじゃだいしょう)】が助けたりと、玄奘にとっては心強かったことでしょう。
戟を持った神は【毘沙門天】、深沙大将はその毘沙門天の化身とされます。つまり、玄奘を助けるために観音様が二段階変身したことになります。この「化身の化身」こそが私にとって仏様の世界を複雑怪奇にしている原因の一つです。どこかに「手頃な化身相関図」があればありがたいのですが、きっと「手頃」ではないのでしょう。
ちなみに、深沙大将は『西遊記』の沙悟浄のモデルで、【玄奘三蔵十六善神像】では、首から髑髏のネックレスを下げています。講演会で、この髑髏が「これまで転生を重ねてきた自分の頭」だと聞いて納得。まさにこれまで積み重ねた功績の証です。これが分かったおかげで、龍谷ミュージアム名物【ベゼクリク石窟大回廊復元壁画】の意味もグッと深まり、展示室の一角で静かに「繋がった!」と盛り上がることができました。
なお、今回も1枚だけポストカードを買いましたが、他を圧倒して深沙大将でした。
3 大河ドラマにも描かれた夢のお告げ
夢に観音様の化身が現れるという現象は、平安時代の末法思想と見事にマッチし、貴族の間でバズってしまったようです。ノストラダムスの予言(1999年7の月)を思い出すと、40〜50代にはグッと刺さるのではないでしょうか。
大河ドラマ「光る君へ」でも描かれた藤原道綱母。夫婦関係に悩んで石山寺に籠もり、【石山寺縁起絵巻】には夢のお告げを聞きに来た様子が描かれています。夢に出てきた僧から、お銚子で右ひざに水をかけられたのが吉夢だったとか。私から見たら、どう見ても年寄りのお茶目なイタズラにしか見えませんが、まあそれで夫婦関係が良くなるなら、何の文句もありませんね。
4 ビッグネームの夢占いは影響力が半端ない
仏教界のビッグネームたちも、夢告を活動の原動力としていました。
法然は唐の僧、善導を深く拠り所とし、夢の中で法然と善導が対面面談しているシーンが【法然上人絵伝】の左上に描かれています。偏依善導(ひたすらに善導に依る)を掲げる姿勢は、正直、のめり込み過ぎではないかとも思いましたが、「オタクによる推し活」と考えれば妙に納得できました。
親鸞の夢告は、【本願寺聖人親鸞伝絵】に描かれた「六角夢想」が有名。聖徳太子ゆかりの六角堂で、僧に化身した救世菩薩(=聖徳太子)から夢告を受けました。ここで「悪人正機説」のアイデアがおぼろげに形成されたと理解しました。考え事がある時にしっかり睡眠をとると、翌朝整理がつくのは誰しも経験済み。その睡眠中に化身が現れるか否かは、やはり思いの深さが鍵なのでしょう。
そして、「仏教と夢」と言えば明恵(みょうえ)は外せません。彼は40年以上にもわたって自ら見た夢を記録し【夢記(ゆめのき)】として残していました。自分の夢日記が掛け軸にされ、茶会で衆目に晒されるのは、私から見たら黒歴史としか言いようがありませんが、高僧となればそのあたりは達観しているのでしょうか。
まとめ
仏教美術は、一つ一つに深いストーリーがあり、それらが複雑なネットワークのように絡み合います。相関が複雑すぎて理解が追いつかないことも多々ありますが、逆に今回のように深沙大将とベゼクリク石窟が繋がった瞬間は、中々の喜びを得ることができました。
「夢」という切り口から、仏教の歴史と信仰を垣間見ることができた、大変面白い展覧会でした。