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藤田嗣治×国吉康雄: 二人のパラレル・キャリア―百年目の再会

藤田嗣治×国吉康雄: 二人のパラレル・キャリア―百年目の再会

兵庫県立美術館|兵庫県

開催期間:

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戦後80年にして交わった線

二人展の良さは「一粒で二度おいしい」とこだと思う。
ただ今、三菱一号美術館でやってるセザンヌ&ルノワールなんかがその最たるもので、皆さんさぞかし満足なさって鑑賞されてることだろう。
たまたまだろうが、関西でも藤田&国吉の二人展が開催中で、これもまた面白い取り合わせというか、おそらく初のカップリング展ではなかろうか。
ただ、そのサブタイトルに「パラレル」なるワードがあって、この二人の交流や接点があったのだろうかという気にはなる。実際、画風は全然違う二人だし、活躍の場もフランスとアメリカ。日本じゃないのが共通点と言えば共通点で、果たしてその平行線がどこかで交わったのかという興味も湧いて来る。

猛暑の7月。ゴッホ展目的の関西遠征を利用してAAの当展チケプレに応募したら当選。実に久しぶり。
この5月の関西遠征時にも数展応募したけど全部ハズレてただけに有難い。
今回はJR灘駅から徒歩でアプローチ。その日は浜風が強めに吹いてて、暑さもいくぶんか緩和されたいい日和だった。
10時ごろ到着し企画展会場に入れば、平日なのにそこそこの客の入り。ただ、年齢層は高い。私も含めて美術展好きの前期&後期高齢者女性が多かった。
たぶん、藤田ファンのかたがただろう。

私はまったく逆で、とにかく国吉見たさに尽きる。藤田の「白」に対して、国吉の絵は暗い。初期中期はほとんど黒と赤で描いてると言っていい。
若くして渡米し現地で描いた油絵には青や黄色や緑といった明るい色はない。絵具が買えなかったわけじゃなかろうが、赤と黒、それが混じった焦げ茶色が国吉画の主要三原色だ。
モチーフは人が多い。子供と女性。そしてそのどれもがプックリとふくらんだ風船みたいな姿態でギョロ目だ。初めて見たら忘れない。私はそんな人物画になぜか惹かれた。それがいつだったかは思いだせない。たぶん1990年代だろう。女房に感化されて美術展によく行き始めた頃だから。

ある時、出張で大阪に向かっていて、新幹線岡山駅を過ぎた直後ぐらいに、車窓の向こうに黒いビルが見えた。モノリスのようなそのビルの壁面に「国吉康雄美術館」と白文字が大書してあった。あそこに行けば国吉の絵がたっぷり見れるんだな、よーし、機会があれば行くぞ。と、心に決めた。
そのビルが福武書店の本社であるのをあとで知り、そうか、福武さんは国吉のコレクターなんだと判明したのだが、そのビルから文字が消え国吉作品はどうやら移転したみたいで、以後岡山に行くこともなかった。福武書店もベネッセと改名し、うちの子がやってる進研ゼミを横目で眺めてた。

それからさらに何年かの後、横須賀美術館で国吉康雄展があると知って、上京機会を利用して出かけて行った。前振り長くなったが、それが私と国吉との第一種接近遭遇だ。そこに来ていた国吉作品のほとんどは福武コレクションで、岡山で果たせなかった邂逅が横須賀で叶った。
今回の二人展の国吉画もその時見た作品がほとんどで、嬉しい再会だ。どれも好きな絵ばかりで、国吉康雄という日本人でありながら米国に染まった一人の画家の生涯を追うのには十分な作品群だ。

そして藤田嗣治。言わずと知れたフランスで名を成した日本人画家の頂点に立つ人だ。作品も特徴的だから見ればすぐわかる。だけど私はこの人の絵が特に好きなわけではない。おなじみの「ミルキーホワイト」で眉毛のない女性と猫をひたすら描きまくったという印象が強い。
当展での感想も変わりないし、このオッサンは裸の女にしか興味ないんかいとの思いはますます強まった(笑)
でも藤田の引く輪郭線の美しさは何なんだ。これに気づいたのは恥ずかしながら割と最近で、そのツールが面相筆だってんだから驚きだ。

藤田画は好きってわけじゃないんだけど、めちゃくちゃスゲエなあと感心する絵はある。戦争画だ。
当展には二作来てたけどそれは藤田の戦争画の真価が現れてるものではない。それが見たけりゃどこに行くかと言えば、東近のコレクション展示室3階の最奥の部屋だ。そこには日本の戦争画の名作が並ぶ。藤田や小磯といった藝大出の一流画家が描く戦争画の凄みを日本人なら一度は体感してほしい。

話を戻して二人展。二人の画家はパラレルのままで生涯を終えたのかどうか。藤田と国吉が会ったとされるのはわずか2~3回なんだそう。それも交流というより顔合わせという程度で親密にやりとりしたとか影響を受けた与えたとかでもない。
なのになんでこのような二人展につながったか、それは異国の地を拠点に制作活動した代表的な日本人ということしかない。
そして、WWⅡ下での立場の違いが際立っていること。従軍画家として戦意高揚画を描きまくった藤田、親米反日のプロパガンダに協力した国吉。
それに言及する資格は私にはない。ただ、思いたいのはどちらも本意ではなかっただろうということ。戦後の二人の作品から私はその思いを強くした。
暗い色しか使わなかった国吉がカラフルに変貌した《舞踏会へ》や《ミスターエース》。そこにかつての黒はない。
戦中に国吉の心を覆っていた黒雲が去り、五月晴れになった空には《鯉のぼり》のパステルカラーが眩しく輝いている。
藤田に至ってはカトリック教徒となったことや、聖母子像のイコンに代表される1950年~60年代作品がその証左だ。
当展を見たあと小磯記念美での藤田展に行き、藤田の白が最も映えるのは聖母マリアであり天使なんだと確信した。

二本の異なる線は接近あるいは軽度の接触はあったものの交わることはなかった。当展でもその線を無理にくっつけたり、あるいは絡めてみたりすることはしていない。一粒で二度のおいしさは味わえるが、それはキャラメル味とアーモンド味を別々に交互に感じさせてくれる好企画展だ。
戦後80年目にして二本の線は観客の心の中で交わった。

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