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生誕130年記念 北川民次展―メキシコから日本へ

生誕130年記念 北川民次展―メキシコから日本へ

世田谷美術館|東京都

開催期間:

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日墨友好の先駆け

つい先日まで郡山市立美術館でやってたのでそっちへの投稿かというとさにあらず、その前のセタビ展のレビューです。
まずは御礼から。これはチケプレ当選した展覧会でした。誠にありがとうございました。
わけあって投稿が遅れ申し訳ありません。でも抽選応募の条件ですので約束はちゃんと守らないとね。

訪問は2024年10月下旬。山口から東京へ飛んで、最初に日本民芸館で芹沢銈介展見てからセタビへ。
地方人にとってアクセス難度は最高レベルの当館、今回もあれこれ事前調査してなんとか到着。
入ってすぐのところに、例のスマホシャッター音防止用シールがありました(笑)
でもこれ、効果がないのに加えて、アピール度も弱いので気づく客なんかいないでしょ。
こんな馬鹿馬鹿しい対策するより、シャッター音出る機器での撮影は禁止となぜ言えないのでしょうか。

さて北川民次展。
全然知らない画家で、唯一「メキシコ」というキーワードだけに引っかかったのが、チケプレ応募理由。
もちろん、企画展告知HPや当サイトに出てるメキシカン(かどうかはいざ知らず)な絵に興味湧いたのも理由です。

展示はオーソドックスに画業の時系列に沿って構成されています。
ただ、当展に来てわかったこととして、北川は日本からメキシコに渡ってそこに骨を埋めたわけじゃなく、在メキシコ期間は20代から40代までの約20年間で、42歳で日本に帰国しています。だから、フジタや国吉みたいな画家を想像していた私の北川イメージとは若干異なっていました。
もう一点、予想と違ったのは、北川は日本からいきなり渡墨したのではなく、まずは米国西海岸に渡り、シカゴ~ニューヨークと5年がかりで移動、ようやく画学校で学び始めています。その後は南下し始めフロリダやキューバを転々、メキシコに入ったのは渡米から9年後とのことでした。

そのメキシコ時代の絵がやっぱり良いですね。
町か村か、自分が住まった地に暮らす人々の営みを描いた作品には、北川の静かな眼差しが感じられます。
でもそこに描かれるメキシコ人は、ソンブレロ被ってギター抱えて明るく陽気に歌いテキーラで乾杯!という姿ではない。(私の勝手なメキシカン像でごめんなさい)
その絵の中の人々は、耕作や牧畜に勤しみ、赤子を抱いて神に祈る。愁いを帯びたような表情にも見えるし、日々の平穏な生活を淡々と過ごしているようにも見えます。
北川の筆致もそんな異国の光景に合わせたかのように、明るく派手な色は廃し、暗くはあるが対象をクリアに描き切っています。
その絵を見ていて何となく国吉を感じたのですが、後で年譜を見るとニューヨークの画学校では国吉も同時期に在籍し同じ教官に学んだとのこと。
さらにその生徒の中には、太平洋戦争時の日系人収容所で絵筆を奮った、石垣栄太郎やヘンリー杉本もいたそう。
北川の帰国後の作品に、左寄りの作風があるのはそんなガチ左翼の旧友との交流が影響しているのかもしれません。

メキシコ、漢字で書くと墨西哥。
大正から昭和初期にそこで絵を描き教師も務めた一人の日本人の大回顧展は非常に充実した内容でした。
またどこかで北川作品見たら、ああこれはメキシコ時代の絵だなとたぶんわかると思います。

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