ゲルハルト・リヒター展
東京国立近代美術館|東京都
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フォーマリズムを更新した画家、あるいは絵画史をレディメイドにした画家
最近のリヒターに関する論評は本展に出品された《ビルケナウ》を中心としてドイツ近代史との関係を取り上げたものが多い。確かにその面は重要だが主要な面ではない。リヒターはあくまでもミニマルアートで袋小路に突き当たったフォーマリズム(クレメント・グリーンバーグがエドワール・マネから説き起こしたモダニズムの中心概念(ハードコア))を更新した画家と位置付けるべきである。
だから、リヒターは従来の意味のペインターではない。リヒターがそのタイトルに使う「Bild」というドイツ語には「picture」の他に「image」という意味がある。つまり単にデュシャン以降に絵画を追求したということにとどまらず、いわば視覚表象全部を問題にしていた。だから、絵画の様々な技法をサンプルのように披瀝するとともに、写真、ガラス、鏡、窓というメディアを往還しこれにこだわったのだ。
リヒターの論評をユリイカ、美術手帖、美術の窓、月刊Penほかで読んだ(2005年の川村記念美術館の展覧会カタログも再読)。
特にユリイカが面白い。美術史家や美術批評家だけでなく美術作家、写真家、文芸評論家、ミュージシャン、モデルなど幅広い専門家が執筆している。それを参考に、あえて皮肉っぽい評価を与えるとすれば、リヒターが様々な絵画の様式・技法をあたかも「カラーチャート」のように見せるとともに、鏡やガラス(窓)という絵画のメタファーを下敷きに利用するところは、シミュレーショニズムやアプロプリエーションアートといった系譜のひとつのように思えなくもない。
リヒターの出発点となった資本主義リアリズムもまさに社会主義リアリズムのパロディなわけで、その後リヒターが試みた様々な様式はその展開ともいえる。いわば、絵画史をレディメイドとして、それのポップアートをやっているということだ。
やっぱり、作家は若描き(若い頃の作品)から逃れることは難しいのかも知れない。とはいうものの、やはり、今年見るべき現代アート展のナンバーワンである。
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- BY 堀間律人@forimalist