原田治展 「かわいい」の発見 Osamu Harada : Finding “KAWAII”
福岡アジア美術館|福岡県
開催期間: ~
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「原田治展 『かわいい』の発見」(9/12~10/18・福岡アジア美術館)を見る。
「原田治展 『かわいい』の発見」(9/12~10/18・福岡アジア美術館)。世田谷文学館、清須市はるひ美術館からの巡回。
原田治(1946―2016)はイラストレーター。ミスタードーナツのキャラクターやカルビー・ポテトチップスのキャラクターなどをデザインされているから、彼のポップな線を見ていない人はいないんじゃないかと思う。残念ながら2016年に逝去。展覧会は2016年に東京・弥生美術館で「オサムグッズの原田治展」。今回の展覧会は没後初の回顧展。
会場は中洲川端にある商業施設・リバレインの7階。手の消毒を行い、検温を受ける。会場内は一部を除き撮影可。入口に女の子の、次に男の子の蛍光管の作品がある。略年譜はここに。2点。
川端実のアトリエに通った少年期。1946年、東京・築地生まれ。1953年、築地小学校に入学。川端実(1911―2001)のアトリエで絵を習い始める。1959年、青山に転居。1962年、輸入雑貨を扱う「AMERICAN PHARMACY」に足しげく通うようになる。1964年、多摩美術大学デザイン科に入学。展示は小学2年時の絵日記から。大学時代のデッサンもある。5点。
ニューヨークへ。1969年、多摩美術大学卒業。渡米し、半年間ニューヨークに滞在。展示室にはニューヨーク滞在時のイラスト。壁紙もその時のイラストがプリントされている。3点。
an・an創刊、イラストレーターデビュー。1970年、ニューヨーク滞在後のヨーロッパ旅行を経て帰国。ニューヨークで描き溜めたイラストがアートディレクターの堀内誠一(1932―1987)の目に留まり、新雑誌「an・an」でデビューする。展示は初雑誌掲載となった「平凡パンチ女性版」第4号の切り抜き(1970年)から。「an・an」の方は創刊号ではなく、表紙画を担当した1972年2月20号の展示。挿し絵原画がずらっとある。80点。
オールラウンドのイラストレーターとして。原田は仕事の内容に応じて、さまざまざスタイルでイラストを描き分けた。ここではそんなスタイルの違いが判る展示。三遊亭園生を描いたものもある。グリーティングカードがおしゃれ。34点。
装幀の仕事―思考を包むパッケージ。ここには装幀を手掛けた書籍の展示。4段にずらりと展示してあるが、これは一部に過ぎないらしい。68点。
絵本の仕事―何が今の子供たちに必要か?装幀の仕事の横は、絵本の仕事の紹介。絵本の最後の仕事となった『バイク犬』(2008年)の構想ノートなどの展示もある。46点。
広告・パッケージの仕事―ロング・ライフ・イラストレーション。1984年、ミスタードーナッツの景品にイラストを提供。以降、シリーズ化される。展示室の壁変わって、広告・デザインの仕事。原田作品の中で、我々に最も身近で親しまれてきた仕事である。ECCジュニアや江崎グリコの『プリッツ』、そうして何と言ってもミスタードーナッツのキャラクター。『カルビー・ポテトチップス』なんかはどうも中身が入っているものを展示しているようだ。モニターで資生堂、味の素、明治のCMが流されていたが、これは撮影不可。46点。
グッズの仕事―OSAMU GOODS。1976年、オリジナルグッズ`OSAMU GOODS‘を販売する会社DUSTY MILLERを立ち上げる。展示室、ここには原田自らトータル・デザインしたOSAMU GOODSの展示。トートバックが素敵。15点。
グッズの仕事―OSAMU GOODS以降。続いてはイラストのみ提供したグッズの紹介。原田のイラストはそれだけ人気数多、ニーズも多数であったということだろう。27点。
ビックリハウス。1975年に創刊された雑誌「ビックリハウス」での仕事の紹介。原田はイラスト以外にも、似顔絵漫画などを提供した。13点。
パレットクラブ。1979年、「ビックリハウス」などで知り合った秋山育(1947―)、安西水丸(1942―2014)、新谷雅弘(1943―)、ペーター佐藤(1945―1994)と作品展を開くことになり、「パレットくらぶ」結成。1997年、それを発展する形でイラストレーター、編集者、絵本作家、アーティストを養成する「パレット・クラブ・スクール」を築地に設立した。ここには「パレットくらぶ」で発表された作品や案内状などの展示。6点、参考資料13点。
原田治ノート。2005年、ブログを開始。以降10年以上に渡り、衣食住さまざまな事柄に関して筆を走らせた。ここではそのブログに取り上げられた品々の紹介。アメリカの子供漫画『ナンシー&スラッゴ』が好きだったようだ。7点。
太平洋上に浮かぶ島のアトリエ。1985年、東京から船で通える太平洋の島にアトリエ建築。ここでは写真7枚により、その様子を紹介。向い側には雑誌の企画で制作された映像作品(3分41秒)。アトリエの近所で暮らす足の短い黒い犬・タロウ君を収めたもの。撮影は不可。参考資料7点。
アブストラクト。2006年、郊外にアトリエを構え、一年の内約半年ほどをそこで抽象絵画を描くライフ・スタイルとする。ここにはそこで生み出された作品たちをごく一部紹介。8点。
ぼくの美術帖。1982年、古今東西の美術家に関するエッセイ集「ぼくの美術帖」を書き下ろす。ここではこの著作と、取り上げられた川端実、宮田重雄、小村雪岱、鈴木信太郎、北園克衛の作品の紹介。後者は撮影不可。6点、その他6点。
マザーグース。OSAMU GOODSのキャラクターは英国の伝承童話「マザーグース」が元になっているんだとか。5点。
DUSTY MILLERのOSAMU GOODS。DUSTY MILLERは上述したようにOSAMU GOODSを販売する為に1976年に設立された会社。ここはグッズではなく、ブランド・ロゴの紹介。ここのが線一番洗練されている。10点。
ZAZIE。フランス映画「地下鉄のザジ」(1960年)の主人公にしたキャラクター。原田自身が最も気に入っていたキャラクターの一つだったとのこと。18点。
かわいいの発見。大きな白いボード3枚にグッズがびっしり。あまり詳しい説明書きが無いので詳細は判らないのだが、おそらくこれもオリジナルのOSAMU GOODSだと思われる。所々に原画か?タブロー作品が含まれる。192点。
原田の言葉。壁に「終始一貫してぼくが考えた『可愛い』の表現方法は、/明るく、屈託が無く、健康的な表情であること。/そこに5%ほどの淋しさや切なさを/隠し味のように加味するというものでした。」の言葉が掲示されている。
生きものの記録。展示室最後は2014年3月7日の朝日新聞夕刊に掲載された黒澤明監督作品『生きものの記録』のイラストと文章。その横に原画が添えられる。2点。
2016年死去。享年70。出口外に犬の蛍光管作品が1点。
以上595点、その他6点、参考資料20点。イラストレーター・原田治の仕事を紹介する、優れた展覧会。グッズも含め、これだけの量見られたのは良かった。出口すぐの特設ショップでは図録、書籍、ポストカード、クリアファイル、ミニクリアポスト、ブロックカレンダー、ノート、ノートパッド、スケッチブック、一筆箋、ミニレターセット、付箋、ステッカー、カードステッカー、ICカードステッカー、シール、マスキングテープ、養生テープ、メッセージスタンプ、トランプ、ボールペン、ペンケース、クッションストラップ、メタリール、アクリルキーホルダー、シークレットBOX(中はアクリルキーホルダー)、アクリルキーリング、アクリルスティック、アクリルスタンド、ピンバッチ、ジッパータグ、缶ミラー、折りたたみミラー、マグネット、ミニチャーム、スマホケース、マルチクロス、プチタオル、ウォッシュタオル、ハンドタオル、フェイスタオル、ポーチ、メッシュポーチ、ポケットティッシュポーチ、ブック型ポーチ、ダイカットポーチ、巾着、トートバック、LPバッグ、がま口、パスケース、お守り袋、シュシュ、ヘアゴム、Tシャツ、バンダナ缶、3Dマスクカバー、クッションカバー、マスコット、歯ブラシ、シール容器、保存容器、ランチボックス、プレート、ミニプレート、ランチクロス、タンブラー、アクリルコップ、カップ、マグカップ、メラミンスティックボール、スプーン、フォーク、箸などのコンビセット、箸置き、クッキー、マシュマロなどの販売。既に売り切れているものもあるかも知れない。外には3台のネームステッカー機がある。
今年は1月に「イラストレーター 安西水丸」も見ているし、パレットクラブのメンバーの良い展覧会を見た年になるのかな?(次は「ペーター佐藤展」が見たいかな。)
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- Audreyさん